観能雑感
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2002年06月30日(日) 八世観世銕之亟三回忌追善能

八世観世銕之亟三回忌追善能 観世能楽堂 PM1:30〜

観に行ったら時を置かずに書く事を旨としているのだが、すでに半年近く経ってしまった。この時期は体調が最悪で、チケットを無駄にしなかっただけでも良しとせねばならなかった。断片的な記述にならざるを得ないが、甘受するしかない。
八世銕之亟という人は、私には特別な存在である。とは言っても舞台を直に観て感銘を受けたとかいう訳ではない。数年前、能に興味を持つようになってから1年余り、TV放送や書籍でしかその世界に触れられなかった頃の事、この人の「葛城 大和舞」をTVで観て、自分なりの能の見方を掴んだような気がしたのだ。白い装束に身を包んで舞う姿から、私は確かに己を恥じて俯く女神の姿を感じ取る事ができた。「自分でイメージすること」が能を観る上でいかに大切かを、私はこの時初めて実感した。
その後、同じ空間を共有することのないまま彼は逝ってしまった。最後の舞台で地頭を勤めた日が私の誕生日であった事も、一方的ではあるが縁を感じている。晩年の数年間は体調不良の所為もあってか、周囲を心配させる舞台も多かったようだが、彼が能楽界に残した足跡の大きさは誰の目にも明らかであろう。自分も何らかの弔意を示したくて、この公演はぜひ観ておきたかった。

渋谷の観世能楽堂に行くのはこの日が初めて。渋谷は嫌いだし、駅から離れてはいるしで敬遠していたのだ。しばらく外で開場を待つ。半券を切られる際、銕仙会の公演ではかならず配られる小冊子「鉄仙」の特別版と八世銕之丞師の遺稿集「勁き花」が手渡される。「鉄仙」には生前所縁のあった方々の故人に寄せる想いが綴られており、改めて大きな存在であった事を認識する。遺稿集はおそらく故人の文章をまとめて読むことの出来る唯一のものであり、大変貴重であると思う。能に対する己の考えが素直に表現されていて、兄の故寿夫師のものとは異なる味わいのある、よい文章である。
見所は補助席もでて満員。評論家の先生方の姿も散見する。会の意味と出演者の豪華さを考えれば当然か。

連吟 「井筒」 銕仙会会員
 
玄人の会で連吟を聴く事は稀ではないだろうか。独吟は息子の九世銕之丞師と兄の榮夫師。会員全員の故人に捧げるという想いが伝わってきた。

仕舞
「生田敦盛」 観世 淳夫
 故人には孫にあたる敦夫君。きびきびとして気持ちの良い舞振り。このまま伸びて行ってもらいたいと願わずにはいられない。
「野宮」 観世 榮夫
どうしても膝の具合が気になってしまう。今となっては特に印象なし。

舞囃子 「邯鄲」 近藤 乾之助
笛 一噌 庸二(噌) 小鼓 宮増 新一郎(観) 大鼓 柿原 崇志(高) 太鼓 観世 元伯(観)

流儀を越えた故人の活動を示す一曲。追善能で他流からの参加は珍しいのではないだろうか。乾之助師と故人とは同世代で、同じ時代を供に歩んできたという意識が双方にあるのだろう。
春以降体調不良が伝えられていた乾之助師。4月にシテを観られる予定だったのだが代演となり、今回が初めて。邯鄲の夢の世界を確固として危うく表現していた。観世流の中でもドラマチックに盛り上げるのが特徴の銕仙会の地謡に対し、宝生流の抑えた謡が好対照をなして面白かった。

舞囃子 「三山」 片山 清司 観世 清和
笛 藤田 大五郎(噌) 小鼓 亀井 俊一(幸) 大鼓 安福 健雄(高)
故人が復曲した作品。後妻打ちが非常に生々しい。片山師が清和師の目を見て舞うのに対し、清和師は絶対に目をあわそうとしないのが印象的だった。

仕舞 
「松虫」クセ 梅若 万三郎
「佛原」 片山 九郎右衛門
「融」 観世 善之
一番印象に残っているのが万三郎師。初めて観るというのもあるが、曲調に合った仄かな色香を漂わせていて新鮮だった。

