あっこのPiano Diary...あっこ

 

 

vol.20 昨日の続き - 2002年03月25日(月)

 …そしてその2週間後、卒業後に知り合った母校の後輩のリサイタルに行った。彼は現代音楽や、超絶技巧主義?のマニアックな言い方をすると「体育会系」のものに陶酔?している。
 その日の晩も「20世紀のピアノ音楽」と題して私の知らないものばかり演奏した。例えばローゼンブラットや、JAZZのエッセンスのあるカプスチンなど。
 恥ずかしながら、現代音楽の演奏会に行くのはこれでまだたったの2度目なのである。私が現代音楽を書けないのは、ここにも原因があるだろうな。で、正直、ピアノだけの現代音楽ばかり、というのはいささか辛かった。どれも大変テクニックが要求されるものばかりの割には、その良さが伝わりにくい。それは彼のテクニックが足りないのではなく、やはり曲そのものに問題があるのかと思った。もし、素晴らしいものであるなら、もっとメジャーなところのプログラムに載っても良いはず。彼自身はテクニシャンだし、彼なりの選曲で思い入れもあるのだろう、プログラムの曲目解説は充実していた。カプスチンは彼が機会あるごとに人前で弾いていた曲?ということもあっていちばん良かったけど。ちょっとプログラム欲張りすぎたかな?彼としては不満の残る演奏だったようだけど、直前まで彼も義理であちこち顔をだしていたので、疲れたのかも。

 更に1週間後、こんどは観世流の能「船弁慶」を観に行った。能の研究をしている後輩が、その研究活動の関係で招待券をGETとかで誘ってくれたのだ。義経役はまだ子供だった。弁慶は大槻文蔵、船頭と  の二役を茂山千之丞が演じた。解説は茂山千之丞と、劇団女優のわかぎえふだった。大槻文蔵の声はとても渋くて良い声だった。圧巻は茂山千之丞で、船頭が竿一つで演じる場面にものすごい気迫があった。小船を襲う大波と船頭のからみが竿一つであんなにもリアルに表現されるのかと、とても奥深いものを感じた。
 当夜の主催者である団体に後輩が関係しているということで、上演中は彼女を挟んでわかぎえふと3人並んで座っていた。私はわかぎえふとは喋らなかったが、テレビで見る「カワイイ」えふさんじゃなくて「美しい」えふさんだった。女優って、ホントに綺麗なんだな。
 
 …くだらないが、舞台の始まる時、お囃子の太鼓の人が「いよーぉっ!」とやるのだが、「お囃子のまねをするタモリ」みたいに思えてならなかった(笑)。っていうか、「お囃子の物まねをするタモリ、の真似をしているお囃子の人」という感じがして、何と下世話な自分だと少し反省した。

 あとほかに、ひとつだけいつものピアノの演奏会に行ったのだが、誰が何を弾いたかどうしても思い出せない。他の4つがあまりにもインパクトがありすぎて、印象が薄れているらしい。
 スタンダードなクラシックが損をする瞬間かな。こういうの。


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vol.19 いろんな演奏会 - 2002年03月24日(日)

 去年の晩秋、演奏会前で気が立っているというのに、義理のコンサートにいくつか行った。そうしないと自分のときに来てもらえないし、お互い苦労はわかっているから、行ってあげたいな、とも思う。時期からしたら「歳末助け合い」になるんかな。

 そういうことで、いわゆるコンサートピアニスト達の演奏会には1度も行かなかったが、義理コンが続いたことで、去年は初めて短期間にいろんなものに触れた。
 一つは、過去の日記に書いたとおり、師匠のJAZZコンサートだった。出色はドラマーのビリー・ハート(後で見てみると彼は私の持っているCDに名を連ねていた)だったというのは書いたけど、それは彼のテクニックや音色だけでなく、即興性についても同じ事が言えた。セッションの前に簡単な打ち合わせはあるのだろうが、それよりは不慮の事態における、彼の才能が発揮された即興ロング・ソロが圧巻だった。いろんなパーカッションだけの演奏は聴いたことがあっても、ドラムだけで10分もの演奏は聴いたことがなかった。音程がないから当然メロディーがないのに様々な音色から成る一つの曲になっていたというのが素晴らしい。もっとも周りの状況を踏まえながらの即興だから形式なんてのはなかった(ように思ったけど)。

