月のシズク
mamico



 余韻、のこり香、遺物

GWの谷間になった月曜日。
床の上に畳まれたままの客用の布団をベランダに干し、彼女が「紛失」したという
赤いキャミソールを もいっぺん探してみる。布団カバーのチャックを開けたり、
ベットの下の収納をのぞいたり、念のため、冷蔵庫 とか 電子レンジの中とかも。

週末、金曜の夜から日曜まで親友がうちに来ていた。
彼女はお医者さまで、埼玉で行われた学会を口実に(いえ、本業ですものね)
久しぶりに東京へ遊びにきた。知り合って12年、干支がぐるりと一周経過よ。

「残してきた患者さんに 後ろ髪を引かれる」と言いつつも、日々の激務労働から
離れ、しばしの休息。いつもは夜中でもファーストコールで呼び起こされ、病院
へ駆けつける、勤勉で行動派の女医さんなのです。とにかく久方ぶりの再会。
夕方の5時から地下の酒蔵にもぐりこみ(関係者各位、電波が通じなくてゴメンよ)
積み重なったハナシを肴に、延々と6時間近く飲み続ける。

私が彼女を好きな理由。
もうそれは語りきれないほどあるけれど、ひとつ挙げるなら、その人間ぽさ かも
しれない。即ち、ひとの生と死に立ち会いながらも、ひと ひとりぶんの重みを、
最初から最後まで諦めず、受け止めようとすること。そのためなら、ジブンを
いくらでも差し出せること。その労力を厭わないこと。

布団を干し、ぱんぱんと叩くと、彼女の香水の匂いが ふわっと風に舞う。
私はわさわさとそこに顔を突っ込み、彼女が語っていった言葉を反芻する。
いつも、こうだ。彼女が帰ってゆくと、彼女のコトバばかりが私に留まる。

・・・それにしても、赤いキャミソール。
酔っぱらったまま風呂をすすめたアタシも悪かったが、まさかそんな習癖があると
思わないじゃないすか。身につけて寝たはずが、朝になって着ておらず(しかし、
パジャマはちゃんと上までボタンがはめられていた)全くの行方知らず。

ふたりして、可能性のあるトコないトコ、すべてひっくり返して探したんだけど、
忽然と消滅した。モチロン彼女の鞄にも入ってない(私たちは、買ったばかり
の靴が入っていた箱の中まで調べた)。きっとアタシが寝てる間に、彼女は
もぞもぞと起き出して、ベランダから脱ぎ捨てたんだ。そうに違いあるまい。

時に記憶もモノも紛失する彼女ですが、私にとっては自慢のお医者さまです。
しかし、患者さんに流行された風邪、彼女からアタシに伝染したみたいなのですが。

オーマイガッ!黄金週間、毎年恒例、今年も発熱かっ(泪)

2003年04月28日(月)



 ジンジャーエールをにぎりしめ

夜、研究室の屋上へ出ると、夏の夕方のような匂いがした。
さっき自販機の前で、少し迷った後、緑の缶のジンジャーエールを買った。

「夏が始まった」と感知したとき、私はきまってジンジャーエールをのむ。
いや、ジンジャーエールを飲みたくなったから、夏が始まったのを知るのかも
しれない。いずれにせよ、私は緑の缶に入ったそれを ちびりちびりとのむ。

小夜さんと吉祥寺でお昼ごはんを食べた。
彼女はその昔、私がネットでナンパした女の子だ。カッフェ・パッサテンポ。
イタリア語で「暇つぶし」という名のその店は、ここ最近、足繁く通っている。
風通しのよい店内には、『シャイン』のサントラが流れていた。

小夜ちゃんは、よくわらった。
彼女がわらうと、私も嬉しくなり、いいぞ いいぞ、と思う。
ふたりで女子高生のように、わらってばかりいた。
私たちもジョシコーセイだった頃があるんだから、驚き。

その後、吉祥寺のとある穴蔵で フードの撮影。
ひとつき前、夜にここでシェーカーを振ろうとしていたのだが、オーナーさんに
「店長をやってみないか」と誘われ、でも昼間のシゴトがあるので 泪をのんで
お断りした。すると、数週間前、今度は違う職種での依頼があった。
広報宣伝物作成係。つまり、まぁ、そういうことである。

本場、イタリアで修行を積んだというシェフが、狭いキッチンで ぱぱぱっ
と作った料理を四品目 撮影した。前菜、パスタ、ピッツァ、ドルチェ。
料理が熱いうちに、あるいは、溶け出さないうちにバシャバシャと
シャッターを切る。そして、撮影後は端からそれを いただいた。

