- 2011年07月29日(金) 宿題はもう少しお待ちくださいー。 今週末にでもまとめられるかな?? ... 頑張れ左脳 - 2011年07月23日(土) ブログに、ゲヘナのマイキャラ、ザフラの周辺設定を書き込みました。 先日ふと思い出した時、 「そういえば、ザフラの相方って名前何だけ?」 という基本な設定すら記憶のどっかに吹っ飛ばしていた為です。 ……いえ、しばらくして出てきたから良かったのですけども! 思い出せなかったらザフラに連撃で吹っ飛ばされても文句言えない(笑) ザフラについてはmixiにも設定を書いたことがあって、 検索で訪れてくださった見知らぬ方から 温かなお言葉を頂いたりもしたことがあるのですが、 mixiに殆ど入らなくなっちゃったし、ログインの手間的にこっちにも。 キャンペーンの外でこんだけ要らない設定を考え付いていました。 それくらい、ザフラは何かするする設定が浮かぶ子です。 おそらく生い立ちの「天使から何故か生まれた堕天使」が鍵だと思います。 公式に、天使からは天使、堕天使からは堕天使、という 生まれ方の記述があるのですが、 私は昔からそういう「ないはずの」ラインで設定を組むのが大好きなのでした。 自然に組み込んでしまう回路があるように(笑) キャラに欠けを作るという手段はキャラクター設定における基本ですが、 性格や能力にではなく、環境に欠けを作るのが私の好みなのかもしれません。 環境に欠けがあれば、どうしなくても自然にキャラは悩みます。 他のTRPGのPCで言うと、大和の久弥天斗が同じ類にはまります。 (彼はダイスの神様のお導きの産物で、私が決めた設定ではないですが) 天斗は、文官の家系の長男坊(跡取り)で、でも剣の道を選びたがっている子でした。 弟妹はまだ幼く、何もかも捨てて家を出るには責任感が強すぎる。 このジレンマ! たまらなく、私には魅力的に感じられます。 この人の行く末を見てみたいと思うのですね。 ザフラの場合、行く末があって、次に発端を思いついて、 その間を徐々に埋めて、未来も埋めて……という順番ですが。 ザフラの母親関係は、間違いなくこの先もずっと埋まらない設定です。 弟妹関係もです。 TRPGのキャラだからかなぁ。 意図的に空白にしておく場所は、たまーにあります。 またキャンプがあるとしても、GMが採用する事はまず無くても。 それから、ザフラに私が見出したいのは母親との経緯ではなく、 そういう生まれをしたちっこいのが どうやって成長していったか(カタルシスを見つけたか)ということなのですね。 だからサイとの関係に重点が置かれるし、 サイの周辺設定も必然的に多くなるのでした。 この子は本当にお気に入りなので、いつか書いてやりたいなぁと思いつつ、 私の左脳は退化しまくりのような感じですうがー。 むう。がんばれわたし。 ... 考察っぽいもの。『Elysion 〜 楽園幻想物語組曲 〜』から『Yield』 - 2011年07月17日(日) サンホラのいくつか前のアルバムに 『Elysion 〜 楽園幻想物語組曲 〜』というものがあります。 メジャーデビュー後の2作目で、第4の地平線……でいいのかな。 えーと、Moiraが6で、Romanが5……だから、うん。 その中に『Yield』という曲があります。 今日はふと思い立ったのでこの曲の考察をしてみようと思います。 「何で今頃!?」というツッコミがあるかもしれませんが。 ……いえ、私がサンホラにハマったのって 『Roman』の後の時期で、多分『Moira』のリリースに近い時期なんですね。 でもって激烈に突っ込んでったのはこの『Moira』から、というのもあるかもですが、 私の声の好み的に、1期の歌姫であるあらまり嬢の声が受け付けなく、 長いこと1期の曲を聴けなかったんです。 ようやく受け付けるようになったのは、ニコでライブ映像の切り出しから 『恋人を射ち堕とした日』の、陛下&YUUKIバージョンを聴いてから。 それでもまあ、ほとんどのものは聴いてないんですけどね。 れみこの至福のソプラノに慣れてしまうと、 あらまり嬢の出てない高音(無理やり出してる高音)を聴くのは苦しいです正直……。 (クロニクルのぶらっくろりこんは、聴いてるだけで息詰まりそう) あらまり嬢は歌上手いという表現を目にしますが、 個人的には彼女は声色の幅が飛びぬけている、という方が正しくて、 純粋に歌の上手さで言えば2期の歌姫たちに軍配が上がるのではないかと。 (あらまりさんを下手って言ってるわけではないですよ。 それだけは念のために書いておきます。 ただ、ライブ音源での歌を比較する限りでは、2期歌姫たちの方が安定しています。 一人で全部歌うのに対して……というご意見を見ましたので、 ライブ最初頃っぽい音源と比較してみましたが、そういう見解です。) 