一調 「小塩」
梅若 六郎  太鼓 金春 惣右衛門
不思議と印象に残っていない。各々手練なので、悪くなかった事は確かなのだが…。

狂言 「清水座頭」
座頭 野村 萬
瞽女 野村 万作

「萬斎襲名問題」以降共演する機会がなかった両者の久々の顔合わせ。故人と同世代で供に戦後の能楽界を切り開いてきた者同士の弔意の現れかもしれない。
両者ともシテ扱い。まず瞽女の万作師が登場。脇座についてから座頭の萬師登場。瞽女にぶつかってしまい相手を責めるのだが、供に盲目である事を知った時の萬師の笑い声が印象的だった。やるせない我が身の境遇に対する自嘲の念と、相手も同じ立場である事を知った安心感が複雑に絡み合っていた。打ち解けた二人は酒を勧め合い、唄を唄い合ったりして暫しの慰めを得る。瞽女が先に夢のお告げを得たとして立ち上がるのだが、夢のお告げという形を借りて座頭に対して「追いかけてきて」とメッセージを送っているように見えた。座頭もやはりお告げを得たと立ち上がり、異なる場所で二人は再会する。互いの杖が触れ合った瞬間、緊張も解けたように見えた。互いを伴侶としてともに歩みだす時の、座頭の「愛しい人」という呼びかけが温かく響いた。
終始緊張感が保たれた見ごたえのある舞台だった。事情はいろいろとあるのだろうが、この二人の共演の機会がないのは勿体無いと思う。せめて年に1回でも良いのだが、何とかならないのだろうか。
貴重な機会とあってか、片山清司師も見所で観ていた。

能 「江口」
シテ 観世 銕之丞
ツレ 谷本 健吾 長山 桂三
ワキ 宝生 閑
ワキツレ 宝生 欣哉 則久 英志
アイ 山本 東次郎
笛 一噌 仙幸(噌) 小鼓 鵜澤 速雄(大) 大鼓 亀井 忠雄(葛)

現銕之丞師が亡き父に捧げる一番。豪華な三役だが、地謡は今後の銕仙会を担う中堅どころが中心。
正直現銕之丞師の舞台を積極的に観ようとは思わないのだが、今回は気概に溢れた良い舞台であったと思う。途中コトバが違うところもあったが、然程気にならなかった。遊女が菩薩に替わるところはハネ扇で鮮やかに表現し、その場面は今も鮮やかに甦る。シテ同様地謡も緊張感を保ちつづけ、好印象。シテの退場の際、一ノ松で拍手が起こってしまったのが残念だった。仙幸師、具合が悪そうに見えたのだが、その後代演が続いた事を考えると、やはりそうだったのかと思う。
今後の銕仙会を考える上で良い材料になった一番。突出したスターを失い、一人一人がぞれぞれの立場で会を発展させて行かねばならないが、期待が持てると思う。見守りたい。
後で気付いたのだが、山本順之師が出演していない。何が理由があったのだろうか。
隣の席の女性の膝に置いたバックに頬杖をついて身を乗り出すという姿勢がどうしても気になってしまった。こちらの視界にかなり影響するので声をかけようと思うのだが、常にその姿勢のままでいるわけではなく、タイミングを掴めないまま終了してしまった。いつも思うのだが、背もたれに背をつけないで身を乗り出すという姿勢は周囲の迷惑になるという点でマナー違反である。そういう人の真後ろに座ってしまった場合はかなり辛い。まずは自分が迷惑になっていないかを考えながら行動しなければならないと思う。

後日現銕之丞師のインタヴューを読む。故人は病が進行し、病院のベッドに寝たきりなった時、とにかく何かやらねばとずっと謡っていたそうだ。その声が聞こえなくなって3時間後に息を引き取ったとの事。役者の一生はかくも凄絶であるのか。合掌。


