うなごと
nyauko



 【弟】のコト。

彼は 小さくて 真っ黒で お腹が白く
3本の足に 白い靴下を 履いていた。

私が中学3年の時 親戚の家から やって来た。
手のひらに乗る程 小さい頃
3兄弟の中から 私が選んだ。
名前も 私が付けた。幾つかの技も 教えた。

他の兄弟が人を咬んで
何処か遠くへ 遣られても
彼は 穏やかに 私達の側にいた。

高校を卒業し 短大に進学し
季節毎にしか帰らない 私でも
彼は大騒ぎで 迎えてくれた。
覚えていてくれるコトが 嬉しかった。

嫁いだ姉と 上京した妹に代わって
彼の存在は どれだけ両親を 元気づけただろう。

昨年 心臓にフィラリアが入り 手術を受けた。
−もうダメかもしれない−
家族皆で 覚悟を決めた。一命を取り留めたものの
体力は それから急激に 落ちていった。

9月に会った時は 私が彼と 毎日散歩に行った。
嬉しそうに 飛び跳ねた後 息切れが酷かった。

全身を 撫でる。話しかける。
髭が 増えたね。いつの間にか お爺ちゃんだね。

家族になってもう 13年経っていた。
人間に換算すると 68〜73歳だった。

覚悟してねと 母から連絡が有った時
どうして私は 帰らなかったんだろう。何を置いても。

平成14年12月2日午後13時15分。彼は もう 動かない。

「とても頑張ったから 褒めてやってね。
 可愛がってくれて ありがとう」と 母は 言った。

実家の 海の近くの 松林に弔ったと 聞いた。

次に帰って 庭を見渡しても 彼は居ない。
私の足音に 気付いて喜ぶ 彼の声は 聞けないのだ。

叱ってばかりで ごめん。あまり逢えなくて ごめん。
優しくなくて ごめん。 涙腺が ゆるい。

私は 良い姉では無かったケド 彼は立派に 私の弟でした。

2002年12月03日(火)
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