a Day in Our Life


2005年02月17日(木) 刹那。(リョウ×シンゴ)


 「疲れてる?」

 リョウの声に顔を上げたシンゴは、確かにやつれた顔をしていた。
 「そんなことないけど。ここ少しバイトがキツかったからそれでかも知れへんな」
 言って笑い顔を浮かべたシンゴの目元にははっきりと疲れが滲んで、青白くくすんだ肌が、捧げた労働力を物語っていた。疲れた顔で笑うシンゴをじっと見遣るリョウは、けれど向けた目線を離すことがない。見透かすように見つめられて、取り繕うように立ち上がる動作でやんわりと目線を外した。それでも追いかけてくる視線を肌に感じながら、肯定が欲しい訳ではなく、言葉が洩れる。
 「心配してくれたん?」
 「…そら、しますよ」
 即答で返されて、まんまと振り返った視線がまた交わった。思いのほか強い口調だった。まるで怒っているような、それはリョウの眼差しの強さも含めて。
 「やってシンゴさんは、まるで生き急いでいるように見えるから」
 言われた言葉にゆっくりと、大きく瞬きをした。何か勘付かれているのかと、探るようなシンゴの目線を受け止めた。
 既に一度、生を終えたリョウは、自らの命を絶った後の世界をただ黙って見ていた。だから、シンゴがその体内に地雷を抱えていることも知ってしまった。自らを罪を持たない死刑囚、だと言ったのはハリオスだったけれど、それでなくとも限りある命を、シンゴは持て余しているようにも見えるのだ。
 生き急ぐ、というよりは死に急いでいるのだろうか。
 刹那主義とは違う、もっと切実なひたむきさでシンゴはそう生きているように思えた。それが悪い、とは言わない。自らで生を終えたリョウは責める資格がなかったし、もしそれでシンゴが死んだなら、自分も二度目のこの世界を離れてまた、シンゴを追い掛けるだけなのだ。そうやって、在るべき世界に戻るだけなのだ。
 「そういうつもりは、ないんやけどな」
 呟いたシンゴは笑っているのか、泣いているのか。複雑な顔でリョウを見た。その目に応えるべき言葉はなくて、リョウはただ黙って、シンゴを見つめ返した。



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滋養強壮。

2005年02月14日(月) チョコレート。(祐樹×康平)


 康平さんがピアノを奏でる時、まるで泣いているようだ、と思う。

 あの人の泣き顔を見たことがあるわけじゃないけれど。男はそうそうに泣くもんじゃないし、出会ってたったの2年、それだけの間で何が分かるのかとも思う。
 けれど、康平さんは泣くことがない。
 そう思わせる生き方をしているように見えた。大学という限られた空間内で、康平さんはただ笑って、その顔は崩れることがなかった。泣き顔を喚起させない。康平さんは、泣くことを拒否しているようにも思えた。
 「泣けばええのに」
 そうすれば楽になれるのに、と言ったら鍵盤から指を離した康平さんは僅かに笑った。柔らかい音色は止まって、部室には静かな闇が訪れる。こんな辺鄙な時間帯にここを訪れる部員はいなくて、だからこそ康平さんは、そっとピアノの蓋を開く。
 「何か辛いことがあるんでしょう?一人で思い悩んで、他人のちょっとした言葉が過敏に身に染みたりするんでしょう?吐き出してしまえば楽になれるのに。泣いてしまえば、楽になれるのに」
 物書きという性分からか、康平さんは、何事にも先回りして考えすぎるような気がする。他人の言葉の裏を読んで、展開の裏を見据えて、先先のことまで考えて、結果苦しいのは康平さん自身なのに。それでいて本音を見せない、心を開かない。じゃあ康平さんの中に溜まったものはどこで浄化されるというんだろう?

 だから俺は、康平さんに泣いて欲しかったのかも知れない。

 涙に混ぜて消してしまえるものでないことは分かっていても。俺が、見たくないのかも知れない。そんな我が侭なエゴでそうして欲しいと思うのかも知れない。
 「祐樹は、優しいな」
 けれど康平さんは、言ってまた笑った。見ているそばから笑い顔が揺れて、あ、と思う間に康平さんの体が傾く。ことり、と胸のあたりに生暖かい感触がして、それが康平さんの頭だと気がついた頃には、その肩が静かに震え出していた。
 静かに、ゆっくりと。康平さんの涙が何かを洗い流してくれたらいいと思う。それが俺の知らない康平さんの内なる塊なら尚更、俺のシャツを濡らして、何事もなかったように消えていけばいいと思った。



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癒し薬。

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