2002年06月27日(木) 河村定期能東京公演

河村定期能東京公演 PM6:00〜  宝生能楽堂

正直、行くことすら危ぶまれた公演であった。その週の月曜日から腹痛が起こり、火曜日はなんとか出勤したものの、水曜日は休んで病院へ。薬をもらうが一向に改善されず、夕方再度来院。痛み止めの注射を打たれ、座薬までもらう。しかし痛みは治まらない。どうせ眠れないだろうと睡眠導入剤を飲み、目覚めるとやや落ち着いていた。来院して血液検査の結果を聞くが予想通り以上なし。IBS用の薬をもらう。痛いが乗換えなしで行ける宝生能楽堂なので、結局行く事にする。
開場前にNEW YORKER’S Caféで少しだけ食べる。その際窓から黒いジャケット姿の馬野師を発見。目が合った…と思う。どうでもいいが。
会場はPM5:20。すでのかなりの人数が並んでいる。雨が降っていたので時間より早く会場。河村家の面々がお出迎えをしいた。
今日は正面席をと思っていたが、やはり無理だった。全席自由で料金一律\8,000というのはチケットの捌き方として問題ありだと思うのだが。
東京公演とは行っても、関西方面からの客が目立つ。やはり素人弟子が多いようだ。となると、わざわざ東京で公演する意味がどこにあるのだろうか?主催者側の自己満足?
とりあえず中正面脇よりに座る。補助席に物凄く座高の高い女性が座って視界が全くなくなったため、ちょっと移動。

本日の公演について   河村 晴久
主催者からの挨拶。曲目の紹介等。これがはっきり言って不要。見所はほとんど素人弟子なのだから、あらためて曲の説明など必要ないと思われる。それに正中あたりに斜めに座って話しているのだが、マイクも使わず特に大きな声を出しているわけでもないので、かなり聞こえ難い。高齢者には尚更だろう。約500人を収用できる能楽堂に適したやり方だとは思われない。そして徒に長かった。10分近くあったと思う。これも自己満足の発露か?

能 「隅田川」
シテ 河村 隆司
ワキ 宝生 欣哉 ワキツレ 大日方 寛
笛 杉 市和 小鼓 大倉 源次郎 大鼓 亀井 広忠
アイの出ない曲。ワキとシテとの掛合いを主に芝居が進行する。当然中入りなし。
源次郎師のには後見なし。やはり本当だったのだと改めて実感。哀しい。心なしか少しやつれられたように見える。
ワキ、ワキツレ登場。大日方師は最近良いが、やや詞が大仰で構えの重心が後よりに感じる。欣哉師、自然で余計な主張なし。ワキにはこれが大事だと思う。
シテ登場。カケリを舞うが、途中で囃子の調子が明かに変わって、不安定な精神状態を端的に表現する。船に乗せてもらうために船頭と都人ならではの問答を展開。乗船成功。旅人の話からこの辺りで行われる法要に話題が移る。ワキの語りで過去に何が起こったのかを観客とシテに知らせる。余計な感情を交えず、淡々と語る声が空間に満ちる。だからこそシテである母の驚愕と落胆に焦点が当たるのだろう。
身動きさえできなくなったシテを岸辺の塚の前にワキが連れて行く。地の「さりとては人々この土を、かえして今一度、この世の姿を母に見せさせ給えや」というところで地謡座を向き、周囲の人々に悲しみをぶつける。どうすることも出来ない無念さがほんの一瞬怒りとなって発露する瞬間。
塚の前でひれ伏すシテに、今となってはどうにもならない。せめて母の手で念仏してあげなさいと、ワキが鉦鼓を渡す。呆然自失状態の母を驚かせないためにか、そうっと、優しく持たせてあげるところが目に留る。念仏を始めた母の耳に、周囲の声に混じって無き子の声が聞こえるが、これは母親にしか聞こえない。今回子方を出さない演出なので、シテの緻密な演技が要求させる所だと思うが、不自然さは感じなかった。我が子を抱きしめようと一瞬すれ違う場面も同様。子方が出たほうが視覚的に解りやすいが、母の悲しみに焦点を当てるなら、この方がいいと思う。ただ、シテの力量が要求されるため、万人向けではないとは思う。
夜が明けると全てが幻で、そこにはただ草生した塚があるのみ、という悲劇のままで終了。その後この母親はどうなったのだろう。職業としての狂女から、本物の狂女になってしまうのだろうか。都に帰る気力もなく、隅田川に入水してしまうのだろうか。どちらにしてもさらなる悲劇しか予測できないが、中世ではそれほど珍しい話ではなかったのだろう。だからこそ人々の共感を得たのではないか。
シテ、悪くは無いが、もう少し若い時に観たかったと思う。地はほとんど一族で構成。山本順之師が地頭。馬野師も参加。後見を馬野師父が勤めており、良く似ていてなんだかおかしい。
笛の杉師、音は美しいがそれ以上のものを感じず。能管は音色が全てではないのだと思う。
この曲を務めた源氏郎師の心情を考えると、言葉にならない。


