29号の日記
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2004年05月27日(木) ダメ社会人

 結局月・火・水、そして今日も疲れが抜けず、完全に「人在」(ただいるだけで、職場に貢献しない人)状態。先週末沖縄に行ってきたことはお土産と共に周囲に知れ渡っているため、極めてバツが悪い。週末遊んできた上に、翌週の仕事に身が入らないなんて、最低である。ダメ社会人そのもの。
 上司に「疲れているんでしょう?早く帰りなさい。」と、半分命令口調で言われたこともあり、俺だけ周囲を差し置いて定時同然で帰る。自分で自分が嫌になりそう。今週末は翌週に向けて癒しが得られるだろうか???


2004年05月26日(水) かなり疲れた

ろくに仕事していないのに随分疲れた。
まだ土日の疲れが残っているのだろうか・・・。


2004年05月25日(火) へちまと赤瓜

 土日、沖縄のスーパーで買ってきた「へちま」と「赤瓜」、どちらも初めて食べるものなので、料理法をネットで調べ、煮物を作ってみた。へちまは柔らかく、つぶれて溶けてしまいそう。においは烏瓜に近い。赤瓜は硬く、型崩れしにくい感じで、こちらは硬さが烏瓜。
 ちなみにどちらもウリ科植物の夏野菜。一般的にウリ科植物は、体のほてりを冷やす働きがあるということなので、毎日暑い暑いと言っている俺にとっては、まさにうってつけの食べ物である。事実、ウリ科効果のおかげか、今日は
職場で、あまり暑さを感じなかったような気がする。

 もうひとつ、沖縄で買ってきた野菜に、見慣れない菜っ葉があったのだが、これ、よく見たら大陸野菜の「空芯菜」じゃないかと思った。茎の内部が中空だから・・・。なので、こちらは、チャイナ料理専用の酢(鎮江香酢)で炒めて食べた。


2004年05月24日(月) お疲れモード

 なにげに疲れているらしく、朝起きるのが辛かった。
 昨日の飛行機の中では眠くなかったのに、どうして朝はこんなに眠いんだろう。上司に、「疲れているみたいだから早く帰ったほうがいいんじゃないの」と諭され、8時前に職場を後にする。いつもだったらスポクラに寄るのだが、洗濯物も溜まっているし、なにより、夕方になってもまだ眠いので、素直にまっすぐ帰宅した。


2004年05月23日(日) 3日目

 午前10時、T嬢に起こされる形で起床。
 今日は宿のレンタサイクルを借りて那覇周辺を回るというプラン。
まずは、T嬢が金を下ろさないといけないということで、ATMまでお付き合い、のつもりが、はぐれる。

 次に、海方面に。市街地を過ぎ。埋立地のような空き地を横切ると砂浜。T嬢曰く、ここは「波の上ビーチ」と言って、海水浴場でもなく、水も沖縄の中ではそれほどきれいとはいえないが、中島みゆきファンにとっての聖地なのだそう。サンダル履きだし、せっかくなのでちょっと海を足で触る。エメラルドグリーンの海の向こうに国際貿易港のクレーン。海パンさえ持って来ていれば泳いでもよさそうと俺は思った。

 海沿いにしばらく行くと、波の上神社という名の神社が。沖縄で神社とは珍しい。もしや明治以降に旧大日本帝国が植民地に建立したのと同じタイプの、「押し付け型」神社?と疑い、いわれの書いてある立札を見たら、実は数百年の歴史があるらしい。「押し付け型」でないと知ってほっとした。社殿は戦後の再建なのだが、屋根が漆喰を塗り固めた赤瓦で、沖縄らしさ満点だった。T嬢は全く興味がないらしく、「もういい?」と聞かれたので、隣の公園に移動、散策。(こちらもT嬢は暇だったらしく、もういい?と聞かれた。)

 神社のはす向かいの角地にたたずむ、沖縄にしては珍しく木造の、昭和30年代風の古びた食堂へ。俺はソーキ汁(豚の角煮が入っているものの、さっぱり系の汁物)を食べた。意外に量が多く、びっくり。
T嬢はといえば、12時前の朝昼兼用食だというのにビールを頼んでいた。

 その後、やはりその近くの中華式庭園「福州園」へ。ふんぞり返った屋根のあずまやや、どぎつい建物が園内に散りばめられているところがいかにも中華らしいが、庭園自体はまあ落ち着ける。が、スピーカーで園の由来等をエンドレスで流すのはやめて欲しい。そうした情報が欲しい人はパンフレットでも読めばいいのだから。池の中で天を仰いでいる孔子?のような石像があったが、あれは何だったんだろう???