夜、仕事場にこもって画像の編集をしていた。
そしたら、ジンジャーエールがのみたくなったのだ。
今年の夏のはじまりがどんな日だったのか、ここにこうして記録しておくね。

2003年04月24日(木)



 妻を持つということは

私は女なので、妻を持つということはできないけれど、
きっと妻のいる生活というのは、こういうものなのだろう。

マンションの階段をのぼりきる前に、夜の冷気にゆうげの匂いが混ざっていた。
私の部屋のドアに近づくにつれ、温かく美味しい匂いが濃くなってゆく。
鍵を使ってドアを開くと、灯りのついた部屋から香ばしい空気があふれ出た。

「おかえりーっ」
エプロンもしないで台所に立つ妹ちゃんが、嬉しそうにふりかえる。
テーブルの上には、パセリが束のまま花瓶に活けられ(菜の花も一輪混じっていた)
色とりどりの春野菜を使った料理が並ぶ。何ともにぎやかな食卓だ。

「今、パスタを茹でてるから、もうちょっと待ってね」
私は新妻の待つ新居に帰ってきた、幸福な夫のような気分を味わう。
仕事の続きをしようと、マシンを立ち上げたときに、「おまちどうさまっ」
と、整えられた食卓に呼ばれた。まったくこれでは、ダンナさんだな、と思う。

数時間前、とっくに帰宅したはずの妹ちゃんからメイルが入った。
【諸事情により・・・今晩泊まりにいったら都合悪い?春野菜したい】
彼女の諸事情はともかく、春野菜は私も大歓迎、ということで【買い出しと支度を
一任する】、という条件のもと、彼女に合鍵を渡してマンションに帰らせた。
ともかく、ふたり分とは思えないほどの、盛大な春野菜が並ぶ。

パプリカ、ブロッコリー、アスパラを茹でたサラダ、
菜の花とベーコンの和え物、ディップが数種類、
キャベツとベーコンのコンソメスープ、
アンチョビとキャベツのパスタ、それにギンギンに冷えた白ワイン

花瓶に活けられたパセリをちぎりながら、料理といっしょにむしゃむしゃ食べる。
「これじゃぁ世のオトコどもが、アタシに激しく嫉妬するだろうね」
と、本気ともつかない冗談を言ってみる。「いい奥さんになるよ」というベタな
褒めコトバは、こういう場合、無益なことも私たちはよく知っている。

翌朝、私は夫ぶってシゴトにゆく。
外に出てふりかえると、妹ちゃんは、ベランダからひらひら手を振っていた。
夜、帰宅すると、彼女は既にどこかへ帰ってしまった後だった。
冷蔵庫やら洗濯機やらシンクやらが、ぴかぴかに磨きあげられている。
まったく、これでは不意に消えた妻のようではないか。

私は女なので、妻を持つということはできないけれど、
きっと妻のいる生活というのは、こういうものなのだろう。


2003年04月23日(水)



 記念パーティ(×2+α)

朝っぱらから、市議会選挙の候補者騒音合戦にムリヤリ起こされる。
近くの道路を交差する選挙カー同志の、応援合戦にこらえきれず、
ベランダの窓を開けて「やっかましーい!」と怒鳴ったオンナは私です。
眼下には41名の顔付き候補者ポスターが並ぶ。お静かに願います、と小声で呟く。

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■金曜の昼間「初校の見本が予定より早くあがってきたの」という教授の電話。
 おお、それはメデタイ。お祝いしなきゃ、ということで、もひとりの助手さん
 を呼び出して、夕方に小さなパーティを催す。ラウンドの苺ショートケーキに、
 「出版おめでとうございます」の文字をチョコレートで書いてもらう。

 真新しい(当然か)本の扉口に、サイン第一号をしてもらう。
 本名ではナイので、ちょっとぎこちないサイン本のできあがり。
 発売は明日21日。詳細はサイトのトップページ左上の緑のボックスから(営業)

■小さな宴の後、妹ちゃんから「姉さま」と題されたメイル。
 「キチにあるお気に入りのバーにいます。たまにはご馳走させて」
 公園口にあるメニューのないバーに入ると、カウンターに妹ちゃんの後ろ姿。
 年代物のアイリッシュウイスキーをすすりながら、オトコとオンナのソレに
 ついて語り合う。とろしとした琥珀色の液体は、私たちの血液によく馴染む。

