まろやかな日々
DiaryINDEXpastwill


2005年11月30日(水) 自信喪失

復帰して、最初の月が終わった。

初日は、残業しなかった。
翌週から、2時間くらいの残業を始めた。
次の週からは4時間。
もう、今までの状況と変わらない。
今週は、息を抜くコトもなく働いている。
食事は、ほとんど外食になっている。

私がいなかった1ヶ月の間に
シゴトに私が入り込む余地は全くなくなっていた。
一緒に組んでいた後輩の男性のやりやすいように、というよりは
後輩しか解らないような状況になっていた。
でも、復帰した私にも同じ責任が付きまとう。

今のシゴトの山は、もう少しで終わる。
それまで、後輩がシゴトを進めやすいように
それだけを考えてサポートをしている。
もしかしたら、中途半端に復帰して手や口を出して
後輩を混乱させているのかもしれない。
だって、後輩と同じように
休日返上で働き続けるコトは出来ないもの。

彼は、
「お前は病み上がりの既婚女性で、後輩は元気な独身男性なんだから
 比べるなんておかしいよ。今は元気になるのが先でしょ」
と、言う。

確かにそのとおり。
でも。
職業人としての自分の価値が
もう、ないような気がしてきた。

家でも、会社でも
十分に働けない私に
どんな存在意義があるの?

全然解らないよ。



あの頃私は。。。
2002年11月30日(土) 願い

2005年11月26日(土) 浮気疑惑

おはよう。
貴女が悲しい時に、連絡出来なくてごめん。
起きていたのに、PC宛だったから受信が解らなくて。
今、起きてメールを見てビックリしたよ。

寂しかったね。ご主人は何時に帰ってきたんだろう。
毎日毎日、子どもたちと夫を見つめている貴女だから
ご主人の細かな変化にもすぐに気が付くんだね。
えらいよ。私は気が付く自信ないもの。
それに、気が付いてもすぐに口にしないことも。
私だったら、たぶん口にして良くも悪くも動き出してる。
耐えられない。不信感があるのに普通にしているなんて。
でも、そうするためには自分の中の相手への気持ちを
見つめ直さなきゃいけないんだけれど。これからどうするか、とか。
それも辛い作業だよね。

ご主人は気が小さそうだから、離婚する気で本気でぶつかれば
分かってくれると思う。最近、本気で話してますか?
子どももいるし難しいのかな。それとも、本気で話そうとしてもはぐらかされちゃう?
結婚するまでの間に、何度もぶつかって話し合ってきた2人なんだから
きっと乗り越えられると思う。
溜め込まないで、その時々で解決しないと長い結婚生活なんて無理だよ。
上手く言えなくてごめん。でも、気分転換にはいくらでも付き合うからね。




あの頃私は。。。
2003年11月26日(水) じゃら
2005年11月13日(日) 存続危機にあるHP管理人さまへ

沢山メールが来て、混乱しているところごめんね。
初メールします。きぬぞうです。

よかった。。。
本当によかったです。
完全に出遅れたけれど、みんなの力で
思いとどまってくれたんだね。うれしいよ。

私が妊娠するまで、待っていてほしいもの。
ここで、みんなに報告したいもの。

子宮筋腫を取って、一昨日から職場復帰しました。
でも、卵管が両方通ってないかもって解って
これから詳しい検査をするけれど、体外受精になるかもしれない。

私がベビーに会えるのは、きっとずっと先だよ。
もうダメかもしれない。
ここのみんなは明るくて、こんなこと書けなかったんだ。
お祝いの気持ちも素直に書けなくなってる。
でも、貴女やみんなに待っていてほしいの。
ただの我がままだけど。
ロムばかりで私のコト忘れちゃうかもしれないけれど
いつか、赤ちゃんが来てくれた時に報告する場所がなくなったら寂しいよ。
待っていてくれると思って、頑張るから。

貴女の子供達の様子、元気にいい子で育ってくれてよかったね。
シゴトも順調で、忙しくて大変だろうに
おんぶにだっこでゴメンネ。
ずっとずっと、応援しています。

きぬぞう




あの頃私は。。。
2004年11月13日(土) 苦情
2002年11月13日(水) 名前
2005年11月11日(金) 復帰初日










あの頃私は。。。
2003年11月11日(火) ラブレター
2002年11月11日(月) 復活
2005年11月10日(木) 病休最終日









あの頃私は。。。
2004年11月10日(水) 旅行
2002年11月10日(日) 重労働
2005年11月09日(水) 本田美奈子.