 次の行き先はあまりよく聞いていなかった。マイペースでチャリを飛ばすT嬢と、ヒーヒー言いながら付いていく俺。とうとう長い上り坂のカーブで見失ってしまった。上り坂の終わったところはT字路になっていた。どちらに曲がったのか分からないし、ヘトヘトになったので、T嬢がやがて戻ってくるまでT字の所で待つことにした。10分か15分して、期待通りT嬢は戻ってきた。T嬢は、「アンタがノロノロしているから、アタシが見たいところ見れないじゃない。」と俺を非難。「じゃあ、お互い宿での待ち合わせ時間を決めて別行動にしよう」と提案し、両者納得の上別行動開始。

 俺はまたしても公園。今度は琉球王府が清王朝の使節を接待したという言われのある庭園。ただし、パンフレットによると、オリジナルは戦争の際、艦砲射撃で滅茶苦茶にされ、今あるのは再建されたものとのこと。
 中央に池があり、錦鯉に混じって何匹か亀が棲み着いていた。人間に興味があるのか、単にエサをもらいたがっているのか、一匹の亀が岸から上がり、こちらの足元に寄ってきた。指を差し出したら、俺の指の先に一瞬、頭の先で触れたかと思うと、後ずさりを始め、チャポンと音を立ててまた池の中に戻っていった。のんびりした亀の仕草を見ていると癒される気がする。
 別の観光客は運良くお菓子を持っていて、亀にやっていた。残念ながら、園内では亀や鯉のエサは売られていなかった。ああ、俺もエサになるもの予め持ってきておけばよかったと思った。

 合計1時間程この公園で過ごし、さて次はどうしようかと、地図を広げた。
国際通りでお土産を買うにはまだ早いし、ということで、もう一箇所公園に行くことにした。目指すは鰻湖公園。マングローブの林が間近に見れるという公園だ。数年前一度ツアー観光で来た時に、バスでここの湖にかかる橋を渡った際に印象に残っていて、一度ゆっくり立ち寄ってみたいと思っていた場所である。但し、その間に食品スーパーがあったら随時寄って、「ウベ」芋を見つけることを目標とした。

 途中、ホカ弁の店があったので、何か沖縄オリジナルなメニューはないかなと見たら、あった。「ゴーヤ丼」420円也。買い込んで湖を見ながらベンチに座って食べた。

 湖を取り囲む道を一周した後、買い物タイムにしようと、国際通り方面へ。
途中、スーパーを見かけるごとに立ち寄り、「ウベ芋」を探すが、やはり見当たらず。というか、その他の沖縄オリジナル野菜すらもあまり見かけないぞ。
 ところで、2軒目のスーパーに立ち寄った時、初めて訪れる場所の筈なのに、以前、同じ風景を夢で見た気がした。2軒目のスーパーはいつか俺が立ち寄る運命だったのだろうか?

 この2日間(前夜を含めれば「3日間」)で何度も行き来した「国際通り」、今回は独りだし、自転車なので少々買いすぎても重さをさほど気にしなくても大丈夫なので、安心して買い物して回る。
 まずは、「無料で泡盛の試飲が出来る泡盛センター」(正式な店の名前は不明)で、泡盛じゃなくて、「もろみ酢」(↓参考資料)

http://www.rakuten.co.jp/nat-gar/480345/480798/

置いてませんかと聞いたところ、「ウチで置いているのはこれとこれだけなんですよね」と言われた。そのどちらもが、見たこともないもろみ酢。
「いや、本州でブームになっていて、広告がたまに入ってきて、3本1万円とかで売られている高級な奴は?」
と聞いてみたところ、
「知らなかった。」
とのこと。灯台下暗しで、意外にも沖縄ではあまり「もろみ酢」はブームにはなっていないようである。

