ロマンティスト・テイスト...jovanna

 

 

「ライブ帝国 THE YELLOW MONKEY 」と「bridge」 - 2005年12月26日(月)

「ライブ帝国 THE YELLOW MONKEY 」が届いた。
どれも持っている映像だけれど、綺麗な画像で見られるのが嬉しい。
93年アポロシアターのあの自転車柄スーツの吉井の麗しさは見事なものだし、
マイカルシアターのあのキザ男振りも惚れ惚れする。
96年日清パワーステーションでの、THE YELLOW MONKEYというバンドが
王者の風格を湛えて圧倒的なライブを繰り広げる様子は、本当に
素晴らしい。けれど、このDVDで一番私の心に響いて来たのは、
汗だくで目を瞑ってギリギリの魂を振り絞って歌う「球根」そして
「離れるな」だ。
若く麗しい吉井も勿論好きだけれど、私が今一番注目するのは、
過去の吉井和哉ではない。
2005年現時点の吉井和哉だ。
東京ドーム「メカラウロコ15」が開催されてから今日で丸一年だ。
東京ドームのあの広いフロアでTHE YELLOW MONKEYの歴史を辿り、
メモリアルフィルムを鑑賞し、そして最後にメンバー4人の最後の
「JAM」の演奏を目にした。
あの「JAM」は、哀しいけれどもうTHE YELLOW MONKEYの「JAM」では無かった。
かつてTHE YELLOW MONKEYだったメンバー達が其々のパートを歌い演奏する、
そういう別れの儀式だった。
4人が一緒に演奏しても、もう本当のTHE YELLOW MONKEYではないという現実を
突きつけられたあの「JAM」を体感出来て、
あの時はそりゃあ複雑な思いだったけれども、今は良かったのだと思う。

吉井和哉に戻っての初インタヴュー「bridge」を読んだ。
ビジュアルが実に怪しくて良い。
このスーツにこの水玉ボウタイシャツなの?っていう組み合わせだ。
髪も随分伸びて胡散臭さ倍増だ。
私は、穏やかな優しい顔をしている吉井よりも、これくらい悪そうな
顔をしている吉井の方に惹かれる。
渋谷社長に向かって「いいでしょ」「脱いだらすごいっすよ」
「次のアルバム・インタヴューではひっくり返りますよ。
『やっぱり君は天才だ』って」
自信が漲ってはちきれそうになっているのが頼もしく嬉しい限りだ。
身体を縛っていた枷が解けたんだね。
吉井の見渡す世界の方向性がしっかり定まったのを感じる。
彼の想いがどのような言葉でどのようなメロディに乗って
届けられるのか、楽しみでならない。





希望それから愛 - 2005年12月19日(月)

吉井のお陰で初めてQUEENS OF THE STONE AGEを聴いた。
「LULLABIES TO PARALYZE」
格好イイじゃないか。
サウンドはハードだけれど、ヴォーカルが湿り気があって、
所々思いがけずに現れるメロディの綺麗さが癖になる心地良さだ。
先日のFM802の放送で吉井は『サウンドとか曲作りとかとてもツボで、
このバンドも実質なんかヴォーカリストの人が、結構イニシアティブをとって、
まぁソロのようなバンドのようなスタイルをとってるような
イメージがあって、YOSHII LOVINSONではそういう感じで
ちょっとやってみたいなぁーなんて思って影響を受けたアーティストだ』と話したそうだ。
「You Got A Killer Scene There, Man.」や「LIKE A DRUG」セクシーで妖しい♪
解説を読んだら、実質的にバンドのコンセプト、音楽面、運営に至るまで
常にバンドをリードして来たのは、ジョシュ・オムなのだそうだ。
前バンドからの盟友ニック・オリヴェリを非情に切り、己の求める音楽の道を
進むジョシュ・オムとQUEENS OF THE STONE AGEの姿に吉井和哉は
何を重ね合わせて見たのだろう。
ジョシュは『逆境に恐れをなして無力になってしまう(PARALYZE)のは、
ごめんだ。傷つきながら生きるのが人生だろう?』と語ったそうだ。
“歩いて行かなきゃ延々”かな。
ジャケットに描かれる「妖しい闇の中光を手に前に進んでいく少女」。
少女が捧げ持つ器の中にあるのは、ジョシュ曰く「希望それから愛」だという。
遥かな遠い道に「希望と愛」それは、吉井和哉の姿に重なる。
『楽曲はもちろん、本人の意思も今まで以上に「新鮮さ」を意識している。』という
新曲「BEAUTIFUL」に期待が募るが、やはりいつもながら私は、
吉井和哉の変化が少し怖い。
12/24発売のbridgeのインタヴューも。
このアルバムの解説の中で坂本麻里子氏が
『自らのヴィジョンを100%具現化する為なら、アーティストはエゴイストに
なっていい。そうあるべきだ。』と述べている。
けれど、私はまだそこまでの境地にはなれない。
吉井にはエゴイストを貫くタフさを補強して欲しいと願いつつも、
それではやはり淋しいと感じてしまうのだ。





エジンバラ画像 - 2005年12月16日(金)