 ・・・しかし、オンナだけで呑んでいると、必ず声をかけてくるオヤジども。
 しかもカタコトの英語で。"Do not interrupt our talk"と冷たく無視。
 ひとりで酒をたしなむオンナは、誰も彼もが淋しい女と思うなかれ。

■土曜の夕方に、natural circleの開催記念パーティへ。
 光たがくさん入る白い壁には、写真家の稲葉氏が撮った自然のパネルが
 体系的に飾られ、会場のあちこちに設置された白いスピーカーから音楽が
 小さな音量で流れている。

 [IRIE PROJECT]と題された今回の展示会のテーマは、"sound"。
 英語の"sound"には「音」という意味のほかに、「入り江」の意もある。
 作曲家の坂巻氏が手掛けた、虫の声やせせらぎの音を織り込んだ環境音楽を
 聴いていると、忘れていた何かを、ふと、思い出せるような気がした。
 

2003年04月20日(日)



 タダでは転ばぬ女

昨夜、新宿で前会社の同期会の帰りのハナシ
小雨の中、急ぎ足で駅に着き、皆と笑顔でバイバイと手を振り合い、
中央線の階段を駆けあがった、その直後。突然ソレがアタシを襲った。

どきどきどきどき、と、動悸が爆走し出し、耳の奥で反響した。
マズイ、と思ったときには、次から次ぎへとドアに乗客が駆け込んでくる。
鼓膜にぼんやりと白い膜がかかり、ほとんど聴覚が機能しなくなってきた。

「ゆーちゃん、ダメだ。次の駅で降りる・・・」
同じ電車に乗った、ゆーちゃんにそう呟いた(つもり)だった。
電車が動き出した直後、今度は視覚が狂ってきた。

カラーだった風景が、白黒の画面になり、そのうち、つぶつぶが確認できるほどの
ドットとなって現れた。視覚が狭くなり、吊革につかまっていた左手の力がヌけた。
そして、アタシの機能不全な身体は、そのまま、すとん、と落下した。

背後にいた外国人の女性ふたりが、わたしを抱きかかえてくれた(ようだった)。
「こーいうときに、オトコのひと、ぜんぜん助けてくれないのねっ!(訳)」
などと、周囲に軽く非難を飛ばす彼女たちの声が聞こえた(ような気がした)。
「てっ、てんきゅっ・・・」
肩をすぼめ、朦朧とした意識の中で、いちお礼を言ってみる。

中野駅のホームで、ゆーちゃんにのしかかったまま下車。
ベンチに腰掛け、しばらくすると、視覚(色つき)→聴覚(白い膜がとれた)の順
で感覚が戻ってきた。うわっちゃ、これっていわゆる貧血だよな、と冷や汗を拭き
ながら(嫌なかんじの汗だった)じょじょに立ち直る。指先がわずかに痺れていた。

そのふるえる指先に握られていたもの。
黄色いステッカー。美しいオトコたちが五人。あっ・・・・、ANA?

近づく足音に我に返り、水を買ってきてくれたゆーちゃんをみあげる。
「マミゴンて、タダでは転ばぬ女だよね」
・・・月一の「オンナの日」には、血は不足するのに、血迷った行動しちゃうのね。

2003年04月16日(水)



 週末紀行

突然、東京の街に気まぐれな夏が舞い降りて、慌ててサンダルを出した週末。
久しぶりに、週末レポを。長いので気合い入れて(いえダツリョクで)、どぞ。

■髪を切った。10センチほど、ばっさりと。
 4ヶ月ぶりにアサコさんの店へ行った。手みやげの柏餅を渡すと
 「そっかー。子どもの日も、もうすぐなんだねー」と、いつもの笑顔。
 毛量を1/3くらいに調整し、細かいハイライトをたくさん入れてもらった。
 アタマを振ると、カラカラと乾いた音がした。

■その足で代官山の駅の反対側、ヒルサイドテラスで開催されている陶芸の
 展覧会に行って来た。友人の母上が出展なさっていたのだ。
 美しくカットされた平面を組みあわせた深鉢。素朴で荒々しい力強さが
 みなぎった平皿や小皿。手に取ると、しっくりと馴染む青白磁の鉢。
 ひとの手で丁寧に作られた作品たちには、言葉以上の親密さがある。

■隣のカフェレストランで遅めのランチをいただいていたら、友人夫妻と
 そのご家族がご登場。学生時代に何度も遊びに行かせてもらった 世田谷の
 ご自宅から千葉に嫁いだ友人は、いつ合っても時間の隔たりを消してくれる。
 立派な陶芸家になられた母上と、手を取り合ってしばし再会の喜びを確認。
 