 泡盛センターを後にして、「公設市場」に。案の定、公設市場は閉まっているのだが、近くに八百屋が店を開いていた。ここでも、「ウベ芋置いていません?」と聞くが、「アイス以外では見たことないな」とのこと。地元の人でも知らないとは意外。
 別の店では「それって紅芋(紫芋)のことじゃなくて?」と聞かれる始末。
地元民なのに、地元の野菜に疎いのはどうかと思う。君達、地元野菜にこだわりとかないの?って。
 そうこうしているうちに、昨日T嬢が注文し、一口食べさせてもらったら意外においしかった「海ぶどう丼」の「海ぶどう」(海藻)、どの店でも600円という値段で売られている。表示をよく見ると、フィリピン産・・・。「えー、沖縄の海で育ったんじゃないの〜?」と思わず漏らしたら、若い女性店員、「今、海ぶどうで国内産のものなんてほとんどないですよ」との言葉。養殖するための海面には困らない筈なのに、何で沖縄では育てないんだろう?
のんびり買い物を出来る時間がだんだん残り少なくなっていたので、腑に落ちないながらも、その店で仕方なく「フィリピン産」海ぶどう購入。なんか、沖縄の人って、自分で食糧を生産する意欲やこだわりといったものが非常に弱い気がする。
 あと、着替えが欲しいので、Tシャツを買うことにする。雑然と品物を並べている店に500円のTシャツがあったので、サイズを確かめた上で購入。

 その他、こまごました食品等を買って、宿に戻ったら7時。T嬢待ち合わせに確信犯的に遅れた。T嬢は既に空港に向かいつつ、食堂で夕飯を食べているとのこと。俺は、宿のシャワーを使わせてもらい、着替えた後、モノレールの駅前の百貨店の地下食品売り場に行って、沖縄オリジナル惣菜を買い込む。
「田芋田楽」「田芋&紫芋ミックス田楽」それに「月桃餅」(月桃という植物の葉で包んだ、柏餅のようなもの)等である。「田芋」は里芋の一種なのだが、生産量が少ないためか、やたらと高価。そういえば、八百屋でも一袋700円という値段で売られていたのを思い出した。(ふつうの里芋だったら200円くらいで買える程度の量)

 帰りの飛行機に乗ってから、これら惣菜を食べ始めた。月桃餅は美味しい。コストパフォーマンスも良い感じ。「田芋田楽」は、蒸かした「田芋」に砂糖を加え、裏ごししたような食べ物。「ねっとりと甘いペースト」といった感じ。こんなにねっとりと特徴的な味なら、今度機会があったら買ってみようかなと思った。


2004年05月22日(土) 突然の旅行(2)

 頭が痛い。昨夜、寝る前は以外に元気だったのに、起きてみたら二日酔いに近い。俺の場合、同じ量のアルコールを摂取しても、醸造酒系に比べて、蒸留酒系は残るんだった。「焼酎や泡盛は翌日に残らない」と言ってる奴は誰だ?個人の体質差って奴で、俺はその、「蒸留酒系は翌日に残らない」という通説は当てはまらないことが体験できた。
 朝飯を食べに市場に行く。いろいろ呼び込みがあって、ついつい勧誘の声に負けて、足を止めてしまう。チョーカーとかネックレスとかいった、アクセサリー系が安い。T嬢は慣れているのか、それとも単に興味がないだけなのか、全く引っかからない。(多分後者だろう。奴がアクセサリーを身につけているのを今まで見たためしはない。)
 市場では、何か面白いものを食べようかと思ったが、手始めにということで、「烏賊墨汁」を食べた。後でT嬢に聞かされて知ったのだが、この市場は日曜は定休日とのことだった。それなら一度食べてみたかった「山羊汁」を食べたのに、惜しいことをした。
 その後も市場内で、先を急ごうとするT嬢を、やきもきさせながら、売り子の甘い声に引っかかって立ち話の連続。後ろ髪を引かれつつも、大通りに出る。大通りで郊外行きのバスを待っている間、停留所の前の薬局では、泥のような色をし、ドロッとしたゲル状の液体が瓶に入って売られていた。「健康飲料:玄米ドリンク」とかいう名前だったかな?とにかく、玄米を主原料にした発酵飲料だった。即買い。食欲がわかず忙しい朝にもってこいかもしれない。でも、瓶入りだと持ち帰るのに辛いかもと思い、結局まとめ買いはしなかった。

 郊外行きのバスに乗り込み、まず向かったのは、30キロ程北に離れた場所に位置する城跡。(写真参照)座喜味城。墓地を抜けたところの小高い丘の上に石垣が。いわゆるドル箱的観光名所ではないらしく、土産物屋などは見当たらない。駐車場も10台か20台分くらい。大陸の城のように、アーチを描いた城門。観光客はといえば、2、3のカップルがいるくらい。小高い丘の上にあるせいで、下界の様子がよく見渡せる。南側は那覇から連なる都市圏の郊外。北側は山とジャングル。東側には米軍通信施設・・・通称「象の檻」と呼ばれるやつが見える。
 とそこに、一人のガイドに率いられた、十数人の観光客の一団が現れた。
見晴らしの良い石垣の上に立つや否や、そのガイドは、「あそこに見えるのは『象の檻』です。」(写真参照)と説明を始めた。あれ、城の説明は???よっぽどこのガイド、米軍基地に恨みでも持っているのだろうか、と思う。