独吟 「勧進帳」  林喜右衛門
聞き流していたのだろうか、感想なし。

狂言 「魚説法」
シテ 野村 与十郎 
アド 野村 萬
見習僧(?)が主人が留守の折り説法を頼まれ、一旦は断るが謝礼目当てに引き受ける。ありがたい仏教用語など知らないので魚の名前で誤魔化すが、結局見破られる。
萬師は構えに力がない。顎が前に出てしまっている。声にも若干張りがない。与十郎師はいつも通り淡々とこなす。妙に見所を意識して笑わせようとしないところがいい。

能 「恋重荷」
シテ 河村 禎二
ツレ 河村 晴通
ワキ 宝生 閑
アイ 野村 萬
笛 杉 市和 小鼓 曽和 正博 大鼓 河村 大 太鼓 前川 光長
どうも曲としての面白さを感じられないでいる。良い出来とはいえないTV放映を観ているせいか。
ワキとアイの問答から曲が始まる。廷臣に命じられてシテの山科の庄司を呼び出すアイの下男。そしてそのシテの出が異様に遅い…。高齢の所為だと思われる。謡も声量がなくほとんど聞き取れず。詞章を暗記している、または謡本等を見ている人でないと詞の意味が伝わらなかったのではないか。
中入り後、下男の説明を受けて廷臣が女御に報告。女御が弔いの言葉をかけてやる。こちらは聞き取る事ができ、ほっとする。後シテ登場。やはり出が遅い。ほとんど常座に立っての所作。もっと動きがあったような気がするのだが、シテの状態を考えてのことであろう。しかし、霊となった老人が女御を抑えつけているために動けないという曲の内容からは苦しい表現方法だと思う。悪霊から守り神となって去って行く変身も伝わりにくい。つまり曲の内容を完璧に理解している観客のみ相手にしていると考えるしかない。これをわざわざ東京で見せる意味はあるのだろうか。京都の自分の舞台で十分なのでは?こちらの体調が悪く、集中力を著しく欠いた事を差し引いても、散漫な舞台との印象は拭えない。
大鼓の河村師、写真の方が美形かも。受け口なのが気になる。声がかなりうるさい。今回京都の囃子方の演奏を楽しみにしていたが、わざわざ聴きに行く程のものでもないと判明。個人的な好みにもよると思うが。曲の始まりには広忠師、源次郎師とも後見をしていた。源次郎師の後見姿は初めて見る。終わりでは広忠師のみ座布団回収に登場。流儀が違っても手伝う、互助の精神か?
恒例の痛い観客。前列の男性、左右人が座っていないにも関わらず右に左に身体を動かして覗き込むように見る。体臭が気になる。回りの人がいなくなったのもそのせいか?
脇正面後方で堀上氏と西氏を発見。こういう方々はチケット代を個人で負担するのだろうか。
結論。今後とくに選んで見に行く事はないであろうと思われる。


2002年06月14日(金) 銕仙会定期公演

銕仙会定期公演 PM6:00〜  宝生能楽堂

狂言 「清水」
シテ 太郎冠者 野村 萬
アド 野村 万禄

仕事を終えて会場に着いたのが約6:05。既に始まっているので狂言は観ずに終了を待つ。いつもの電車に乗る事が出来ればぎりぎり着席できたのかもしれないが、1本遅れてしまい、こういう結果に。ただ、この曲は既に二度観た事があるので、諦めがつく。
ロビーにスピーカーから舞台の声が流れている。それを聞く限り萬師ご出演のよう。体調を崩されていると聞いていたので、何はともあれ一安心。