11/6に、歌手・本田美奈子.が亡くなりました。
今日が告別式だそうです。
慎んで御冥福をお祈り申し上げます。

特に熱心に聴いたわけではなかったけれど
ミュージカルの頃から、いつか舞台で彼女を観るのを楽しみにしていました。

確実に、私の中でそ舞台に常にいるべき人でした。
遠くても、いることが感じられればよかった。
いつか、観れるから大丈夫って思っていたのです。

尾崎豊が亡くなった時
CDすら持っていなかったのに、涙がいっぱい出てきて
追悼番組を片っ端から観ていた。
どうしてか解らないけれど、そうしていた。
あの時と同じ、喪失感。

舞台で開花した彼女の歌の力を、生で観たかったです。
もう、叶わぬ夢。

残念です。


あの頃私は。。。
2002年11月09日(土) G会
2005年11月08日(火) 卵子提供

夜、PCのニュースを見ていたら
韓国の卵子斡旋事件の記事があった。
TVでもやっているのかな。それは見てないんだけれど。
なんか、やりきれなかった。。。

遊ぶ金ほしさに、卵子を売った韓国の女性。
買ったのは、日本の不妊女性。

そういえば、精子バンクってあったよね。
卵子の提供だって、合法的であれば問題ないんだよ。法的にはね。
今回は、金だけが目的の
身体に何の配慮もない、不法な提供ということ。
精子も卵子も
合法的な提供か、不法提供かの見極めは非常に難しく
今回の摘発が社会に与えた影響は大きい。
どちらにしても、それだけ需要が高まっているということなんだね。

でも。。。
そんなに簡単なものなのかな。
売る方も、買う方も。

売る側には、薬で無理矢理大量の卵子を採取するから
卵巣過刺激症侯群になる危険性があるのに。
実際に患っている女性もいるみたいだし
それでも、身の危険を犯してまでもお金が欲しかったの?

買う側の気持ちも解らない。
自分と愛する人の子どもだから産みたいんじゃないの?
知らない人の子どもでも、自分のお腹で育って出産を体験出来ればいいの?
確かに、自分のお腹から生まれれば
戸籍上は自分の子どもになるけれど。。。
それとも
自分の遺伝子じゃなくても、愛する人の子を残せればいいの???

自分の子じゃないのなら
リスクを犯してまで、出産などしないで
養子もらえばいいじゃないって、思ってしまう。

もしかしたら、体外受精を受けるかもしれない私。
それだって十分、自然の摂理に反しているじゃないかって言われるかもしれない。

でも、私は解っている。
私は、私と彼との子だからこそ
この手に抱きたいのだと。
愛しているから、彼と私の子が欲しいのだと。

そして、授かることは奇跡であり
奇跡だからこそ、もしかしたら
諦めなければならない場合もありうるコトも。
自分で、「おしまい」を決めなければならない時が
来るかもしれないコトを。

だから、何だか悲しかった。
裏切られた気さえした。
同士ともいえる、全ての不妊女性たちの一部が
こういう選択をしていたこと。
ココロの葛藤があっても、苦しくても
誇りを失わず、正々堂々と闘ってほしかった。

需要がなければ
供給されるはずもないんだよ。
性の売買もしかり。

私は、自分が選択したことに
誇りを持って生きていきたい。
真剣に選びたい。

これからも、ずっと。



あの頃私は。。。
2002年11月08日(金) OB会&お祝い会
2005年11月07日(月) 抜歯

予定通り、今日は親知らずを抜く日でした。

以前、親知らずを3本抜いたところでは
麻酔をかけて、痛みに応じて量を増やしながら
ペンチみたいなので強引に引っ張って抜いていました。
ミシミシッ☆って感じて嫌だったなぁ。

でも、それ以外の抜き方なんて
ないと思っていました。

無知でした。。。
でも、ロクに歯医者のお世話になったことがないし
歯を抜く以外、辛い治療を受けたコトもないので
「こういうものか。。。」で済んでいたのです。
上手下手を判断する基準も、機会も
全く持ち合わせていませんでした。

今回の抜歯は、以前のとは大違いだったのです。

まず、麻酔注射。機械です。
何ケ所か差し換えながら、2本行ないました。
そもそも、機械だったのに驚きました。
チクッてして、嫌な感じはするけれど
苦痛は持続しません。

それで、少し時間を置いている間に
抜歯後の注意点と、処方される薬についての説明を受けました。
注意点は、あまり弄らないことと
アルコール・入浴は控えること(シャワーは可)。
薬は、痛み止めと化膿止めと抗生物質。
痛み止め以外は、1日3回で飲み切るようにと言われました。

そして、麻酔の効きを確かめて
いよいよ抜歯です。
口の左側がボワ〜ンとしています。
直前に、センセイに聞いてみました。
「歯はペンチで抜くんですか?」

センセイは「そういうやり方はしませんよ」と、言いました。
周りから、植物の植え替えをする感じで抜くみたいです。


↑エンピツ投票ボタン

拍子抜けした〜。
痛みも全然ない!
こんなに簡単なものなの???