 城を後にし、駐車場近くに一軒だけある、営業しているんだかしていないんだか分からないアイスクリーム屋に立ち寄る。奴が頼んだのは「ぜんざい」、俺が頼んだのはピンク色をした「ウベアイス」。何も、半袖短パンの気候で「ぜんざい」なんて、と思ったが、そこは何度も沖縄に来ているT嬢、一枚上手。出てきた「ぜんざい」はいわゆる「氷あずき」に近いものであった。俺の食べた「ウベアイス」、「ウベ」とは何?とおばさんに聞いてみたところ、「大和芋に近い仲間の芋」とのこと。大和芋と同様にすりおろしたらピンク色のおとろ(とろろ)が出来るのだろうか?よし、帰る前に八百屋で、生の「ウベ」を見つけて買うぞ、と決意したのであった。
 その後、バスのある国道まで、歩く途中の道端の路上で「てんぷら」が売られていた。「油モノは太るからいいや」と敬遠する俺と、「沖縄のてんぷらって、本土のものとは違うんだよ。買ってみよう」と興味を示すT嬢。ちょっと分けてもらったら、確かに違う。さつま揚げのような衣。
 次の目的地は「熱帯雨林クルーズごっこ」が楽しめるダム湖。「アンタが市場でモタモタしてたから、随分遅い時間になっちゃったじゃない」と、悪態をつくT嬢。しかし、幸運なことに、国道の手前で、休んでいるタクシーを発見。時間短縮。
 20分程かかって、家一軒もない林の中に、忽然と現れるリゾート施設、それが「ジャングルクルーズ」の出来る施設だった。沖縄の高温多湿の気候を生かして、いろいろな蘭の栽培をしており、広い園内にはそこかしこにいろいろな種類の蘭の花が咲いていた。
 で、メインのジャングルクルーズ(ごっこ)、趣きはディズニーランドのそれに近い。船頭役の若い衆が、人々を笑わせるアナウンスをするところも同じ。「さて、この植物はなんでしょう?」と聞いて、俺が手を挙げたら、その船頭、「はい、そこのお父さん」と言ってきた。これにはT嬢、大受け。俺は、「まあね、黒髪だからしょうがないよ」と諦めモード。
 
(書く時間があったら、「つづく」かも・・・)

 那覇に帰り、観光客向けの飲み屋で飲む。俺は3日酔いをしたくなかったのと、昨日の俺の飲みっぷりにT嬢が愚痴を言ってきたため、ビールを最初の一杯飲んだのと、T嬢が頼んだ泡盛を薄く割ったものを一口飲んだだけでセーブ。最後の頃、T嬢は管を巻いていた。それでも、俺の仕草がオヤジ臭いだの下品だの言っていたから、本人は上品に飲んでいるつもりだったのだろう。
 2軒目の店では酒を頼まずに食事だけして3軒目に行く予定だったのが、結局3軒目には行かずに宿に帰ることになった。T嬢曰く、「沖縄の人は『飲めない』と言っても泡盛最低3合はついで来るから、アンタが言ったら確実に悪酔いして醜態をさらすことになるから帰ろう」と言っていたけど、言ってるT嬢の方が目つきが変に「座っていた」。


 宿に帰った後、奴は即効爆睡(写真参照)。俺は近くの深夜スーパーに行って「ウベ」探し。しかし見つからず、「へちま」と「赤瓜」を買った。調理法は帰宅後ネットか何かで調べようと思う。
 


2004年05月21日(金) 突然の週末旅行(1)