能 「安宅」 勧進帳
シテ 浅井 文義
子方 観世 淳夫
ツレ 片山 清司、浅見 慈一、馬野 正基、鈴木 啓吾、長山 谷本 健吾、奥川 恒治、
北浪 貴裕、岡 久広
ワキ 殿田 謙吉
アイ(従者) 小笠原 匡
アイ(強力) 野村 与十郎
笛 竹市 学(藤)、 小鼓 宮増 新一郎(観)、 大鼓 亀井 広忠(葛)

狂言終了後10分の休憩。その間に着席。前列の女子大生らしき3名が煩い。おまけに勝手に人の席に座っていたらしく、後から来た人に確認されていた。自分の座る席も解らず、適当に座っているというその根性が非常に恐ろしい。隣の年配男性がお連れが不調のためこの席は空いているよと隣の席を譲っていたが、いつもこういういい人が周囲にいるとは限らない。自分の席に座られていた女性も、詞章を見せてあげていた。いい人はいるものである。
さて、すでに毎回恒例となった、はた迷惑な観客。今回は左隣の男性。貧乏ゆすりをし、間断なく咳払いを繰り返し、時折前に乗り出す。すぐ後の人は観ずらかった事であろう。私も鬱陶しかった。毎回毎回なぜすぐ近くにこういう人がいるのかと、非常に悲しくなってくる。
お調べが終わったあと、橋掛りに囃子方登場。初見の竹市学師、予想に反して非常に若い。中年だとばかり思っていたのでまずそれに驚く。さらに、歩くスピードが非常に遅い。まるで磁石の磁力に抵抗しているかのよう。姿勢もかなり前傾している。表情は渋面と言ってもいいくらい。笛座について吹き始めると、身体が非常によく動くことにまた驚く。音は大音量で、吹き鳴らしているという感じ。いずれにしても、これまで見た事、聴いた事のないタイプである。しかし…。美形だと思った。髪はかなり短く、丸刈りに近い。小柄で細身、顔のパーツが整っていて、端正。どこか修行僧のように禁欲的で、それゆえ醸し出される色香。などと考えるのは、私が壊れまくっているせいかもしれない。
次第に乗ってワキとアイの従者登場。殿田師、年恰好が富樫にピッタリ。謡も重すぎず、軽すぎず、関守の緊張感を出している。
次に橋掛りに義経一行が登場。壮観。脇正面に座っていたので、橋掛りを歩む一人一人のハコビが良く見える。本当に千差万別。基本動作のハコビでもこれだけ違うのかと思う。
全員が舞台に立って向き合い、道行を謡う。子方の義経がこちらを向いている。九世銕之丞師のお子さんだが、片山家の血が濃く出ているよう。隣の片山清司師にそっくりである。師は父上の九郎右衛門師にそっくりであった。淳夫君は落ち着いていて、安心して観ていられた。そろそろ高い声が出し難くなっているのかとも思った。
関所で山伏が厳しく詮議されているらしいと義経から聞かされ、弁慶は強力を偵察にやる。数名の山伏の首が晒されていたと報告を受け、義経に強力格好をさせ、なんとか関所を突破しようと各策する。血気にはやる仲間を落ち着かせる弁慶は、理知と膂力の両方を兼ね備えていなければならず、難しい役なのだろうと思う。仲間を率いて関に向かう際、辺りに目を配るその様が緊張感に溢れ、これからの難局を予想させるものになっていた。なにもない舞台における少ない所作で、数多くの事柄を表現する、そんな能の訴えかけの強さを感じるのは、こういう時である。
関に入り、さっそく見咎められ、開き直って最後の勤行を行うと、舞台に三角形に座って数珠を揉む様は壮観。囃子のノットもリズミカルで聴いていて心地よい。富樫はさらに勧進帳を読む事を要求。大きな見せ場の一つである。が、個人的にそれ程印象に強くはない。何故だろう。
通行許可が下り、足早に通り抜けようとする時、富樫の従者が義経に気付き、富樫はすぐに呼び止める。弁慶はおまえがノロノロしているからいけないのだと、杖で打ち据える。思っていたより激しくなかった。が、山伏対富樫の対決の場面はやはり緊張した。どちらも必死である。弁慶一行は何としても通りぬけたいと思い、富樫は任務を遂行せねばならない。向かって行こうとする仲間を抑えつつ、富樫と睨み合う弁慶。こちらからは富樫の表情しか解らないが、一人で大人数を相手にしなければならないワキの緊張感はただ事ではないであろう。
勢いで一行は関を通り、しばしの休息を取る。弁慶が義経に先ほどの非礼を詫び、義経は我が身の不運を嘆く。義経は子方が演じているので、哀れさが際立つ。大人だとこうはいかないであろう。
間もなく、富樫の従者が主が先ほどの非礼を詫びたいと対面を申し入に来る。ここでも弁慶は解かず、義経に目立たない所に行くように伝え、自らが応対する。歌舞伎では富樫が弁慶に心酔して、打ち解けた酒宴になるという、武士道的解釈がなされるらしいが、能ではあくまでも双方心を許していない。富樫としては当時社会的に立場の強かった山伏に対する非礼を詫びておきたいという思いがあり、やはりこの一行に対する疑念は晴れていないのである。弁慶は舞を所望され、そういう富樫の疑いを意識しつつ、関心を他にそらすという意味も含めて舞を舞う。しかしそれだけではなく、義経の身の安全を祈る、祈念の舞でもある。聡明な彼が事態を楽観視しているはずもなく、不安は尽きないであろう。だからこそ、祈らずにはいられない、そんな主君に対する想いのこもった、弁慶一世一代の舞なのだ。そんな事を考えながら浅見師の男舞を見ていると、なんだか目頭が熱くなった。そこにいるのは弁慶その人だった。カッコいいと思った。常座あたりで数珠をくるりと一回転させるなど、細かい技も入っていた。自分が能の舞踏的要素に強く惹かれていると思うのは、こんな時である。ただ、囃子が若い所為か、やや走り気味の気がした。シテの位取りと齟齬が、僅かであるが生じているように思った。
舞が終わり、また見咎められない内にと、一行は素早く陸奥に下って行く。橋掛りを高速で同山が退場して行くのが、またまた壮観。こんなに素早く走らないで動けるなんて!と驚く。シテが常座で留めて終了。爽やかな幕切れだった。
概して良い出来だったと思う。若手がツレで出ている所為か、地謡がベテランと中堅になり、安定していた。
橋掛りを退場する竹市氏を凝視してしまう。うーむ。やはり美形だと思う(しつこい)。
自分としては、こういう活劇よりも、やはり夢幻能の方が好ましく感じる。見せ場が多いとは思うが(見所の居眠り率も低かったと思う)。演劇的要素よりも、歌舞音曲的要素に魅力を感じている所為だろう。たまにはこういう曲もいいが。