Virgin MusicのYOSHIIサイトに載せられているアーティスト写真が、
かなり好みだ。
エジンバラのスコット記念塔を背景に立つ吉井は長めの前髪が
赤く染まり、削げた頬と尖った顎が大きなリボンタイの甘やかさで
艶やかに魅せている。
NEWシングル「BEAUTIFUL」のジャケットの方は、
雨に濡れたセピア色の街に佇む吉井が開かれた門扉の内側から
撮られている。モノクロームの世界で「Beautiful」のaの文字だけを
赤く記して。良い写真だなあ。
ジャケット写真だけでも、こんなに期待が高まる。
ラジオ局で解禁になるのはいつだろう。
待ち遠しい。






HEESEY WITH DUDESラストステージ - 2005年12月08日(木)

12月7日リキッドルーム恵比寿でHEESEY WITH DUDES THE FAREWELL TOURの幕が閉じられた。
HEESEY WITH DUDESというバンドそのもののような華々しく熱く楽しいLIVEだったそうだ。
そして、レポして下さった方に拠ると
『アンコール前のメンバー紹介の後「もう一人紹介したい人がいるんだ。」
と言って「楽屋で歌わせろって言ってるんだよ。
同じ曲2回やるなんていやなんだけど、お前が歌うなら俺はいつでも後ろでベースをひくよ。
ってことで。』ってヒーセに紹介されてステージに現れたのは、何と吉井和哉!
『実は、見るの今日が初めてだったんだけど
あんまり楽しそうだから』なんて言って「ならず者アイムソーリー」を歌ったそうだ。
吉井の横でベースを弾くヒーセがとても嬉しそうで楽しそうで・・・
話に聞くだけでじ〜んと来て仕舞う。
歌い終わった吉井は、ヒーセを「ロックンロールゴリラ」って言って、
さっと引っ込んだらしい。
ネット上を色々見たら、吉井が最後に歌った事で結構賛否両論あるらしいけど、
良いじゃないの。
ヒーセも吉井もそうしたかったなら。
エマもアニーも三国さんも観に来ていたそうだし。
メンバーが仲違いしてTHE YELLOW MONKEYが解散になったんじゃない。
ヒーセのバンドの最後を皆仲良く観に行ってる。
友情も信頼も損なわれた訳じゃない。
メンバーが皆元気でさえいれば、いつか新しい道も拓ける。
「STILL ALIVE」のDVDで吉井が言っていた
『バンドとしての生命体と想える存在は今でもTHE YELLOW MONKEYだけなのだ』という言葉を
思い返せば、吉井和哉、廣瀬洋一、菊地英昭、菊地英二という
4人の其々のミュージシャンの目指す焦点が
いつの日かビシッと一点に合わさる時も来るのだろうと私は思う。
落ち着いて考えてみたら、吉井が「ならず者アイムソーリー」を歌ったというのは、
単にHWD解散ステージに飛び入りゲストで花を添えたという以上の意味があるのだと思えて来た。
吉井の「ならず者アイムソーリー」という歌詞は、バンドに対する惜別の歌だと思うから、
HEEESEY WITH DUDESを解散させようとするHEESEYに吉井が最後に
彼自身の歌で贈ったのだと感じられるのだ。
「贐・餞(はなむけ)」って言葉があるけど
昨夜の「ならず者アイムソーリー」は、それだと思う。
ヒーセ(とDUDES)の旅立ちに贈る歌だったんじゃないかな。
大切なバンド(THE YELLOW MONKEYでありHEESY WITH DUDESであり)への想いは、
胸にしっかりと抱き締めて、それでも
“男は今日も目を開けて生きていかなきゃだぜ〜”って♪




サポートメンバー発表 - 2005年12月03日(土)

吉井和哉 TOUR 2006 〜MY FOOLISH HEART〜 のサポートメンバーが発表された。
GUITAR:菊地英昭
GUITAR:日下部正則
BASS:根岸孝旨
DRUMS:古田たかし
KEYBOARD:柴田俊文

TOUR 2005 AT the WHITE ROOMでのエマとバーニーのツインギター、
根岸さんのベース、そしてあっくんのドラムというバンドサウンドは、
想像以上に吉井の曲にパワーを与えていた。
そしてその要にベースの根岸さんがいたと感じていた。
しなやかな美獣ドラマーあっくんをもっと見てみたかったけれど、
RIZE本体の活動も忙しそうな彼はもしかしたら、とも思っていた。
新加入のドラムス古田たかしさんが根岸さんと縁の深い方だと知って、
そして更にキーボードの柴田俊文さんも根岸さん繋がりらしいと
言う事で納得した。これは本当にがっちりしたサポート陣だ。
ベテラン勢揃いで吉井が一番年下という、一気に平均年齢上がりまくり、
ビジュアル的にも渋い路線になったようだけど♪
キーボードが加わって、どういうサウンド変化が起こるのだろう。
まだ聴けていないあの曲も演奏されるのだろうか。楽しみだ。