 茶髪禁止令を初めとして、いろいろとストレスを感じているせいで、なんかとことん癒されたいと思っていたところに、ちょうどT嬢が「沖縄に行く」とホームページに書いていたことを思い出し、電話をしたのが3日前。航空券をネット上の金券ショップで注文したのが2日前、そして、今日の昼休み、金券ショップの店舗に直に行って、現金で航空券を確保。「お誕生日」割引や「特割」にはかなわないが、正規価格よりは5000円以上割安な価格でなんとか手に入れることが出来た。
 午後6時に仕事を上がり、そのままの格好で羽田に直行。10時過ぎに那覇着。T嬢は終便の為、空港にて1時間、家から持ってきた古新聞を読みつつ待って過ごす。
 1時間後、奴が出てきたので大声を出して呼ぶと、知らん振り。どうも奴は、世間体を気にするあまり、公共の場で大声を出す輩に対しては知らん振りを決め込むらしい。ここらへんが彼の育ちの良さというものなのだろうか?ちょっと気にし過ぎな気がするが・・・。
 モノレールの終電で宿近くの駅に移動。宿に荷物を置いて、二人で夜の街へ。
 ちなみにT嬢は昨年辺りから熱狂的な沖縄びいきになり、既に何度か独り旅をしている。
「沖縄の人は宵っ張りだからこの時間でも店開いているんだよ」
と彼が言う通り、夜中の12時を回っているのにもかかわらず、飲み屋ではない、普通の個人経営の食堂が開いている。
 裏通りの裏寂れた怪しげなスナックの前には、小さい椅子を出して夕涼み(宵涼み?)しながらおしゃべりをしている、化粧の濃いおばさん連中がいる。
 しかし、店を選びあぐねているうちに、さすがにどの店も店じまいを始め、30分以上歩き回って、とある小さな食堂に決めた。
 カウンター席が3つか4つ、座敷席が4人分という、10人も入れないような小さな店。沖縄そばを頼む。客は俺達二人の他、常連客と思われる中年〜熟年男性一人。
 T嬢が以前言ってた通り、遠来の客に対して、この店のおじさんと常連客は、俺達がすっかり出来上がってしまうまで、泡盛でもてなしてくれた。去り際にお代を払おうとしたら、「そば」を食べた分の400円しかもらおうとはしなかった。
 


2004年05月17日(月) 茶髪禁止令2

 今日出勤したら、「まだ茶色い」と言われ、再度注意された。おいおい、ちょっと茶色いだけじゃないか、この程度なら別に殆どフツウじゃないか、と反発したいが、係長には、「課長補佐から、『あいつのあの髪だとまだ外に出せないな、明日の出張はあいつには行かせられない』と言われた」そうである。ヤバイ、仕事に支障出まくり・・・。
 まあ、2、3日したらもう一度白髪染め使うしかないか・・・。
 それにしてもウチの課長補佐(年齢40前後・勿論髪色はエクストラダークブラック・七三分け<もっとエライ人の前に出る時は、100円ショップで買ってきたと思われる、くしでとかす。>)、石頭にも程がある・・・。


2004年05月16日(日) 茶髪禁止令1

 週末、係長に茶髪を注意された。すごく不本意。しかし、その髪のままでは出張に行かせられないと言われ、泣く泣く黒髪に・・・。
 実は、さらに上の上司から、係長に圧力がかかっているらしい。直接言わずに係長を通してじわじわと締め付けるそのやり口は、ある意味卑怯な気がする。
 こんな、古い頭のエライ方々が多いから、正社員にならずにフリーターのままでいる人がたくさん出てくる世の中になるんじゃないか?と思った。
 問題の茶髪↓


2004年05月13日(木) 半年ぶりの銭湯

今日も湿度100%の趣き。(冷房なし)
じっとしていても汗がベタベタ、不快な一日。
帰宅途中に半年ぶりに銭湯に寄った。
帰宅後は窓全開・全裸でちょうどよい感じだった。


2004年05月11日(火) 待望の冷房

 今日も暑い。昨日と違って湿度のせいで暑いというより、純粋に気温が上がった為らしい。
 朝出勤していつものように、満員電車(まだ冷房は効いていない)に乗っている間にじっとりと湿ったシャツを着替えたのに、昼間にはもう背中がベトベトになっていたが、昼休みから一変。待望の冷房が。
 昼休みに人目をはばかりつつ、噴出し口にシャツの裾を向けて全開。ひんやりとした空気を肌とシャツの間に取り込んだおかげでじっとり汗をかいていた背中がサラサラになってスッキリした。


2004年05月10日(月) 体感湿度100%

雨。体感湿度100%。職場の気温自体は25度程度なんだろうが、じっとしてても汗が出てくる感じ。
本来、スポクラで使うために職場に持ってきていたタオルは汗拭き用として大活躍。

スポクラに行ったがこちらも蒸していた。汗びっしょり。風呂場では、湯船に浸かっている時間より、水風呂に浸かっている時間の方が長かった。外に出たらそれなりに気温が下がってきていて嬉しかった。

