気ままな日記
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ごめんなさい そうひとこと言えば良かったものを そうだ、わたしの悪い癖 どうでもいいことにはすぐ、「すいません。」と言ったり、お愛想に「すいません」と言ったりするのに、肝心な時には謝れない なぜ? 相手にも非があるから? それだったら自分の非を認めた上で話し合えばいい。 負けた気がするから? 本当の自尊心はそんなことでなくなったりはしない。 もっと責められそうな気がするから? 許してもらえないだろうと思うから? そんなことはない。頭を下げている人間を誰が責め立てたりするだろう。(イヤミを言う人はいるけど・・・。) つまらないプライドは捨てたい・・・。 自分の傲慢さにほとほといや気がさした1日だった。
今年も、意向申告書を提出する季節がやってきた。 3年目の転勤対象者だけでなく、今年異動してきたばかりの人も、2年目の人も、一応(お愛想に)、この「人事異動に関する希望調書」なるものを書かされる。 今まで、希望通りの場所へ異動できたと喜んでいる人は、わたしを含めて見たことがない。それなのに、今度こそは!わたしこそは!と、一縷の望みを託して、ついついまじめに、慎重に言葉を選んで、書いてしまうのだ。 おまけに、それと一緒に提出しなくてはいけない「自己観察書」。 「期待し求められる水準」(行動例)に沿って自分を評価し、上司がそれを見て、ご丁寧になんと点数までつけてくれるというもの・・・。 とはいえ、上司の方もあまり悪い点数をつけると、自分の指導能力を問われてしまうので、0点にしてやりたいという気持ちを抑えて、無難なことしか書かない。 それがわかっているので、こちらも、いやいや読書感想文を書かされた子供のように、感じてもいないことを、もっともらしく2,3行でまとめて書いておいた。 ただ、侮れないのは意向申告書。 問い)現在の所属を続けることについてはどうですか。 ア 続けたい イ 必要があれば変わってもいい ウ 変わりたい ・・・とあるので、迷わず「ウ」にチェックをいれてはみたものの、さっさと逃げてしまっていいんだろうか、せっかくこんなにたくさんの仕事を覚えたのに悔しくない?・・・こんな逃げ腰な態度じゃどこ行っても同じじゃない?(毎年のように「ウ」にチェックしてるし^^;・・・)という問いが、ムクムクと湧き上がってきてしまった。 ホントはわたしはどうしたいんだろう??? 提出期限は10月11日。 何と書こうと、結局、上の人たちの意向のなすがままであるということは、十分わかっているはずなのに、やっぱりグズグズと、1枚の紙キレを前に悩んでしまっているのである。
職業柄、珍しい名前や、オヤ?という名前をしばしば見聞きする。 つくづく今風だな〜というものに、「コナン」君や「りぼん」ちゃん。 ご両親がその道のファンなのか、「マ○モト コ○シ○ウ」君。 他人の名前にケチをつけるつもりはないけれど、幼児期はともかく、40歳、50歳になったりぼんちゃんを、わたしとしては、なかなかイメージしにくいんである。 実名を言ってしまって申し訳ないけれど、以前いた職場で、職員のお母様が亡くなったという訃報の回覧を見ると、亡くなった方の名前が、「金子カネ子」さん。 カネ子さんという名前自体、年配の方にはありがちな名前で、それだけだったら、何の問題はないのだけれど、たまたま嫁いだ先が金子さんだったのね。(今なら夫婦別姓という手もあるけれど)・・・。 以前は、「子」や「美」がつけば、女の子だとすぐにわかったものだが、最近は、いちいち確認しないと性別不明なものや、読み方さえわからない名前が多くって、登録作業をする者泣かせなのである。