2002年06月05日(水) 国立能楽堂定例公演 

国立能楽堂定例公演 PM1:00〜

狂言 「二人袴」
シテ 大藏 千太郎
舅 大藏 彌太郎
太郎冠者 大藏 教義
親 大藏 吉次郎

平日昼間からだが満員の盛況。やはり前、横の観客が痛いが仕方ないか。前の年配男性は前のめりで良く動き、横の年配男性は遅れてやってきて、ビニールの袋の音を立てる。さらに頭を動かしながら寝てしまうので、振動がこちらの椅子にまで伝わる。快適な見所環境はなかなか実現しない。
さて、大蔵流宗家一門の狂言、このところ見る機会が多い。千太郎師は発声に難がある。喉声なのだ。少々聞き苦しいが、生真面目に舞台を勤めているのには好感が持てる。他家に比べてこれといって目立つものがないのが特徴か。良く考えると、この人達の狂言を見ているときが一番笑っているような気がする。曲自体の魅力も大きいとは思うのだが。
破れた袴をそれぞれ前にだけつけた姿で舞を舞うまでのやりとりが面白い。舞うと承諾してしまう息子に親が驚きの表情を向けるが、結局舞う事になってしまう。最後に袴が破れている事がばれて、恥ずかしがって逃げてしまうのだが、気にしなくてもいいのにと追いかける舅が微笑ましい。


能 「雲林院」
シテ 浅見 真州
ワキ 宝生 閑
ワキツレ 大日方 寛 御厨 誠吾
アイ 大藏 吉次郎
笛 藤田 大五郎 小鼓 大倉 源次郎 大鼓 亀井 忠雄 太鼓 金春 惣右衛門