誉める場所の種類が違う、というのが個人的な意見ですね。 そして私の好みでは、 一人で演じ分けて歌にところどころ無理が出るよりも、 多人数を使ってそれぞれにあった声域で歌ってもらう方が良いです。 そしてセリフ演技は声優さんたちに任せておけばよし。 ああ、考察から逸れた。 本題に入りましょう。 『Yield』。 ヒロインの首狩り娘ちゃんは、 イールド→ルド子の通称を借りてお話を進めます。 ちなみに私、ジャケットは所持しておりませんので、 歌と歌詞からのみの推察になります。 あと、同人時代と、クロニクルもほぼ知りません。 (『二人の歌姫』と『沈んだ歌姫』は聴いたことがあります) クロニカ様のところの推察板も多少見てきましたが、 1)ルド子の他の男女は、両親か友人その他夫婦or恋人か(=ルド子が近親相姦か) 2)ルド子は妊娠したのか 3)「3−1+1−2」 4)最後に荒野に残されたのは? この辺ですかね、大きな問題は。 1)近親相姦説について 個人的には、……ぶっちゃけどっち(どれ)でもいいです(笑) イキナリ最初からぶん投げました。 が、面倒なんじゃないんですよ。 歌詞の『問題となるのは個の性質ではなく 唯...記号としての数量』ですが、 ルド子と、ルド子が想う男と、その男と相思相愛の女、 この3人の関係さえ成立すれば「個の性質=名前」は 比較的問題にならないんじゃないんだろうか、と思うのです。 だからこそ他の配役の影が薄い。 他の配役に色を付ける手段を探し、 「一人娘」という単語や 『嗚呼...お父さん(Dad)...お母さん(Mam) 「──それでも私は幸せになりたいのです......」』 という歌詞から三人家族を連想している方が多いようなのですが。 『嗚呼...お父さん(Dad)...お母さん(Mam) 「──それでも私は幸せになりたいのです......」』 は、単純に「親不孝な娘でごめんなさい、それでもこの恋をあきらめられないの」 という類の懺悔ではないかな、と。 父親に恋をして母親を刈り取ろうとする娘のものにしては、 ここの叫びに憎しみが感じられないという方がおいででしたが、 私もこれに比較的感じ方が近いです。 お父さんお母さんではなく、神様と換えてもいっそ良いような。 ただ、父親を想う娘、であっても私は一向に構いません。 その説を否定する材料はありません。 私が問題とするのは個の性質ではなく、記号(性別)としての数量、なのです。 この男と女が想い合っていれば、両親でも、友人夫妻でも何でも良いです。 2)ルド子は妊娠していたか 個人的には、していないと思います。 ここでルド子が想う相手と通じてしまうと 背景が『StarDust』に近くなりすぎると思います。 『StarDust』のスタダ子が、 輪郭だけ取り出せば「二股掛けられた第二の女」ですから。 ルド子も一夜限りとはいえ第二の女になるのは……ちょっと違う気がする。 『一夜限りの 情事(ゆめ)でも構わない それをも女は 永遠(とわ)に出来るから』 の歌詞の後に 『凍える夜は夢を見るの 夏が過ぎれば想いが実る...』 と「ゆめ」が来るので少しはその可能性も考えてみたのですが、 ここは「情事(ゆめ)の夢を見る」ではないかな、という解釈が正解かなと思うのですね。 片想いで寂しい夜を、想いが実った夢を見てやり過ごす、というような。 これと対になる 『根雪の下で春を待つの 夏が過ぎれば実りの秋ね...』 というフレーズからも妊娠を想像されるようなのですが、 ルド子は冬の真っ只で、春を待ちながら、夏や秋に思いを馳せているだけではないのかなと。 まだ春は訪れていないのです。 =============================== 根雪の下で春を待つの 夏が過ぎれば実りの秋ね... ↓ 一夜限りの 情事(ゆめ)でも構わない ↓ 凍える夜は夢を見るの 夏が過ぎれば想いが実る... =============================== 歌詞の順番通りに並べるとこうですから、 根雪の下で春を待つのが、既に関係を持っていて男の訪れを待つ意味であれば、 「一夜限りの情事でも構わない」とは出てこないはずです。 既に一夜終わっちゃってます。 一夜限りの情事、とは、愛人関係に置かれている状態のことでは無いと思うのです。 文字通り一夜だけ。 既に恋人(妻でも良いですが)が居る男性に恋をして、 誰にも言えない叶わない想いを抱いている少女、という光景ではないのかと。 一夜すらも叶わないからこそ、切実にその一夜を求める、そういう感じ。 そして妊娠していたのなら、 ルド子は首狩りに行かずにその子供を大事に過ごしてればいい。 『一夜限りの 情事(ゆめ)でも構わない』女が、 「子供ができたから私のものになって!」とか豹変しないでしょう。 