a Day in Our Life


2003年04月30日(水) 横ちょと雛ちゃん。(環八SSS)


 「あ〜あ、エライ目に遭いましたわ〜」
 くたびれた顔をして入ってきた安田に、渋谷は読んでいた雑誌から目を離した。
 「なんや安田、どないしたん」
 「いやね、ココに来る前に、ファンの子に捕まってもうて。なんや知らんけど向こう喧嘩ごしやし、困りましたわ」
 「なんや?ヤラカシか」
 「みたいなもんすかね」
 「大変やったなあ」
 「ほんま、仕事前から疲れましたよ」
 一旦会話は切れて、再び雑誌に目を落としかけた渋谷は、ふと思いついてもう一度顔を上げた。
 「そういえば昔、ヒナがファンの子に泣かされて帰って来たことがあったなあ」
 そのときの状況を思い出したのか、含み笑いを浮かべながら、結局耐え切れず、渋谷は笑い出した。
 「なんの話すか?」
 きょとんとした顔で問い返した安田の他に、ウォークマンのヘッドホンを外したばかりの錦戸、雑談中の内、丸山、大倉、ここにはいない渦中の村上と横山を除いたメンバーがみな、初耳だという顔をして渋谷を振り返った。
 「え、おまえら知らんの?」
 話したことなかったかなあ、と呟きつつ渋谷は、たいした話ちゃうで、と前置きながら。
 「ヒナらが入所したての頃やから、もう5・6年前の話やねんけど。ヒナが入り待ちのファンの子となんやちょっとした口論になったらしくてな。俺が言うのもなんやけどアイツ、昔はかなりヘタレやったから、泣き出してもうたらしいねん。で、泣いて帰って来たヒナを見たヨコチョがな、そらもう見事なキレっぷりや(笑)。誰にやられてんー!言うて今にも飛び出して行こうとするから、俺ら必死で止めたよ。ヨコチョもあの頃は若かったわ…」
 遠い目になった渋谷を前に、メンバーは顔を見合わせた。
 「へえー、そんなことがあったんすか。今の横山くんからは想像出来へんわ…」
 「その前に村上くんが別人や」
 面白そうにコメントをした安田に、丸山が続く。そのあとでふたりして初耳でしたわー、と声を揃えた。その隣で大倉がへえー、と気のない相槌を打った。
 更にその隣りで、驚きのあまり目を丸くした内は思った。
 ファンの子に泣かされる村上くんなんて想像つかへんわ。それ以前に、村上くんが人前で泣くなんて。俺が事務所に入る前のちっさい村上くん、雑誌なんかの写真でしか見たことないけど、…かわいかったんやろうなあ。
 うっとりと惚ける内から少し離れたところで、錦戸はヘッドホンを握り締めたままでいた。そんな話、初めて聞いた。横山くんはことあるごとに昔のかわいかったらしい村上くんを引き合いに出して、今の村上くんを落とし込みがちやったけど、それは比較の問題やと思ってた。そうやなかった。あの頃の横山くんは、あの頃の村上くんを本気で好きやったんかも。そんな風に体面もなくキレてみせるなんて、あの人らしくない。裏を返せばそれだけ入れ込んでたってことなんちゃうん。今はさすがに分かりやすい行動はせえへんけど、基本的なところは同じなんちゃうのって。
 なんとなく、苛々した。
 きつく握り締めたヘッドホンが、パキリと音を立てた。それにも気づかないで錦戸は、いまだ思考に沈んでいた。なんや、ムカつく。
 「あ、でもヨコとヒナには俺が話したって、内緒やで!しばかれるから…」
 言いかけた渋谷は、小気味いい音を耳にして、振り返った。
 振り返った先に、ピンクのオーラとどす黒いオーラが入り混じっている。

 (俺、なんかヤバイこと言うたかも…)

 触らぬ神に祟り無し。横山と村上が来るまで、いや来てからも、今日の自分は出来るだけ石になろう、と渋谷は内心決意した。


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うちの出稼ぎコンビ、妄想癖ありすぎです。

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