帰宅して、窓を全開にしていたら蚊が何匹か入ってきてしまった。
こんな亜熱帯の気候だと、何かちょっとしたきっかけ(船の積荷に紛れて横浜港に運ばれてきた、本家熱帯の蚊にとっては実に快適な気候だろう。)があれば、マラリアに感染しても不思議じゃなさそう。(マラリアを媒介する「熱帯縞蚊」は、イタリア南部とか中国の江南地方程度の気候で十分生きていけるらしい。)


2004年05月08日(土) 新聞勧誘員

「読売新聞ですが」
集金かと思って財布を手に玄関へ。
「今日は集金じゃなくてお願いなんです」
イケメンというほどではないが、ちょっと茶髪、20代後半位の好感の持てる青年である。
ビール券と洗剤という、契約拡大必携アイテムを両手に、
「6ヶ月お願いしますう・・・」
そう、契約更新のお願い。
毎度のことなので洗剤は実家にプレゼントするくらい余っているし、ビール券はスーパーで使えるので有難いが、どうしても欲しいほどのものでもない。なので、
「忙しいときとか読めないままの新聞がたまってしまって、無駄なんで、契約更新しないつもりなんですよ」
と言って断りつつ、そういえば、映画のチケットとか以前くれたんだよなと思い出し、
「今やってる『キャシャーン』って映画のチケットありません?平日限定とかじゃなくて、ちゃんと休日に観れるやつ。営業所に戻ってみて、もしあるようだったら折り返し電話ください。そしたら契約更新してもいいですよ。」
と切り出した。
 青年勧誘員は、分かりましたと言って立ち去っていったが、5分としないうちに電話がかかってきた。
「映画の券確保しましたので、そちらに伺わせていただきます」
戻ってきた青年、差し出したチケットの包み紙には、「ファミリーマート」のロゴが・・・。
「まさか自腹でコンビニで買ってきたのか・・・?」
「はい。店に確認したら『ない』ということだったんで、買ってきちゃいました。」
「マジかよ・・・。そこまでしてくれなくてもいいのに・・・。」
「でも、絶対契約減らしたくないんで。」

 きっと販促ノルマがあって、達成出来ないと首切られたりするのだろう。だから、自腹を切ってでも契約を取れれば彼にとっては嬉しいのだろう。しかし、青年には申し訳ないことをしたと思う。
 この勧誘の実態を、読売新聞のオーナーのナベツネに見せつけてやりたい。
アンタが誇っている「読売新聞購読者シェア」は、こうした犠牲の上に成り立っているのだと。 




2004年05月06日(木) 「私はティッシュ」

 昨日の話。
 小学生の頃からのお気に入りテレビ番組「欽ちゃんと慎吾の仮装大賞」、帰宅が番組開始に間に合わなかったため、全40弱のグループのうち、事実上後ろの方の半分強しか観れていなかったのだが、最後から2番目の、作品名「私はティッシュ」が一番笑えた。若いイケメンがボックスタイプの「ティッシュ」に扮して、やらしい腰使いで下着を一枚一枚脱ぎつつ、「あなた泣いているのね、私を使ってちょうだい(ハート)」とか、色っぽい女性っぽい言葉で語りかけてくる・・・というものだった。惚れてしまいそう・・・。テレビの中の観衆にも受けていたようで、「これは入賞するだろう」と思っていたが、残念ながらどの賞にも選ばれず、残念であった。


2004年05月05日(水) ブレーカー

 連休中、5日間不在にしていたため、冷蔵庫がつないであるコンセントを制御するブレーカー以外の全てのブレーカーを落としていたのだが、帰宅して冷蔵庫を開けると、冷えていない・・・しかも腐敗臭が・・・。何故か分からないが冷蔵庫のコンセントにつながるブレーカーまで落としてしまったらしい。不覚・・・。
 悔しかったので、かなりきつく臭うひき肉の、色の変わっていない部分を掬って、フライパンで炒めた。やはり少々臭うので、植木鉢で栽培している薬草(ういきょう)を加え、更に生にんにくを刻んで加え、アルコール度数が日本酒並にある本味醂を加えた。
 食べてみたら、薬草・にんにく・味醂の三点セットのおかげでうまい具合に腐敗臭がごまかされ、それなりになんとか不味くない程度のものが出来上がった。
 それと、冷凍保存していた既製品のシウマイ、これも多少臭ったので、流水でよく洗って、怪しい部分はこすり落として、電子レンジで長めの時間、加熱した上で食べた。

 その後腹痛などは一切起こさなかったので大丈夫だった。


2004年05月01日(土) 上野公園

上野公園に立ち寄った。


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