Happy Garden
Aki



 恋って?


さっきまで恋愛小説読んでた(まともなやつです)

ちょっと自分の恋について語ってみようと思った


・・・・・・・・何にも無かった。

いや、ちょっと、うん。


それはなぁ・・・・っていう話題なので頂けない。

むしろそのときの自分殴りたい勢いに科されます。

しかも一つだけ。情けない。


四年の女子高通いに2年の女子高(通信)通い。

後半の女子高はなんだかもう次元が異世界みたいで
誰が妊娠しただとかそういう話題がでてきちゃうことで
そらぁもう吃驚して
ここの平日(普通科)行かなくて心から良かったと思った。

目指す専門科目(?)はまんず女子大しかなさそうだ。

まぁ、何かというと
このまま専門行って就職したとしても
結婚ということが無さそうな自分の人生が問題なんだ。
っていうかハタチまでに彼の一人くらい居ると思ってたがこのままではできやしない
むしろハタチ越えたら「30までには・・・」とか言ってそうで怖い。

なんか、そんな話でした。

2004年05月20日(木)



 無謀なんじゃなくて手立てを考えないだけ

大丈夫

芯がしっかりしてればなんとかなる。


こないだ嶽本野ばらさんの本読んでて何だか嬉しかった

芸能人に恋したって無謀じゃなくて
会いに行こうとする努力がないから無謀に思えるんだって。
逢えるわけがないんじゃなくて、逢いに行こうとする努力がないからなんだって

これ私なりの解釈ね。

確かにそう思った。

逢いたいならまず行動を起こさなきゃダメなんだよね
それは例えば私はバンドマンが好きになったりすることが多いので
音楽雑誌の記者になったり、スタイリストになったり
webデザイナーとか、ラジオのスタッフ、音楽業界ならライブのイベンター、ライターさん、衣装スタッフ、スタイリスト、セキュリティーの警備会社、ソニーとかEMIの社員。
手立てはいっぱいあるんだよね。
何かしら努力してそれを目的にすれば逢えるんだ思った

気がつかないだけなんだよ。

なんだか

ああ、こう言うことを言ってくれる大人がまだ居たんだ。

そう思って嬉しかった。

2004年05月16日(日)



 



きっと君が一晩で忘れてしまうような些細なことを

僕達はずっと覚えて

それを糧にしながら歩いてくんだろうなぁと思った



そうだっけ?って笑う君も

僕はその声のトーンや表情も必死になっておぼえるんだと思う。

2004年05月07日(金)



 夢と現実、できる奴とできない奴

新しい学校に入学する時
校長先生と、副校長と私と母の二者面談をさせられました。
思えばテストがなくてよかったけれどもそれだけレベルの低い学校だってのも何だと思う。

いくつか、家族構成や自分のこと、差し支えなくの質問攻め
頭の回転が鈍い私はとても遅く、鈍い反応で答えました。

「将来の夢はありますか?」

「ありません」

「何か夢でも?」

「はい、ありません」

これだけははっきりと答えた。

夢なんて持ってたまるものか。
ここまで落ちぶれて、まだ夢を持っていると誰に向かって言う?
あの中に自分で突き飛ばして落ちた時に決めた
夢なんて見たって自分の身の丈を見たら無駄なだけだ
自分を肥大して、過剰して、足元見ていないなんて

みっともないじゃないか。
ほら、後ろを見て?誰かがせせら笑ってる

こうなることはわかってた、とアイツの夢は本当に夢で終わったよ



母は
「努力をすればどんな人間でも叶う」
という。そんな母は自分を磨くためには努力を惜しまない人だ

父は
「努力したって出来ない人間はいる」
そう言った。

父に賛同した。

私は、見えるところで、例え家族だろうが見えるところでの努力は嫌いだ
何度も何度も黙々とやって成し遂げることの少なさを思い知った

例えば、例えばね、「逆上がり」

小学校の時に必ずやらされます
体育の授業のテストなんかでよくクラス全員の前で一人一人の発表。
出来ないのが嫌で嫌で仕方なかったから
たとえ豆がつぶれようが
たとえ腕が痛かろうが
鉄棒の隅で必死に練習した私には出来なくて、クラスの前で恥をかいた
先生にはもっと練習しましょうといわれた。
この血塗れた豆があんたには見えないのかと、
悔しかった、悔しくてもあれから逆上がりは出来たとこがない
出来るなら文句の一つも言えたんだろうなぁ、と
今は思う。


先日学校にて進路希望の紙を提出しないと帰れなくて二時間悩んだので思い出した。
全て未定と書き込んで職員室のテーブルに差し出してきた。

そろそろまじめなことを考えなければいけない。

2004年05月04日(火)



  enter




また春にあいましょう

そういってド派手なピンクの髪に蛍光黄緑パーカー
両手を広げて笑顔で燻らせ消える彼をいつもイメージする。

私は彼を鮮明に覚えていた。

中古屋で買ったアルバムを毎日帰り道に聞いていたから



いま、バンドが音楽が好きになって
いま彼の偉大さを思い知る

あの時私にはおんがくがうるさいだけで

それでもニュースでとんでもない人が死んでしまったんだ

何故?

と、ショックを受けたのは覚えてる



後に死にたかった時、彼のことを必死で調べた。
死についても調べた。


偉大な人ほど自殺する人が多くて。
それは自ら望んだ死とか誤った死とか
たまに"あの人"はのちに自殺してしまうのではないかと心配になる
彼のあこがれている"あの人"のように銃殺されてしまわないだろうか

偉大なあの人のことを考えようと思ったけれど、
不意に"あの人"は私より先に死ぬんだということを考えた
そのとき私は正常に生きていられるだろうか。

2004年05月03日(月)
初日 最新 目次 MAIL HOME


My追加