観能雑感
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2004年07月31日(土) 苦い決別

ウィリアム・フォーサイス率いるフランクフルトバレエ団が7月始めのパリ公演を最後に解散したとのこと。原因は市の財政悪化。資金援助の停止から、結局バレエ団そのものを解散させることになった。

フォーサイスとフランクフルトバレエがバレエ界に与えた影響は計り知れない。返す返すも残念であるし、憤りを感じる。芸術が政治に翻弄されるのは悲しいことだ。

フランクフルトバレエの公演を劇場で観たのは一度切り。「エイドス・テロス」だった。内容は難解でありながら衝撃を伴って迫ってきて、帰りの山手線の車内で私は世界にたった一人で見捨てられたような気分と、言いようのない不安感に包まれていた。

フォーサイスは個人運営のカンパニーを立ち上げたそうだが、活動の規模は相当制限されるだろうし、本人も運営面の不安を口にしていた。

芸術活動の維持にはそれを支える資金が不可欠。しかし、資金だけあっても成立しない。人類の歴史上何度も繰り返されてきた命題だが、やるせなさを感じる。


2004年07月21日(水) 巨星落つ

カルロス・クライバーに、アントニオ・ガデスと、その方面では伝説的な人物の訃報が相次いで入る。

クライバーは、恥ずかしながら映像を見るのは初めてで、こんな風な指揮姿だったんだなぁと感慨深い。クラシック界のミスター・ドタキャンが本当にわざわざ日本にまでやってきて、何回も振るのか?という憶測、超高額なチケット代、そして実際に公演に行った人に「その価値は十分過ぎるほどあった」と言わしめた素晴らしい演奏。10年前の事だが、聴いた人は一生の宝となったであろう。

ガデスは、フラメンコという民族舞踊を普遍的な芸術に高めた人だという気がする。文字通り、心血注いだ仕事だったのだろう。床を踏み鳴らす音(サパテアードと言ったか?)は、広い舞台の端から端まで鳴り響いたと言う。

実際に、聴き、観ることは出来なかったけれど、素晴らしい音楽と踊りを、どうもありがとう。やすらかに・・・。


2004年07月11日(日) 国立能楽堂普及公演  

国立能楽堂普及公演  PM1:00〜

 確実に行けそうな日で、かつ興味のある番組だったのでチケット購入。
 梅雨はどこに行ったのかと言いたくなるくらいの連日の猛暑。ただでさえ夏が大の苦手な身にはこたえる。溜まった疲労を感じつつ会場へ。
 中正面正面席寄りに着席。

解説 「鬼界ヶ島の熊野詣」  山本 ひろこ

 山本氏は中世の宗教、儀式の研究がご専門とのこと。解説付きの普及公演を観るのは3度目だが、資料が用意されたのは今回が初めて。「平家物語」において能『俊寛』の下敷きとなった部分を覚一本と延慶本との差異を比較し、俊寛の人となり、宗教観を読み解くというのが主な内容で、私には興味深かった。手元にあるのは覚一本なので、俊寛は信仰心を欠いた人物という印象を持っていたが、そうも言い切れないようだ。
 最後の能『俊寛』のあらすじについての説明部分は敢えて聴かなくても良いと脳が判断したのか、気が付いたら「ご静聴ありがとうございました」となっていた。
 気になったのが『俊寛』を世阿弥作として話されていたこと。作者は不明で、元雅作の可能性があるというのが現代の通説のはずなのだが。

狂言『名取川』(大蔵流)
シテ 茂山 千三郎
アド 茂山 千五郎

 極端に忘れっぽい僧が法名とその予備を両袖に書き付けるが、川を渡る際に流れ落ちてしまう。消えた名を探しているとき、通りがかった住人と珍騒動を巻き起こす。今回初見。
 法名を付けてもらいに行くのも可愛いらしい稚児が目当てだったり、道々その名を平家節や踊り節に乗せて唱えてみたりと、どうにも熱心な信仰心を持っているとは思えない出家ではある。前半はこの出家の一人語りで進行するのだが、千三郎師、求心力を欠いてやや退屈に感じてしまった。川で流れた名を笠で掬おうとし、掬えるべくもなく「雑魚ばかり、雑魚ばかり」と淡々と呟くところは哀れさと滑稽さがない混ぜになって、つい笑ってしまった。
 まさに災難に遭ったとしか言えない里の者を千五郎師が淡々と勤めて舞台に重みが加わる。川の名が名取川、出合った人物が名取の某であるからには、名を捕ったのはこいつに違いない、と思い込まれる方はとことん迷惑であろう。結局この某が出家に向かって救済の言葉を述べるその節々で、二つの法名を思い出し、終曲。
 面白く、また飽きさせずに見せるのは、難しそうな曲である。