名前といえば・・。 ず〜っと前にいた事務所は、土地や家屋の不動産の所有権の移転に関わる仕事をしているところだった。 広い土地に関わることが起きるたびに、「たくぞう」という言葉が、職員の口にのぼったので、わたしは、この「たくぞう」じいさんは、ここいらの大地主かなんかだとず〜っと思っていた。 ある日、わたしが関わっていた仕事の書類を指して、同僚が、 「たくぞう、付いてる?」と聞くので、 「は?」と、意味もわからないまま、書類をパラパラめくると、そこには、 『宅地造成法に係る云々・・・』という紙が1枚綴じてある。 「わ、もしかして、たくぞうって大金持ちのたくぞうじいさんの名前のことじゃなくって、宅地造成の省略形だったのね・・・。」と、瞬時に悟ったわたしは、さも初めっから知っていたかのように、 「はい、付いてます。」と冷静に言ったのだった。
その職場だけで通用する「略語」というものがある。 そこではもう当たり前に使われているために、新しく異動してきた人に対して、わざざさ説明してはくれないので、特に知る必要のない場合、なんとなくその意味を知らないままズルズルと年月が過ぎ、改めて聞くにはちょっと今更恥ずかしいってことがよくある。 特に今の職場みたいに1日バタバタした雰囲気のところでは、ゆっくり質問できる感じではないので、この言葉が、どういう場面で、どういう時に、使われているのか、人知れず探りをいれて、恥をかかないように、自分なりに理解しようと試みているのである。
平井堅の『大きな古時計』 小学校の音楽の時間に習った歌だ。
わたしが生まれたときに始まる、膨大な数の家族の写真。 名前も知らない親戚が写った白黒写真。 「そのうち」なにかに使うこともあろうかと、押入れに眠ったままのたくさんの布の切れ端。 もう着られなくなったのにグズグズといつまでも捨てきれない、20歳代の頃の、お気に入りのワンピース。 取っ手に牛の鼻輪のようなものが付いていて、地震がくるたびにカチャカチャと音をたてる、祖母の家から持ってきた古ダンス。 工場勤めだった父のネ−ムが刺繍された作業着と帽子。 プレゼントなんて肌に合わないと言っていたのに、どうしたきまぐれからか手渡された、元夫からの旅行みやげ。 七五三の時に1度着たきりの、胸に熊の模様が付いたファミリアのスーツ。 母親におみやげなんて照れ臭くってといった感じで、遠慮がちに買ってきた日光修学旅行のおみやげ・・・
安心感と同時に不自由さをもたらし 確かにそこに居たという記憶を呼び覚ますもの 血縁(家族)の持つしがらみの、そのいとおしさとうっとうしさを感じさせる歌―
2002年09月15日(日) |
あら、いつのまに・・・ |
以前にも増して、無口になって、やたら咳払いばかりするようになっていた息子と、最近久しぶりに会話をしたら、いつのまにか彼の声が大人の声になっていた。 「久しぶりに声を聞いて、初めて声変わりに気がついた。」っていうのも、何だか呑気というか間が抜けてるけど・・・。 鼻の下のヒゲといい、青年の声といい、顔は子供の顔なのになんだかとっても違和感を感じてしまった。
地上37階建ての丸ビルが新築オープンしたというニュース。 学校でたての、今思えば1番ぜいたくな時期2,3年を、わたしはこの界隈で働いていた。 当時はオフィスが主体の町という感じだったが、今ではネットカフェやらブティックやら店が随分と増えたらしい。 会社が休みの土日は、このあたり、しーんと静まり返っていたものだが、このビルのオープンによって、渋谷や銀座みたいに、休日も賑わう町になるのかしら・・・。 丸ビルという名前は受け継いだものの、当然中身はまるっきり違うものになっているだろう。 今はオープンしたばかりで混雑していそうだから、ほとぼりが冷めた頃、1度のぞいてみよう。
今までの日記が書き溜まったので、「エンピツ」に引越しをすることにした。 長文の読みやすさ、過去日記の編集可能ということ、そして日記の目次を閲覧できるというのがいい。 それに伴う転記を2,3日前から始めたが、一度始めると、当初の「のんびりやろう」という予定は早くも崩れ去り、夜明けまで根を詰める始末。 (これって性分かしら。) 読み直してみて気づいたのだが、気をつけていても、意外に誤字ってあるものなのね。 もう6ヶ月も前に書いたことなのに、つい最近のできごとのように思えたりする。
こういう作業のおかげで、タイピングの練習用ソフトを買うまでもなく、文字入力の速度がやたら速くなったのを感じる。
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