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2003年07月31日(木) コーヒーをください

自由競争こそが資本主義
いつだって金がものを言う
ブランド志向 学歴社会 離婚問題 芸能界
でも本当に価値ある物とは一体何だ?
国家 宗教 自由 それとも愛
一日中悩んだよ
でも結局それって理屈じゃない
(Mr.Children『CENTER OF UNIVERSE』)

口当たりのいい理屈ばかり探して
理屈より大切なものに気付かず
いろんなもの台無しにしてきた
これからも台無しにしていくだろう
理屈をつけて自分を納得させないと
生きていけない 不自由な生き物
ああ僕の心よ 強靭たれ
ああ僕の心よ 貪欲たれ
ああ僕の心に 苦いコーヒーを流し込むよ


2003年07月30日(水) 愛すべき無駄

「中身のない会話」をするスキルというのが、
自分には足りていないと感じる。

中身のない会話ばかりをするのが虚しくて、
中身のある会話ばかりを求めてきた。
でも「ばかり」ではどちらもダメなのだ。

それは別に会話に限らず、
とりとめのない瞬間も大事だということ。
「その場さえ楽しければいい」というのはつまらないが、
その場も楽しむということは大事だ。
その場にいる相手を楽しませるということは大事だ。
今更ながら。

無意義なことで満たされた人生を送りたくはないが、
有意義なだけの人生もきっとつまらない。


2003年07月29日(火) 好きだけじゃだめなんだ

ある人のことが好きだとしよう。
好きだという気持ちだけではどうにもならない。
大事なのは、実際にどのように相手に接するかということ。
思慮の足りない行動で相手を傷つけていたら、
相手を好きだなどという資格はない。
本当に好きなら、何が相手のためになるかを考え、
それを実践できる力を身に付けるべきだ。
もっとも、それは一朝一夕ではいかないことなのだけど。
だから失敗を繰り返す。
でもその失敗はきっと無駄ではない。
そう思いたい。
そう思えれば、また誰かを好きになれるかもしれない。
誰かを好きになる資格を失わずにいられるかもしれない。


2003年07月27日(日) Does anybody remember laughter?

作り笑いばかり上手くなって、
本当の笑い方を忘れていませんか?


2003年07月26日(土) WILL

何かしたいことを見つけるというのは簡単じゃない。
興味のあるものの中からどれかを選び出して、
「俺(私)はこれがしたい」と宣言してしまうことがどこかで必要だ。

その宣言したものが「アタリ」かどうかはわからない。
もし違ったら?
そういう不安は誰にでもあるはずだ。
でも、まずはどれかを選んで試してみないと、次に進めない。
「ハズレ」だったときの挫折感を恐れて最初から何もしないという選択肢もあるようだ。
でもそんな生き方に何の意味がある?
そんな生き方をするくらいなら、ぶつかって砕けたほうがよっぽど良い。


私ならどうにでもなると
手当たり次第放り投げてみる
この体が血を吹き出すほど
ぶつかれる壁があればいい
(鬼束ちひろ『everything, in my hands』)


2003年07月25日(金) King of Solitude


「君は全然変わらないな」
俺はため息をついていた。どういう意味のため息なのか、自分でもよくわからない。別に彼女の変革を期待していたわけではなかったはずなのに。
「あなたが気付かないだけで、私にも変わったところはきっとある。ただ、あなたの変化が早すぎるから、あなたから見れば私が止まっているように見えるのだと思う」
あの頃、目の前の女、氷室真奈のスピードについていけない俺がいた。
いつかそれに追いつこうと思って走りつづけて、いつの間にか彼女のことを忘れていた。
久しぶりに会った彼女は俺の記憶の中の彼女のままで、俺はなぜか寂しくなった。
それは多分、俺と彼女がもう同じ時間には生きていないということがわかったせいだと思う。
その乖離が僕に孤独を与えるのだ。
「そういうところが変わらないんだ」
そもそも大事なのはスピードではなかったんだ……だが、それをあの当時の俺が気付くのは不可能だった。だから、今更後悔をするつもりはない。
「久しぶりに会ったんだし、どこか適当な場所でもう少し話さないか?」
それでもまだ彼女に興味があるから話をしたいと思う。それともこれはただの未練か?
「ええ、そうね」
俺は初めて氷室と会った場所を思い出した。


