観能雑感
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2002年05月25日(土) 第八回 山本順之の会 

第八回 山本順之の会 宝生能楽堂 PM2:00〜

仕舞
実盛 キリ  観世 榮夫
釆女 クセ  梅若 六郎
船弁慶 キリ  梅若 晋矢

1ヶ月振りの能楽堂。嬉しい。前回は体調不良で感想も書いていないままである。やれやれ
毎度の事ながら、近隣の観客による被害について。後列の男女数名は男性のひとりが山本師と「友人」だと言っており、その他は付き合いのようだった。能を観るのは初めてらしい。問題は煩かったこと。パンフをがさがさ言わせたり、始まってからも話したり。能においてはまだ囃子方が退場していないのに大笑いする始末。なんなのだ。長時間座っているのが厭なのなら、あらゆる舞台観賞には不向きだ。とにかく静かにしてもらいたい。ただそれだけだ。

榮夫師の実盛の仕舞はこれで二度目だろうか。膝が大分悪いようだ。自分が殺される場面も自分で語るので、いつも混乱してしまう。
六郎師。でかい。やはりでかい。後を向いたときにお尻が動いているのが見えてしまう。袴姿は身体の線が出やすいから仕方がないが、やはり体型の所為だろうか。謡明瞭。型はきれいだと思った。
晋矢師。響かせるタイプの謡が苦手なのでちょっと苦しかった。鍛えた謡の声というよりは、地声の美しさで聞かせていたように思う。若いので長刀を使った所作が豪快。

狂言
「萩大名」
大名 茂山 忠三郎
主 山本則直
太郎冠者 山本 則孝

同じ流儀であるが、対照的な芸風の両家の舞台。山本家の二人が低音でベースを担当し、忠三郎師が旋律楽器としてそれに乗っているような印象。楽しめた。大らかな大名にしっかり者の太郎冠者という構図がよりはっきりと出ていたように思う。山本家の鍛えられた、安定した発声は心地よく、安心して見ていられる。忠三郎師のゆったりとして抜けの良いそれと好対照。失言をとがめられて慌てて口を塞ぐ様が、なんとも可愛らしい。太郎冠者がいなくなってからの狼狽振りもまたしかり。後列では落ちが解らなかったらしい。…何故だ…。

能 「定家」
シテ 山本順之
ワキ 宝生 閑
ワキツレ 大日方 寛
      則久 英志
アイ 茂山 忠三郎

笛 藤田 大五郎
小鼓 北村 治
大鼓 白坂 信行

地頭 梅若 六郎

昨年11月に浅見真州師のシテで同曲を観た。山本師はどう演じるのかと当然興味が沸く。
笛の藤田師、ヒシギにやや息切れを感じるが、後は特に気にならず。全盛期を知っている人には物足りないのだろうとは思う。
旅僧の閑師、先月も感じたが、疲れておられるようだ。下居している時も首がやや前に出ているのが気になる。謡は良かった。大日方師、下居している時の姿勢が良い。今伸びているところなのか。
シテの幕内からの呼びかけ。謡に定評のある人だけあって、この世ならぬところから呼びかかけているような奥行きを感じる。かなりゆっくりとした出で常座へ。面は若女か。美しい里の女であるが、俯きがちで常に影を感じさせる佇まい。席がちょうど目付柱の正面に当たるため、居グセ姿が完全に観る事が出来なかったが、柱から垣間見るのもまた良かった。墓石の中に消えて行く直前、式子内親王になる瞬間、緊張感が漂う。上端を言い間違えたように思ったのだが、気の所為だろうか。「玉の緒よ…」の和歌の下りで、忘れ難いところだとは思うのだが。
アイは忠三郎師。ゆったりした語りで和泉流とは違う趣。こういうアイも良いなと思う。茂山家のアイを聞くのはこれが初めて。その間、作り物の中では装束の替えが行われている。後見の浅見師はじめ、大忙しである。昨年観た時は正面席だったので、装束替えの様子は全く解らなかった。あの狭い中で手際よく着付けるのは大変だろうと思う。
僧の読経に導かれて後シテ登場。浅黄の長絹に紫の大口。白に緋でないのは、中年の女性であることを意識してのことか。面は霊女?痩女と違って美しい顔。前シテとの対比が明瞭でないが、高貴な美女としての内親王を表現するためか。
「面なの舞やな」と舞始めるのが、本当におずおずとしていて憐れにさえ思う。しかし舞っている最中は悲愴感があまり感じられなかった。というより、感情の動きが見えなかった。無心であることこそが、彼女にとっての救いだったのだろう。 途中、笛の音がきらめく様に透明感を増し、シテもそれにと同時に高次元に上昇したかのように感じた。
しかしそれも束の間、やはり葛に閉じ込められてしまう。どうしても浅見師の塚を2回廻って閉じ込められる姿を思い出してしまう。山本師はそれに比べると平凡な所作に見えてしまい、型としての意味付けが弱いように思われた。
地謡は地頭六郎師を基盤として、周囲が上手くそれに乗っかった感じ。梅若・銕仙会混成チームだが、よくまとまっていたと思う。
クモリ勝ちの面でシテの哀しみは伝わるのだが、それ以上に強い訴えかけを感じる事が出来なかった。美しく、よくまとまってはいるのだけれど。浅見師を観たときとは別種の物足りなさを感じた。
余談だが、村上湛氏らしき人を見る。正面席の一番前に座っていた。舞台から全員退場する前に本人も退場。それほど忙しいのだろうか。
さらに余談。能楽堂を出てから少し周囲を歩いて結果的に再び能楽堂の前を通りかかった。その際シテご本人らしき人と遭遇。地味なスーツに大きな黒いバッグを持っていた。本人にしては会場を出るのが早すぎると思うのだが、よく似ていた。


こぎつね丸