能『俊寛』(宝生流)
シテ 小倉敏克
ツレ 小倉健太郎、小倉 伸二郎
ワキ 工藤 和哉
アド 茂山 宗彦
笛 中谷 明(森) 小鼓 北村 治(大) 大鼓 柿原 崇志(高)
地頭 田崎 隆三

 「平家物語」を題材に、一人罪を許されず置き去りにされる人間の極限の心理を描く。前場はワキの名ノリのみで、シテが登場するのは後場のみ。舞事は一切なし。今回初見。
 本日は親子、兄弟共演。康頼を健太郎師、成経を伸二郎師。しっとりと柔らかな次第を聴きながら、宝生流の謡はやっぱりいいなぁ、と思った途端に眠気に襲われる。以後、睡魔との闘いになり、十分に楽しめたと言うには程遠い状態となる。退屈なのではなく、物凄く観たいのだが、気付くと半覚醒状態から復帰することの繰り返しで、全く持って不本意。疲労の蓄積を感じる。
 伸二郎師は気弱さと高貴さをともに漂わせていて、落ちぶれながらも貴族という雰囲気があった。下居姿が一際美しく、微動だにせず瞬きもほとんどしなかったのには驚き。健太郎師も同様。
 シテ、俊寛の専用面に花帽子、?水衣、無地熨斗目、腰蓑という異様な風体。角帽子でないところが零落の身という印象を強くする。目が落ち窪み、頬が細くなるくらいにまでこけた面は、島に取り残された後の俊寛の姿を連想させる。一声も今後の運命を暗示するような、重苦しい内容。姿も声にも諦観が付きまとう。熊野詣を終えた2人を向かえ、束の間過去の栄華に浸るが、赦免使の到着でそれも突如として終る。ごく僅かな動きに内面の揺れ動く心情が滲み出る。自分だけが許されないと知った時の姿は、身の内に巨大な穴を穿たれたようであった。抵抗空しく、一人硫黄島に取り残され、それでも空虚な言葉のみを支えに舟を見送る。きっと、見えなくなるまでずっと波打ち際に立っていたのではないだろうか。
 「平家物語」では、この船出の場面で、俊寛はかなりの狂態を曝している。歌舞伎や文楽の方がその有様を忠実に写し取っているように思う。能の俊寛はもっと剛直であり、控えめだ。
 他の2人とは異なる立場を貫いてきた俊寛も、特赦が自分にのみ及ばないとなると、途端に他の2人との共通性を主張する。清盛に対する謀反は計画のずさんさで失敗に終るが、清盛の心情を読み切れない俊寛は、苦労知らずのお坊ちゃまなのだなぁという気がする。他の2人と俊寛は、清盛にとっては同じではないのだ。一方清盛も、娘である中宮の御産というめでたい時を迎えるのに、卑小な拘りを捨てきれない。人間の愚かさと悲しさをこれでもかと見せ付けられる思い。
 その後、幽鬼のような姿になり果てても生に執着していた俊寛だが、島を訪れたかつての召使だった有王から、北の方と幼き息子の死を聞かされ、そして托された娘の手紙を読み、生に対する、というよりは己の存在そのものに対する絶望から食を断ち、間もなく死ぬ。実際は赦免使の到着前に死亡したらしい。史実とは大きく異なる俊寛の最後は、人として生きることの様々な側面を雄弁に訴えかけてくる。

 能ならではの重厚さは感じたが、極限状態の心理劇としてはあっさりし過ぎていた感あり。謀反を企んだ人物ならではのふてぶてしさが見えず、最初から弱々しかった。この印象も、当然ながら人それぞれであろう。
 地謡、中堅と若手のみの構成で、健闘していたと思う。この世代が頑張らないとどうにもならない。より一層の奮励を期待したい。

 この日は野村万之丞師の楽劇葬が行われた。1800人が参列したとのこと。故人に対する喪失感は埋まるどころか大きくなるばかりである。自分なりに一文をまとめてみようかとも考えたが、これ以上のものはないであろうと思われる文章を目にし、結局止めてしまった。古い芸能の再構築と、個人、流儀、職分という枠を超えた能楽界としての利益を考えた行動の、全てとは言わないまでも、ごく一部でもいいから受け継いで行く人がいてほしいと、心から願う。

 今月の観能予定はこれだけ。気になる会はいくつかあったが、諸事情により断念。


こぎつね丸