デキ婚を目指して狙う女性も居るかもしれませんが、 ルド子はそんな野望があって「一夜限りでもいいの」とは言わなさそう。 『それをも女は 永遠(とわ)に出来るから』は、 「永遠に出来る=子供ができる」のではなくて 一夜の思い出でも大切にして(恋が実らなくても)生きていける、 という意味だと思うのです。 そういう造形される女性キャラって物語にいっぱい居るじゃないですか。 現実にも居ると思うけど。 『一人娘は せっせと種を蒔く』という歌詞に 情事を連想する方もいるようなのですが、 その場合は女は種蒔かない、種を蒔くのは男、と思うのですよ。 この種蒔きはひたすら片想いをし続けている、 または片想い中のアプローチ、とした方が受け取りやすいです。 可能性として、妊娠を知らないルド子が首狩り実行、その後に妊娠判明、 とも考えられないことはないですが、 ……そこまで歌詞に匂わされてない、と思うんですよね。 片恋に身を焦がしていた娘が ある日堪えきれなくなって 「お父さんお母さん、ごめんなさい。 私幸せになり(=あの人と結ばれ)たいの。 でも、どうしたらいいの、あの人には出会ったときから相手が居たの」 と思い悩むうちに錯乱して首刈り娘になってしまった そういう歌だと解釈しているのでした。 3)「3−1+1−2」 歌中に出てくる数式です。 登場人物の数に関わる数式です。 歌詞の中に 『「3」...不安定な数字 「3-1」...模範的な数式 問題となるのは個の性質ではなく 唯...記号としての数量 世界が安定を求める以上 早くどれか一つを引かなければ...』 と出てきて、 三角関係の歌であるので、 ふたりの女と一人の男、 通常は女のうち一人が身を引けば話はまとまる、ということですね。 ですが、ルド子の首狩り実行に出てくる数式なので、 前半の「3−1」は、素直に受け取るとルド子が一人の首を刈った、になります。 後半の「+1−2」。 これは何よー、ということなのですが、 曲の最後に「仮面の男が出てきて、「彼ら」が去る」というフレーズがあります。 この仮面の男は、最愛の女性(多分)たる女性を探し、 他の曲にも出てきて女の子を連れて行く人です。 ですのでやっぱり素直に受け取ると、 仮面の男が現れて「仮面の男と誰かが」ふたりで立ち去る、です。 ただ、この数式の中に、仮面の男が含まれない、という説があるようです。 この数式の前に仮面の男が登場していないからだとか、 この曲のジャケット絵に、刈られた首がふたつである事から、 刈られたのは男女、必要な人物成分をルド子の子供とする、というような細かい説があります。 とりあえず問題の部分を挙げてみます。 興味ある方は歌詞検索してみてください。 =============================== 二人の♀(オンナ) 一人の♂(オトコ) 一番不幸なのは誰? 落ちた果実...転がる音 余剰な数字...引かれる音 「3-1+1-2」 ...最後に現れたのは仮面の男 彼らが消え去った後 荒野に一人取り残されるのは誰? =============================== これ、私は+1は仮面の男以降のことで良いと思うんですよね。 「3-1」ルド子の首刈り、 そして「+1」で誰かが現れて、「-2」で二人の人が退場することを示す。 その「誰が現れたの?」という疑問に対する回答が 残りの二つのフレーズ。 仮面の男が来て、残った二人のうち一人を連れて行った。 シンプルで分かりやすいし、深読みしなくてもいいんじゃないかなーと。 -1がルド子が身を引いたとか、+1が子供だとか。 だってこの曲、他の曲みたいに深読みする余地があんまり無いんだもの。 深読みというのは、深さを示す何かがあって成立するもので、 『Yeild』はその深さを示すものがほぼ無いと思うんです。 『荒野に一人取り残されるのは誰?』なんて聞かれているために そういうのが出てきちゃうのかと思うのですが、 これって単純に仮面の男は誰を連れてったんだろうね、ということだと思うのです。 他のABYSS曲では、歌ヒロインの前に仮面の男が現れて、 そのヒロインが連れて行かれたのだろうということが歌詞から読み取れますが、 Yieldに限っては「連れて行ったのはルド子」を匂わせる表現がありません。 もしかしたら、相思相愛の男を奪われた女の方かもしれない、と。 ……ただそれだけだと思うんですよー。 曲中に登場しているのは、ルド子と男女と仮面の男だけなんだもの。 子供の存在を入れると余計に感じてしまいます、私は。 仮面の男は亡霊のようなもので数に入れないとか、 仮面の男と退場はこの数式の場面には含まれない場面とか。 アビスがかわいそうだよー(笑) 4)最後に荒野に残されたのは? というわけですが! 以上から、ルド子の子供説は私は否定します。 