 優しい父上、更に美しく磨きがかかった妹さん、気品あふれる友の玲子嬢。
 そして、いいあんばいに馴染みきったダンナさま。カフェ・ミケランジェロで
 お茶に誘われ、小躍り。すごく すごく素敵なファミリーは、いつまでたっても
 永遠のあこがれ。ありがとね。

■で、余談なのですが、竹中直人さんに遭遇。
 やんちゃ盛りのご子息を連れて、休日を愉しんでいらっしゃるご様子。
 第一印象は、「思ったより黒くないのね」。ドラマでの異様なまでの黒光り具合
 は、化粧のせいだったのか。。。代官山って、やはり芸能人が多いのね。

■夜はサントリーホールで、ハンナ・チャンのチェロ・リサイタル。
 音楽ギョーカイに勤務するアタシの最愛の(笑)男ともだち、アサヲカに感謝。

 デュ・プレ再来と持てはやされる彼女だが、私の耳には、デュ・プレと違った
 響きが届いた。デビューから10年後、多発性硬化症のため二十代半ばで音楽界
 から退き、42歳の若さでこの世を去ったデュ・プレ。彼女の録音音源からは、
 情熱と奔放、そして隠しきれない諦念がただよう。しかし、齢ハタチのハンナ
 の音には、若さと奔放さの裏側に、自信と安定を感じる。

 素晴らしい演奏に代わりはないが、今後ずんずん変化を遂げる演奏家だと思う。
 ・・・しかし、若さ故か、アンコールを三度も披露してくれた。アサヲカによる
 舞台裏ハナシ、紹介したいんですけど、事情により 割愛。

■夏日のような日曜。
 ワガ街吉祥寺は、とても「チキジョウジらしい」休日の風景でした。
 肌を露わにした女性たちにドキドキ(なんでやねん)。ウィンドウに飾られた
 型抜きのミュールに一目惚れ。初夏の陽気に惑わされ、思わず購入。
 女主人と話し込んでいたら、揃いのオレンジ色のジャンパーを着込んだ
 「選挙お知らせ隊」がドンチャカ通過していった。「あ、選挙いってきます」
 と言ったら、女主人がたいそう可笑しげにわらっておられた。

■そして、東京都知事選挙。
 実はうちのベランダから見下ろすと、真正面に掲示板があり、毎日候補者を
 拝見しておりました。もうすでにずっと昔からの顔なじみ、なんてね。
 そういえば、子どもの頃、選挙の朝は両親に付いてよく会場まで散歩にいった。
 帰り道「どのひとに入れたの?」と訊いても、「それは言っちゃいけないこと」
 と、ただの一度も教えてくれなかったっけ。子ども心に、選挙は秘密をひとつ
 作ることだ、と思っていました。

2003年04月13日(日)



 姉癖妹癖

先週のハナシ

「雨の日と晴れの日が交互にやってくるので、桜が心配になる」
という妹ちゃんが、ひょっこりうちにやって来た。
というのも、うちの近所にちょっとした桜の名所があるので
「春になったらお花見しましょ」と、ずっと前から私が誘っていたのだ。

キリリと冷えた白ワインを空けて、苺を一パック食べ尽くした後に、
ふたりで外へ出た。妹ちゃんは、私の薄い中綿入りのハーフコートと
ナイキのスニーカーを履いていた(散歩にヒールはそぐわないでしょ)。

ガードレールに並んで腰掛け、煙草をすいながら葉桜になりかけの桜をみる。
ふんわりした容姿に似合わず酒に強く、あぶなっかしげで、オトコに甘い。
若かりし頃のアタシを思い出させる。今でも若いつもりだけど、今のアタシ
には、彼女のような健気さは もはやない。まるで本当の妹のようだ、と思う。

翌朝

早くに出勤する私の物音に気づき、「おはよう」と起き出す。
カーテンを開き、ベランダに出て「ああっ」と頓狂な声を出す。
ドシタの?