2003年07月24日(木) Queen of Solitude

「君は全然変わらないな」
有馬雅彦はため息をつく。
私に何を期待していたのだろう。
それにしても、と氷室真奈は思う。
彼はずいぶん変わった。
でもそれが普通なのかもしれない…。
「あなたが気付かないだけで、私にも変わったところはきっとある。ただ、あなたの変化が早すぎるから、あなたから見れば私が止まっているように見えるのだと思う」
あるいは、私は本当に止まっているのだろうか。もしそうだとしても、文句は言えない。
「そういうところが変わらないんだ」
そういうところって、どういうところ?
わからない。
彼にとっての「私らしさ」が何なのかなんて、考えたこともない。興味もない。
彼にどう思われようが、いや、誰にどう思われようが、どうでもいい。
勝手に私に期待して失望して、そんなの知るかよ。

『それはただ予防線を張っているだけだよ。傷つかないためにね』

お前は黙っていろ!
そんなありきたりな解答例を私に当てはめようとするんじゃない!

「久しぶりに会ったんだし、どこか適当な場所でもう少し話さないか?」
目の前の男が言う。その言葉が私を氷室真奈へと引き戻す。
「ええ、そうね」
私は一刻も早くこの場から立ち去りたいと思った。


2003年07月23日(水) ありふれたLove Story〜男女問題はいつも面倒だ〜

『踊る大捜査線2』を観てきた。
娯楽作品としてよく出来ていると思う。
かなり楽しめた。
コメディタッチで笑わせるところとシリアスに締めるところとの配分が上手い。
まあリアリティに欠ける部分はけっこうあったけど、そういうのを気にする映画ではない。



互いのプライバシーを尊重して
上手くバランス取ってるはずだった
でも人生はいつも困難で
いつしか二人嫌なムード いがみ合うばかり
冷めてく想いを分かっているくせに
気付かぬ振りでやり過ごしている
大人を気取れど
自我を捨てれない
辻褄合わせるように抱き合って眠る
(Mr.Children『ありふれたLove Story〜男女問題はいつも面倒だ〜』)

愛するということは簡単じゃないなあ。
たとえ自分がボロボロになっても、
それでも愛する値打ちが相手にあれば…。
なければ、無理はしない。


2003年07月21日(月) Field

「場」というものがある。
どのような場にいるかによって、自分の人格まで変わることがある。
たとえば、今日がそうだ。
自分でも信じられないテンションで、普段なら思いもつかないトークが勢い良く口から飛び出す。別にアルコールに酔っているわけではない。
でも、つい先日のある「場」ではまったく正反対で、全然言葉が浮かばなかった。何も話す気がなくなり、それでいいのだとさえ思いそうだった。

この違いは何なのだろう。
周りの人間の雰囲気にもよるのだろうけど、それだけではない。


2003年07月20日(日) one two three

「お前は何をしたいんだよ? なあ、言ってみろよ、何がしたいんだよ、何にもないだろう、何もないんだ、お前には何もない、それがお前だ、いなくなってもいいよ、誰も困らないよ、お前がいなくなっても誰も困らないんだ、わかるか、俺の言ってること、わかるか?」
(昔設計したキャラクターのセリフより)

いなくなると本当の意味で困るような、
つまり、別の誰かに置き換えられない人間になりたい。
社会にとって、あるいは個人的な誰かにとって。
望むべくは両方を。
それは贅沢なことだろうか?
できないはずはない、と思うところから始まるはずだ。
できるわけがない、と思うところで終わるはずだ。

言葉で書くほどに簡単ではないのが実情ではあるけど、
一歩、二歩、三歩と、少しずつ踏み出していくしかない。

『暗闇で振り回す両手も
やがて上昇気流を生むんだ』
(Mr.Children『one two three』)