私の考える『Yeild』の中に子供は出てこないです。 エリュシオンの他の楽曲に姦通を匂わせる表現が多いからと言って、 そこから直でルド子が身篭ったと結びつける事はできません。 『Baroque』でやってる(何て表現だ)と思えないんですよね。 逆に『Baroque』でやってたら、一夜の情事があったと思っても良いです。 それは可能性としては否定できません。 でも、妊娠だけは否定見解です。 他の地平線で、この『Yield』で子供が生まれているという歌が出てきていたら別ですが。 この歌の中に子供を具体的に示す一説がどこにもないから。 収穫できるものが無くて、代わりの収穫を求めてしまったのがルド子でしょう。 身篭っていたのならそれが収穫物になりえるはず。 なので、身篭っていなかった事に気づいていなかった、場合にはありえるかもしれないです。 でももう、子供が居たらその件は別の歌になると思うの……。 ですので、曲中の登場人物に絞ります。 ルド子、男、女、仮面の男。 配役は、刈られる人、退場する人*2、残る人、です。 このうち仮面の男は、消え去らないとお話にならないので退場する人です。 そうでないと、ルド子と男と女のうち二人が、駆け落ちした後にぽつーん……という 相当締まらないことになってしまいます。 どんな喜劇ですか(笑) ですので、ルド子、男、女、の3人で、 刈られる人、退場する人、残る人、の席をそれぞれ争います。 では、首を刈るシーン。 =============================== Sweets, lala Sweets, lala 真っ赤なFruits(=恋心 甘い果実 真っ赤な果実) もぎ獲れないのなら 刈り取れば良いと... Sweets, lala Sweets, lala 真っ赤なFruits(=恋心 甘い果実 真っ赤な果実) 嗚呼...でもそれは首じゃないか...... =============================== 甘い果実は、子供とも恋の成就とも取れます。 それを無理に求めようとするのだから、刈り手はルド子でしょう。 で、ルド子が自分をうっかり刈る事はないでしょうから (またどんな喜劇ですかという事になります) 刈られる人の可能性があるのは残りの男と女。 ここがとても絞りづらいです。 刈り手であるルド子の「具体的な目標」が見えないからです。 恋の成就の代わりに男の首を求めたのか。 (=自分のものにならないならいっそ殺してしまえばいいの的な) 恋を成就させるために女を殺そうとしたのか。 ただ、辞書によると「もぎとる」に 「無理やり取り上げる」という意味があるようなのです。 この場合は女から「男を無理やり取り上げる」になるでしょうし、 農作物をもぎとる((枝から)無理にねじり取る・ちぎりとる)から 農作物を刈り取ると繋げて、 「男の(首を)刈り取る」と言葉とイメージを渡したのかな、と。 「とる」に「獲る」の字が当ててあることからも、 農作物の収穫ではなく、 狩猟系の収獲(釣りや狩りの場合、この字が使われることがあるんですよ)の イメージを強くさせよう、という感じがしますので、 男を獲得出来ないルド子。 (農作物だったら)手でもげないなら、道具を使って刈り取ってしまいましょう! という感じの錯乱を匂わせて、「ああ、でも刈ったのは首」と。 こんな感じだと、夢と現実の境目があやふやになっている感じがします。 ともあれ、ルド子は男を奪おうとする→収穫目標=男になります。 そして別の楽曲でルド子は「収穫を誤った娘」と表現されます。 上記の解釈の場合、「収穫=男」を誤ることになるため、刈られたのは女となります。 荒野に残されるのは男。 ただ、そうではなくて純粋に 「男との恋の実りではなく、己を見誤って(錯乱して)男の首を刈った」娘の意味であれば 荒野に残されるのは女。 この場合、実は可能性の方向性として、 女が仮面の男に連れてゆかれ、ルド子が荒野に残ったという説も考えられます。 ……ではあるのですが、この女が「収穫を誤った娘」という表現をされることは無いと思うので、 やっぱり連れて行かれたのはルド子でいいのかなぁ、と。 荒野繋がりですが、エリュシオンの前奏に『零音の世界』というのがあって、 これをさっき聞いてきたのですが、 荒野を盲目の女の子が歩いてるんですね。 ……いや、この女の子が残された女、というのは飛びすぎか……。 というわけで、 退場する人:仮面の男とルド子 刈られる人・残る人:男と女のうち、どちらがどちらかは解釈の余地を残す そんな感じのまとめになります。 あー、長かった!!! ともかく、私の推察としてはそんな感じです。 ...
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