「雨はふってないけれど、桜が降ってるっ」
見ると、お向かいの背高のっぽの桜が、バラバラと豪快に花びらを降らせている。
急いで淹れてくれたコーヒーをふたくち みくち飲んで、靴を履く。
外に出ると頭上から 花びらといっしょに、「いってらっしゃい」の声が降る。

コーヒーカップを持ったまま、妹ちゃんがベランダから手をふる。
なんだか若い夫になったようで、こそばゆい気持ちになった。

夕方

帰宅すると、テーブルの上にふたつのメモ書きと、顔付けされた果物。
いよかんに「ニャーゴ」と かわいくない猫さんの顔。
ふふふ、ぶっさいくな猫だなぁ。

・・・あ、今日は姉癖と妹癖を話そうと思ったんだっけ。
せっかくなので、ひとつづつ ご披露。
妹の癖は、姉に何でも報告すること。
姉の癖は、そんな妹をとことん甘やかすこと。


2003年04月11日(金)



 男のにほひ、女のにほひ

更新が滞っていた理由(言い訳)。
今月になってから今日まで、新学期に付随するあれこれなおシゴトに
朝から晩までいそしんでおりました(「いそしむ」=「勤しむ」ね)。

その中でも、こりゃマイッタ、と音を上げそうになったコト。
集団オトコ臭 および 集団オンナ声

いちにち2000人近くの学生さんをサバく健康診断のスタッフをした。
私の担当は、健康相談所の学生指導/誘導、端末のヘルプなどなど。
保健婦さんが10名ほど待機された部屋には、一度に学生が40〜50人収容される。

オオっ、若者のにほひ。
でもね、でもねっ、ひといちばい臭覚に敏感(だと錯覚してる)アタクシには、
あの密閉容器内の如き空間でのヒト臭は、ひどくツライもんがありました。
だってね、スポーツ後でも、夏の暑い盛りでもないのに、オトコのコって、
本当に土臭く汗くさいのですよ。むわぁっ〜、と。ほへ〜っ、と。

そんでもって、オンナのコの番になると、これまた不思議なコトに、
すんごくいい匂いがするのです。あまったるい、ほわーんとした にほひ。
その代わり、口をつぐむことの知らぬ乙女らは、甲高い声で喋る、喋る。
その声が幾重にも共鳴して、ひとつでまるごと「騒音」みたいなカンジ。

耳も鼻も閉じたかったです。はい。
でもね、キャッキャと騒ぎながら順番待ちをしてる乙女らを見ていると、
ほんの ほんのちょびっとだけ、彼女たちの未来に嫉妬しちゃうんだな。

2003年04月08日(火)



 不法侵入者たち〜4月バカの日

うちの近所には、いくつか隠れた桜の名所がある。
そのひとつ。陸上競技場の土手べりに植えられた古い桜並木。

夜、守衛も警備員も帰った後に、競技場の柵を乗り越えて来てしまった。
これまた「立ち入り禁止」と書かれた芝の土手をのぼって、桜の木の下に
ぺたんと座り込む。背後から道路脇の街灯が、桜と芝をまぁるく照らす。
持参した酒とツマミを袋から取り出し、ひっそりと宴を開始する。

さきいかを噛みしだき、冷えた酒をすいすいやっていると、時折ゆるい風が吹き、
桜の枝をさわさわと揺らす。ひとの声からも、街の喧噪からも遠く離れた場所。

---

と、そのとき、グラウンドの照明がぱっとつき、競技場を取り囲むように植わった
桜が、白くその輪郭を露わにする。やばい、見つかった!と鼓動が高鳴る。
向こう側の柵が開き、警備員や守衛が制服のまま、どやどや入ってきた。
見ると、手に手に何か持っている。

彼らは、ちょうど対岸にあたる芝の上に敷物をしき、よっこらしょという風情で
腰を下ろす。袋の中から酒を出し、焼き鳥を出し、「じゃぁ、始めっか」と
宴が始まった。立入禁止の芝の上で、こんな夜中に、制服のままで。

私はあっけにとられて彼らを眺める。
ひとりのおじさんが私に気が付き、若い警備員に「お前、ちょっと注意してこい」
と怒鳴る声が聞こえる。すると、若者は「まぁ、いいじゃないっすか。同犯ですよ」
と、腰をあげる様子もない。おじさんも「そうだよなぁ」と紙パック入りの酒をのむ。

そんな状態で、しばらく互いに好き勝手に宴を続ける。
「さ、シゴトに戻るか」とおっさんが云い、みな敷物やら、ビールの缶やらを片付ける。
そして、入ってきた柵から戻ってゆく。ほどなくして、競技場の照明が消えた。

----

私はひとり、暗い芝の上に取り残され、頭上の白い桜をみつめる。
警備室には、相変わらずオレンジ色の灯りがついている。

私は、照明のない競技場の芝の上で、夜中にこっそり制服のままで花見をする
大人たちを想像する。「みんなもここで呑めばいいのに」と思いながら。
立ち上がり、ジーンズをぱんぱんとはたき、「立入禁止」と書かれた柵を
乗り越えて外へ出る。すこし奇妙な「4月バカ」の夜のお話。


2003年04月01日(火)
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