2003年07月19日(土) 最後にありがとうを言えたなら

ずっと隣にいても事務的にしか親しくならない相手がいる一方で、ほんの一回、たまたま出会っただけなのに、その後も続く関係になる相手もいる。
「気が合う・合わない」というのは、そういうことだ。

ほんの一回の出会いから意気投合した場合、相手のことについては実際にはほとんど何も知らないわけだから、その相手と過ごす時間はすべて新鮮で、自分の知らない世界を紹介してくれたり、自分の新たな面を引き出してくれたりして、ますます親しくなる。ただ、新鮮さが失われたとき、それでも同じように関係が続くだろうか。新鮮さだけで進んできて、それ以外がなかったとしたら。

たとえそこで終わりだとしても、そういう出会いを繰り返すことで、自分の幅が広がっていく。それは自分を磨くという意味では「効率的」ともいえる人間関係で、そういうのは多かれ少なかれ誰でも経験する。望む望まないの問題ではなく。

「あんなに仲良かったはずなのに、最近は全然会わないなあ」

そういう人間関係ばかりでは寂しいけれど、そういう人間関係も大事だ。
結局、最後まで残る関係なんて、ほんの一握りしかないのだろうから。

(最近、急激に人脈が広がっているのだが、この中で残るのだってほんの一握りだろう。そんなことを今から考えても、寂しくなるだけなのだけど)


2003年07月18日(金) あらためて、はじめまして。

けっこうひさしぶりに会った人と予想外に話が盛り上がる。
それまでそんなに打ち解けていたわけでもないと思う。
きっかけなんてよくわからないものだ。
まあ、俺が(その人から見て)少し変わったというのもある。
どうやら俺は停滞しているわけではないようだと、少しだけ自信を持つ。



2003年07月17日(木) 没有音楽、没有人生

No Music, No Life

至極名言だね。
たとえ音楽でなくとも、
自分にとって適当な単語を当てはめてみればいい。


2003年07月13日(日) それでもたぶん意味があるさようなら

彼と何かを語り合ったわけではないし、何かをしたわけでもない。

もっと早くに出会っていれば、
彼との別れに涙することができたのだろうか?

もっと早くに出会っていても、
今の俺では、彼と何も話さず何もせずに過ごしただけかもしれない。

どちらにしろ、彼は去ったというのが事実だ。

次に会うことがあれば、
今とは違う俺を彼に見せられるだろうか。

さあ、どうだろうか。


2003年07月12日(土) 刻まれた言葉

今になって
昔言われた言葉がフラッシュバックする。
「あなたは子供すぎる」
自分の思い上がりを突かれたようで
物凄く情けなく悔しく思ったのだけど
今でもこの言葉を
突き返せるかどうか。
一つの時代が終わって
いつまでも落ち込むような
後ろ向きな思考はとうに終わった。
もう同じ過ちは繰り返したくないと
その思いが
あのときからの原動力の一つになっている。


2003年07月11日(金) 組織変革の時……だと思うのだけど、

組織にはこなすべき仕事というものがあり、それを「固いこと言うなよ」「それよりもっと楽しくいこうよ」などといってなおざりにすると、その組織はやがて当初の理念を失い、崩壊する。

俺が属するある組織(組織ごっこでしかないのかもしれないが)が崩壊する予兆を感じながら見過ごすか、行動すべきか…。
行動する場合、まずはそのための実行力を獲得していくところから始めなければならない。
また、そのために時間を注がなければならない。
はたして、それだけの価値が俺にとってある組織なのだろうか…というのが個人的に根本的な問題だ。

俺と同じように「このままではダメだ」と思っている人間がどれだけ潜在しているのかも、知りたいところだが…。


2003年07月10日(木) Reality

「私に幻想を見るのはやめてほしい。生身の私を知ったら幻滅するだけです。あなたと同じで、私だって不完全なんです。幻想を見るのではなく、私という事実を許容してほしい。『生きているのはなんだかいいなあ』と思える現実感を与えてほしい。それが、私の望みです。それ以外に、人といる意味がありますか?」(昔設計したキャラクターのセリフより)


2003年07月09日(水) 優しい歌

群衆の中に立って 空を見れば
大切な物に気付いて 狂おしくなる
(Mr.Children『優しい歌』)

まず群衆の中に立ち、空を見よう。
そのとき、誰かに対して優しい歌を叫びたいと思うだろうか?
その誰かは誰だろうか?


