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りょうちんのひとりごと
りょうちん
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2007年10月04日(木)
Vol.704 守るものがある強さ

おはようございます。りょうちんです。

今の俺には絶対に失いたくないものがある。それがなければどんなことも怖れずにチャレンジすることができて、最強になれる。でも俺には守りたいものがあるから、そこまで強くはなれない。だから、守るものがない強さに俺は憧れる。そんなことを、昨日のひとりごとで記した。
考えてみれば、俺はいつだって強い自分でありたいと願っている。生きていく上でどんな出来事が俺に起ころうとも、それを乗り越えるだけの強いココロを持っていたい。強くなればなっただけ、つらさや苦しみを喜びや楽しみに変えていけるはずなのだ。そう信じて、俺は生きている。さらなる幸せな生き方をしていく手段として、俺はもっと強くなりたいと願うのだ。
だが、喜びや楽しみを少しでも多く手に入れるためには、必要なものがある。俺にとってそれは、家族や相方であったり仕事や趣味だったりする。家族や相方がいるからこそ喜びや楽しみがより一層深いものになるのであり、仕事や趣味を通して喜びも楽しみも味わえるのである。つまり、俺が守りたいものこそが、幸せに生きていく上で必要なものなのだ。守りたいものがなければもっともっと強くはなれるが、その強ささえも敵わない壁に万一ぶち当たった時は、支えてくれるものもフォローしてくれるものもない。強い分だけ、脆くなる。そういう意味では、守るものがない強さよりも守るものがある強さの方が、本当は無敵なのかもしれない。
そんな矛盾が、いつまでも俺の中で堂々巡りしている。守りに入らない生き方で、どんなことにもアグレッシブで積極的に取り組んでいきたいと思えば思うほど、答えがこんがらがってしまう。ただ確実に言えるのは、今の俺にはいくつもの守りたいものがあるということ。失いたくないものに囲まれて、とても恵まれているということ。だが、チャンスは待っていてくれない。決断をするタイミングは逃したくない。守るものがある強さを武器にして、決断をしなければならない時が近づいているのかもしれない。



2007年10月03日(水)
Vol.703 守るものがない強さ

おはようございます。りょうちんです。

最近、思うことがある。以前に比べると、ずいぶん守りに入った生き方をしているんじゃないかと。10代や20代の頃は思い立ったらすぐに行動に移していて、理由や理屈はあとから自分の都合の良いように勝手に付けていたと言っても過言ではなかった。タイミングに身を任せて、結果がどう転がってもそれがベストだったと信じることで解決させてきた。でも最近は、何かを決断する時に一瞬立ち止まってしまう自分がいる。
30代も半ばになれば。結婚をして子どもが生まれ、家や車を手にしてある程度の財産を築き、そこそこ出世して社会での地位を確保している人も多い。昔は一緒にバカばっかりやってた学生時代の友達も、いつのまにかそんな道を歩みつつあって、気がつけば昔みたいに無茶ができない彼らに変わっていた。でもそれは当たり前のことなのだ。時代の流れとともに守るべきものが彼らにはできた。最愛のパートナーや子どもたちも、手にした家や車やその他の財産も、社会で認められる地位も。昔みたいにバカなままじゃ、守っていくことはできないのだ。決断はちゃんと考えてから下さないと、手にした大切なものを失ってしまうリスクを背負うことになるかもしれないということを、ちゃんとわきまえるようになったのだ。
幸せなことに、今の俺にもどうしても失いたくないものがある。家族も相方も仕事も趣味も、守らなければならないものがこんなにもあるなんて、俺は本当に恵まれている。だから何か決断をしなければならない時は、真っ先にこれらを犠牲にしてまで手にすべきものなのかを考えなくてはならないと考えるようになった。このことが、昔よりも行動に移すまでのフットワークが悪くなった原因なのだ。
だが、もしも守らなければならないものが俺にひとつもなかったら。何かを犠牲にすることをまったく考えずに、どんな無茶なことでもすぐに行動に移せるはずだ。怖いものなんて何もない。無敵になれるのだ。そんな強さに、俺は憧れる。今の俺にはありえないことだけれど、守るものがない強さは最強なのかもしれない。