的といじの日記
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2003年09月24日(水) 告知

9月11日分から再び書き始めました。
 
    ただただ
    それだけ
        
こんなんで
一日分使っていいものか
はなはだ疑問。ですが


2003年09月15日(月) ,まとめ2

今酔っ払ってまス
スなんてあんたみっともない。

no2
坂下りる ツキノワグマは 愛嬌を 
  「捨ててきたのだ。」 そう、思われた

テーマは想像の余地
1 ツキノワグマは
 坂下りるツキノワグマ は当然だが比喩である。
熊というのは不思議な存在で、圧倒的な暴力性の象徴でありながら、どこかしら
憎めない。
 くまのぷーさん はかわいらしい。いや、かわいいらしい。はじめ熊=山伏をイメージしたが、別に何でもいいし、誰でもいい。友達でも清原でも。とにかく想像して欲しい。魅力的だが近寄りがたいという両面性を。

2そう思われた
 本当に捨てたのかは本人しか知らないし、又誰も真実を確定できない、そもそも
受身なのか、それとも自発なのか、られの品詞さえ定かでない。
想像して欲しい。

3愛嬌
 捨ててきたものが愛嬌というのは、子どもの頃漫画でよく見た洗脳されて目の色が尋常でなくなった状態にはつき物だった気がする。
そのこととは関係ないが、愛嬌を捨てるとは
何かに打ち込むことなのか、
人間らしさを喪失することなのか、何なのか。
重要なのは、最後の句の主体が本人でなく周囲だと言うことであろう。

解釈求む!

ついでにno5

ゆきゆきて どこ吹く風は モミジ散る 砂利の小道に 自作自演す


2003年09月14日(日) まとめ1

No3まで来ました。
ここまでの作歌意図を書いてみます。批判求む!素直な感想もっと求む!

店先の 犬、羨まし 昼下がり 足音の中 堂々と寝る (再録)

No1 実景です。テーマは齟齬感
所用あって京都の繁華街を歩いていました。
もちろん一人で。
帽子店の店先で看板犬らしきゴールデンレトリバー
(実家で飼っていた犬を思い出した。)が昼寝。
やたら暑い日で、河畔の電光掲示板は気温31度か2度。
観光客らしき一群、若い二人連れ 近所のご老体方が
大路に面した店に絶え間なく出入りしている。
誰も彼も一様に非日常を楽しんでいる。
それを横目に見ながらその前を素通りする作者。

 ポイント1 堂々と の部分です。
当の犬にしてみれば、肩肘張っているわけでなく単に
自然の欲求に従っているだけで、堂々と という語の
肩で風を切っているようなニュアンスは本来不適当ですが、
犬のくつろいだ姿にすら、妙な嫉妬心に似た感覚を抱く詠い手。
そのことが、羨ましい という直接的で単純な表現に
陰を落とす効果に期待しつつ、
心情を想像してもらえたら幸せ。
 ポイント2 足音の中
これは単に犬の目線に託したとき脚と靴しか見えないと思ったので、
そこから連想してみました。

文章にして表現するのはやっぱり難しい。No3まで一挙にまとめるつもりでしたが長くなってしまうので持ち越し。長い日記は読む気がうせるので。長編小説も読めきれないしね。(といっても既にかなり冗長か。)

No4
青い貝 真っ白な貝 皆同じ 月無き雨の 大路を行けば



2003年09月13日(土) 第三

   
 電文(メール)有り 
  「虹が出ている。西を見よ。」
     ぼんやり眺む 地下鉄の窓

 当たり前だけど、あの人が今何を見ているのか、僕にはわからない。
 No3・・・。


2003年09月12日(金) 第二

 だんだんといきましょう。
 それでは、
 
   坂下りる ツキノワグマは 愛嬌を 
         「捨ててきたのだ!」 そう思われた

 No2でした。


2003年09月11日(木) 復活

活動再開します。 
 筆力のなさを痛感し、再び荒野に足を踏み入れる決心を致しました
 
 何時まで続くかは、気分と天候のみが知るところ。
 目的はあくまで筆力向上なので、
 感想ならびに文章の添削をお願いし舛。
 自己満足じゃいやなので。
 それでは、とりあえず短歌を一日一首から。
 (最終目標としては短い書評を書きたいです。)

  

   店先の 犬、羨まし 昼下がり 足音の中 堂々と寝る


 No1でした。


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