 師匠のそれを聴きに行く前日に、インド音楽のレクチャーコンサートというのに行った。レクチャーコンサート自体は何度か経験済みだし、場所が母校ということもあって戸惑うことは何もなかったが、JAZZと同じでこちらも即興的なものだった。インドに西洋音楽の理論が入ってきてから開発されたインド音楽用の鍵盤楽器と、インドの民族打楽器タブラ、あと名前は忘れたがインドの弦楽器との演奏だった。弦楽器はそこの学校の学生、鍵盤を弾くのは私の学部での後輩で院では先輩のFさん、タブラは彼女のご主人でインドでは最高レベルにあるタブラ奏者(=インド人:院の恩師によると、彼女はインド留学中は禁酒・禁煙・禁男で行く、と日本を経つ時に宣言したそうだが、結局だんなさんというお土産を持って帰ってきた)で、彼女の弾くメロディーに彼のタブらが即興でありながらある程度パターンの決まったリズムを奏でるのだった。しかしそのリズムパターンがたくさんあるので、それらの組み合わせの数がまた大変な数になる。合わせて鍵盤楽器の(本当は別のインド古来の民族楽器で奏でられる)メロディーも変化するので、同じ演奏などありえないのである。
 この日はレクチャーコンサートということもあって、解りやすい様にと彼女があえて一つの同じメロディーばかりを繰り返していたから、ミニマルな音楽になっていた。タブラの音色も、翌日のビリー・ハートと同じ事が言えた。
 興味深かったのは、途中でタブラの打面の皮を固定してあるネジが緩んで来て直すときに、リズムが中断されるのはまずいということで、ネジを締める金具で楽器の側面部分をリズムを取って叩いていたことだ。何だか不思議な音空間の中に弾きこまれて、即興の醍醐味にほんの少し触れた思いだった。

 なので、即興のインド音楽と即興のJAZZとの相関・異質の両面を2日間で垣間見たのであった。

 そうして2日連続で出かけたから、バイクでこけて打撲した脚に負担がかかったので、3日目のクラシックのほうの師匠のリサイタルに行くことが困難になってしまった。ヴィオッティ国際コンクールロマン派ピアノ部門4位の師匠が、おそらくリサイタルでは初めて?(以前にも勉強はしていただろう)ベルクのソナタと、初めて私が師匠に見てもらったショパンのソナタ3番などを弾くというから楽しみにしていたのに…

つづきは明日の日記で。


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vol.18 ひとりで理論書を読む。 - 2002年03月16日(土)

しばらく一人で和音と音階について勉強することにしたとはいえ、期限が2ヶ月だと妙にゆっくりしてしまう。
理論書を1日5ページ読む、って決めたけど、実行されてない。ちょっと無茶だ。だってJAZZにばっかり時間をかけられないもの。
でも、自分のペースで頭にいれることが出来るので、読んだことは確実に近いくらいに頭に入ってくる…つもりになっている。

さて、今のところはごく初歩のところを読んでいる。えっと、ドミナントとサブドミナントの機能のところ。
へえ、と感心したのは、例えばクラシックの和声学だと借用和音やフランスの3・4とかドイツの5・6とかナポリとかいったものは、もとの調に基づく表示が必要なこともあるけれど、ジャズの場合はどんな場合でもいきなりコードネームで済んでしまうところ…って書いても当たり前に思われるけど、たとえば異名同音のコードでも平気で並べてしまう。これってかなりラクチンだと思う。コードネームの表し方さえ覚えておけば、あとはABCDEFGのそれぞれの音に必要に応じて♭や♯を書けば良いのだから。
ということで、すぐにコードの音が浮かぶように、市販の英語の単語カードを使ってパターンごとの表記のカードをつくった。たとえばメジャーセブンスなら、

○M7

とだけ書く。裏には長3和音+長3度と書いておく。下から積み上げた形だ。そして○のなかにC,C♯,D〜B♭,Bと,12音をそれぞれを当てはめて、クロマティックに和音を弾く練習をするわけ。

しかーし!書いただけで,ちっとも練習してないのである(笑)。


このごろはあえてJAZZしか聴かないようにしている。聴かない日は全く聴かないが,
聴くときはCD3枚分は聴くようにしている。最近のお気に入りは、アート・テイタムとホレス・シルバー。人気のあるビル・エバンスとか、オスカー・ピーターソンは今のところ良さがわからない。クラシックピアニスト達の特徴をいえるのと同じように,JAZZピアニストについても早く批評が出来るようになりたいものである。


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