11月末になってもツアーサポートメンバーの発表がなくて、
「エマはちゃんと来てくれるのか?」と心配していたファンも多かったようだ。
でも何度も言うようだけれど私は、
「吉井がエマを手放す」などあり得ないと思っていた。
そして吉井が望む限りエマが吉井の手を離す事もないだろうと。
今はまだその時ではないだろうと。
エマのギターが吉井の楽曲に必要不可欠という事は勿論あるだろう。
けれどそれ以上にエマは、吉井の精神的支柱なのじゃなかろうか。
「STILL ALIVE」DVDのdisc2のドキュメントで印象的だったけれど、
吉井の繊細かつ大胆、小心かつ横暴というようなアーティストには、
気心が知れて懐大きく全て呑み込んで支えるエマという存在が
必要なのだと思う。心配性の母親のような戯言で申し訳ない気もするが、
いずれ吉井がもっともっと肝が据わって独り立ち出来る日が来るまで、
エマにはもう暫く吉井の傍に居てやって欲しい。
別に邪な考えに凝り固まってる訳ではない。
ヴォーカルとギターとのパートナーシップは特別なものだと思うし、
たとえこの先、吉井とエマが別々に活動する日が来たとしても、
それはTHE YELLOW MONKEYという大きな歴史の一部になるのだと思う。
ツアーメンバー発表と同時に、来年1月25日発売
「BEAUTIFUL」の収録曲詳細も出た。
01) BEAUTIFUL 02) HIKARETA 03) MY FOOLISH HEART
ツアータイトルになった「MY FOOLISH HEART」も勿論だけれど
「HIKARETA」が興味深い。
「惹かれた」「轢かれた」「曳かれた」「ひかれた」
多分また上手く裏切られるのだろう。




HEESEY WITH DUDES in名古屋 - 2005年12月01日(木)

HEESEY WITH DUDES名古屋・Electric Lady Land へ行って来た。
HEESEYの『華々しい解散ライブにしよう!』の言葉通り、
最高に楽しくて熱いライブだった。
チケット獲得史上最高の整理番号を引き当てていたお陰&
HEESEY WITH DUDESファン大先輩の友人のアドバイスによって
好位置を確保出来て、開演までの時間をわくわくしながら待った。
やがてメンバーがステージに登場しヒーセが現れた。
こんなに近くで見られるなんてと、まずその事に感動する。
そして目の前で繰り広げられ始めたライブは、この上なく
キラキラと華やかなロックン・ロールだった。
ヒーセが「みゃーみゃみゃみゃみゃみゃーみゃー」とか
名古屋風なコール・アンド・レスポンスをしたり
可愛い指のポーズをしてみせたりする様子も愛らしく
楽しそうで、途中のMCで『俺ら、客への注文多いよね。
オーディエンス参加型ライブ!』とか言ってたけれど、
客の乗せ方が本当に上手い。そして名古屋の客もそれに応えて
非常に盛り上がって心地良かった。
友人に前々からおのちんの格好良さは聞かされていたけれど、
想像以上に生のギターは、魅惑的だった事に驚いた。
そして細い!ヒーセもオミーさんもマッドさんもみんな細いけれど
おのちんの太ももとウエストなんて驚異的だわ。
何度も目の前に出て来て魅せつけてくれて、うっとりした。
そしてオミーさんは、しばらくブランクのあった方だと
伺っていたのに、全くそんな事を感じさせない鮮やかな方だった。
ヒーセのMCの「オミーさんの秘蔵ネタ」の一つ「最中」話での
遣り取りやヒーセの股間をさっと手で隠す仕草とか茶目っ気たっぷりで、
ヒーセさんと笑い合う様子が微笑ましくて堪らなかった。
HWDの大事な最後に参加して下さったこと、心から感謝です。
マッドさんのドラムソロコーナーは、本当に楽しかった。
サンバ、へヴィメタル、デスメタルそしてロックン・ロールの時には
「赤裸々GO!GO!GO!」をやってくれて、
『「赤裸々・・・」が一番ノリ良いじゃないかっ』て沸かせてくれて。
パワフルでチャーミングな方だ。
キャラ的に新発見だったのがオノチンで、無口で大人しい人かと思っていたのに、
ヒーセに(オノチンは)楽屋で『水ぶっかけるぞ』と言ってたと暴露されていた。
オノチン本人の口から『ぶっコロス』の声が聞けたのが貴重だった。
ブルーの見せパンをヒーセに『そうまでして客が欲しいか』と突っ込まれていたのも
面白かった。

ヒーセは、ステージ上を満遍なくまわり歌い弾き、メンバー達と微笑み合いながら
全身全霊で歌っていた。
その姿を見ていたら何とも言えない気持ちが込み上げてきて涙が溢れて来た。
こんなに最高なのに、楽しいのに終わりなんだね。
「ならずものアイムソーリー」は沁みる。
ヒーセの瞳も濡れていた。
アンコールの「NAMELESS LOVER 」では、身に余る光栄を頂き大感激した。
このような者が最前におりまして本当に申し訳無かったですが、
HWD最初で最後の体験での感動は生涯忘れません!
最後の「またどこかで必ず」という言葉が強く心に残っています。
きっとまたヒーセのステージを見られる事信じています。





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