抜けた歯は、親知らずならではの大きな根っこだったけれど
少し虫歯になっていました。
「やっぱり抜いてよかったね」
と、言われました。

明日、消毒して今回の通院はおしまいです。

気が楽になりました。


あの頃私は。。。
2004年11月07日(日) Gが飛ぶ
2002年11月07日(木) PC
2005年11月06日(日) ピアノ

結婚式でピアノを弾くために
彼が習い始めて3年半になります。

今日は、発表会。
曲目はパッヘルベルの「カノン」です。

ちなみに、妹も同じセンセイに習って2年。
彼女も発表会に参加します。
彼女は、学生時代に吹奏楽をやっていて
譜面もある程度読めるし、独学で少し弾いていたので
とっくに彼を追い抜いてしまっています。
曲目は、モーツァルトの「トルコ行進曲」。

妹に追い抜かれても
彼は彼のペースで練習を続けてきました。
私は、そんな彼を見るのが好きでした。
いつも、「見ないで」って怒られるのだけれど。

発表会が始まって
自分の順番が近づくうちに
どんどん緊張して、落ち着かなくなってくる彼。

でも、本番の弾きっぷりは
とても堂々としていて、ミスもなく
本当に素晴らしいものでした。
妹もよかったけれど
とにかく彼が一番。

頑張ったね。
頑張ったね。
みんなに、自慢したい気分。

本当に、うれしかったです。

これからも、続けていってほしいな。
子どもが生まれた時には
その子と一緒にね。

ずっと、応援するからね。




あの頃私は。。。
2002年11月06日(水) 金融機関めぐり
2005年11月05日(土) はじめの一歩

彼と初めて、住宅のショールームに行くことにしました。

家の周りに何件かあるのですが
一番近いトコロに行ってみると、「オータムフェア開催中」らしく
とても混んでいるようでした。

こんなに沢山の人が家を買おうとしているんだなぁ
と、怯んでしまいました。

それで結局、ちょっと離れたところにある
水周りメーカーのショールームに行きました。

その途中にあるサッシメーカーも、フェア中で
やっぱり混んでいました。繁盛しているんだなぁ。。。

ショールームに入る時、ちょっと緊張しましたが
誰からも声を掛けられることはなく、好き勝手に見て帰ってきました。

ちょっとホッとしました。

彼が、結構楽しんでくれたのが
とてもうれしかったです。
これで、嫌になってしまったら
次はないな、って思っていたから。

少し夢が膨らんで
彼がその気になってくれればいいと思いました。

次に行くのが楽しみになりました。

はじめの一歩は
大成功です。


あの頃私は。。。
2003年11月05日(水) スーツ
2002年11月05日(火) 官公庁めぐり
2005年11月04日(金) 鍼治療

体質改善のため、鍼治療に興味があったのです。
妊娠OKになった時に、体調も万全でいたくて。
それで、近くの鍼灸院を探していました。













つづく

あの頃私は。。。
2002年11月04日(月) 帰国
2005年11月03日(木) 節目の年

TXに初めて乗って、友だちの家へ。
学校の時の友だちです。

彼女は、シゴトのストレスから
突発性難聴になってしまいました。
早く診てもらったから、もう良くなったのだけれど。よかった。

20歳で働き始めた私たち。
今年、そして来年にかけては
節目ということもあって、色々なコトが起きるねと語り合いました。
それがコジツケだとしても
そう思って頑張れればいいのです。

20代最後の今年
シゴトは9年目、結婚は3周年。
子どもの七回忌を迎え
手術を受け
虫歯になり、歯を抜く。

偶然もあり
「節目だからやっちゃえ!」と
思いきったコトもありました。

確実に、前に進めているなら
それでいい。

そして来年、30代最初の年。
願っているコトは1つだけ。
どうか、どうかお願い。

みんな、みんな頑張ろうね。



あの頃私は。。。
2004年11月03日(水) 嘘でもいい
2002年11月03日(日) 楽園での日々
2005年11月01日(火) 不良妻

友だちと、彼と私と
3人で食事に行きました。

彼女には、もう8年!になる彼がいます。
でも、まだまだ独身で遊んでいたいみたい。。。
友だちと一緒にいる方が楽しいんだって。

でも、私は
結婚した後、完全に遊ぶのを止めることなんて
出来るわけないと思っているのだけれど。
その時々で、楽しいことはいっぱい出てくるもの。

そう言ったら、友だちは言いました。

↑エンピツ投票ボタン

それって、褒め言葉ですか???
家のコトをロクにやらずに遊んでばかりの
不良妻って言われているように聞こえるんですけど?

「いや、褒め言葉なんじゃない?
 『変わった』って言われるよりはいいよ。俺のお陰だな」
と、彼。

そうかな。そうかもしれないな。
それがスロットの理由にされているとしても。
縛られるよりは、ずっといい。
彼が夫でよかった、ってことだね♪



あの頃私は。。。
2002年11月01日(金) ご挨拶

華泉 |MAIL
まろの気まぐれ日記
まろ様へ
+++
---
___
My追加