お調べが終わって橋掛りを笛を筆頭に囃子方が歩いてくる。つい源次郎師の姿を双眼鏡で注視してしまう。最後に見たのは昨年の1月。当時はまだ囃子方にまで関心がなかったので、ほとんど初めて見るような気分である。頭が小さく、長身。後見を勤める内弟子の男の子も、髪に天然ウエーブがかかっていて萩尾萌都のキャラクタのように可愛らしく、驚きの一対。金春 惣右衛門師って、代替わりしたのか?などと考えていたら、後場に登場。出番のない前場は後見が替わりに座っていたのだ。間抜け。
次第にのせて閑師登場。安心して見ていられるが、やはり疲れているように見える。気の所為だといいのだが。咳をしていたので心配。大日方師は成長している様子が良く解る。姿勢も良く、これから楽しみ。
ワキの旅人が桜の枝を手折った所でシテの老人登場。決して声高に怒っているわけではないが、怒気は伝わる。橋掛りと正中とのやり取りが、何処からともなく登場した老人が、だんだん近寄って来る様を効果的に見せている。桜をめぐる問答が小気味良く、飽きない。シテが正体を匂わせて消え去るところまでも良く間とまとまっていて、退屈しない。台本だけでなく、演者の力量が大きいと思う。
中入してアイ語り中、ついつい源次郎師を見てしまう。調べ緒を整えているようだったので、また双眼鏡で注視。こういうところはなかなか見えない。いや、気にしていなかっただけなのかもしれないが…。徒に主張しないアイに好感が持てる。場の雰囲気を損なうことなく後シテに渡すのは、実は難しい事なのだと思う。
一声でシテ登場。「月やあらぬ〜」の歌が美しく響く。緑の濃淡の狩衣と指貫に、初冠にも緑の枝らしき飾りがついていて、品良く華やか。正に「昔男」というところ。クリ、サシ、クセは情感豊かに美しく、序ノ舞と繋がる。浅見師は舞の美しさを称えられるが、謡もいい。響かせる類の謡が好きではないので、とても耳に心地良い。序ノ舞、期待通りの素晴らしい出来。三段で終了するのが惜しい程。源次郎師の美麗なお姿をついつい見てしまっていたのに、舞が始まるともう目が離せない。表面上の美がいかに空しいか、実感した。昨日歩きながらふと思ったのだが小林秀夫の「美しい花がある。花の美しさというものはない」という一文と、白州正子氏の「能の悲しみは誰かの悲しみではなく、哀しみそのもの」という文は、同じ事を言っているのだとやっと思い至った。すっきりした。
業平の霊は何を思って舞うのだろうか。華やかな暮らしをしていた昔を懐かしむのか、それとも一見華やかに見えてもその実、元服まで忘れられた哀れな境遇を思ってか。序ノ舞は、そのどちらの思いも内包してくれる許容量の深さがある。
シテが袖を被いて橋掛りから舞台を見返り、謡に乗せて退場、ワキが留めるという流れが、いずくともなく消え去る様を解りやすく表現しており、かつ余韻を残す。旅人が去って行く幻影を追いかけるが、ふっと消えてしまう、そんな場面。
主題は後場に置かれており、難解な摂理を解くという訳でもなく、良く知られた伊勢物語の一場面を再現するという、あっさりした構成で、気軽に楽しめた。ただ、単純であるだけに、演者は選ぶと思われる。今回はシテ、地謡、三役とも人が揃って、良い舞台を作ったと思う。こういう舞台に出会えて、幸いである。

付記
この舞台から僅か5日後、源次郎師の弟子である寺島秀文君が亡くなった。某巨大掲示板でそんな書き込みがあり、ネタだとばかり思っていたが、後に葬儀の日付のレスが付き、某シテ方のHP上の日記にも、この事に触れた個所があった(具体的な氏名は挙げていない)。享年18歳。早過ぎるその死に本人はさぞ無念だった事だろう。玄人として本格的に活動を始める矢先の不幸であった。ご家族や周囲の人々の心痛を思うと言葉もない。謹んでご冥福をお祈りする。
命とは、儚いものなのだと思った。


こぎつね丸