2003年07月08日(火) Pain

自分が欲しいものを手に入れた結果、
別の誰かがそれを失うことがある。
そしてそのことに心を痛める。
だからといって、それを譲るわけではない。
結局、心を痛めることになっても自分はそれが欲しいと選択したのだ。

まず自分が一番大事だ、ということを認めた上で、
どこまで他人に「やさしく」できるのか。
どこまで他人を「思いやる」ことができるのか。
ときに偽善的であろうとも、そこから始めるしかない。
僕は聖人じゃないのだから。


2003年07月07日(月) 七夕

彦星と織姫は年に一度、この日にしか会えないらしい。
年に一度だけでも会えるならいいじゃないか、と。
そう思うこともあったかもしれない。

ところで、どうして彦星と織姫は一年に一回しか会えないのだろう?
現代人的な答えとしては、「忙しいから」となるのかもしれないが…。



2003年07月04日(金) 眩暈

あるとき、すべてから切り離されたような孤独感を感じた。
急速に視界が色褪せ、耳に残るは他人の笑い声。

お前はどうあがいてもそこには入っていけないのだと。
そう別の自分が囁いている。
お前はくだらない人間だと。
そう別の自分が囁いている。
お前は取り返しのつかないものを失ったと。
そう別の自分が囁いている。
お前は所詮そこまでだと。
そう別の自分が囁いている。



逃げることなどできない
あなたはどこまでも追って来るって
泣きたいくらいにわかるから
わかるから
(鬼束ちひろ『眩暈』)


2003年07月03日(木) 根拠なき確かな衝動

ところで、「そもそもどうして創造的なことをしたいのか?」という疑問を持つと、これはよくわからない。
一つには、創造的なことをできる人間がそれをしないでおくことはできるが、創造的なことをできない人間が急に創造的なことをしようと思ってもできない、つまり不可逆な関係になっているということが、理由として挙げられるかもしれない。
が、真相はやはりよくわからない。
ただ、自分の中にある衝動に理屈をつけて無理矢理抑え込む必要はないだろうから、前へ進もうと思うのだ。
まあ、世の中には、抑え込むべき衝動も数多く存在するが、少なくともこれはそういう類の衝動ではないと感じる。感じるだけで、論理的根拠はないけれど。
ときどき、根拠をよく考えずに突っ走ると、ただの思い込みでしかなかったという結末を迎えることもあるが……どこまでのラインで見切り発車を許すかの問題かな。

(創造的でありたいと思う原因の一つとして、そういうふうな風潮の社会で教育されてきたからだ、ということもあるかもしれない)


2003年07月02日(水) シナリオ作成中

「自分がこの時代に生きた証を残したい」

ありふれたセリフではあるが、それが最近リアルに響く。
証というと具体的に聞こえるが、この願望自体は抽象的なものだ。
人間は抽象的なものを求めないと生きていけないのだと思う。
たとえば、もし幸福というものがただの幻想だったとしても、
それを求める過程に幸福的なものを感じることはできる。
抽象的なゴールを目指しながら具体的な生を重ねていくのだ。
生きていくためには何らかのシナリオが必要なのだ、ともいえる。
そのシナリオを具体化するプロセスが実践となる。
シナリオの始まりはおそらくほとんどの人がすでにある雛型の中から選択する。
一から創造するにはすでにあまりに多くの雛型が作られた後だから。
だが、始まりは借り物であろうとも、それを創造的に発展させることは可能だ。
そこで「勝負」が決まる。
具体的に誰と勝負しているというわけではなく、これは抽象的な勝負だ。


2003年07月01日(火) まごころを、君に

愛情っていう形のないもの
伝えるのはいつも困難だね
(Mr.Children『名もなき詩』)

だからやさしくしてみたりする。
それが押し付けにならないことを願う。


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