沢の螢

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日記/手帳あれこれ
2005年12月07日(水)

逡巡を少し愉しみ日記買ふ

10月終わり頃になると、もう次の年の日記や手帳が出回りはじめる。
日記というと、1月からと言うのがふつうだったが、最近は、4月始まりの物もあるし、10月始まりというのも、出てきている。
そして、1月始まりであっても、前年11月ぐらいから書き込めるようになっているのも、嬉しい変化である。
日記帳は縦書きの分厚いもの、手帳は小型で薄いものという旧来のイメージも崩れ、日記帳とも、手帳とも、区別の付かない物が大半である。
そして、この業界の競争も激しいと見えて、年々、デザインが豊富になり、工夫を凝らして賑やかになっている。
日本人は、こんなに日記を書く人種なのかと、改めて思うが、旧来のイメージの日記でなく、記録、あるいは、日々の覚え書きと言った使い方のほうが多いのではないだろうか。
働く女性が多くなった今では、女性もビジネスに不可欠な小道具として、手帳を持つ。
主婦の私でも、毎日の生活に、手帳は必需品である。
IT化が進んでも、手書きの手帳は、バッグに入れておく物として残るであろう。
この数年、私は、月ごとの予定と、毎日の簡単なメモが書ける手帳の他に、日付以外は白紙の文庫版日記帳を買い、使い分けしていた。
バッグに持ち歩くのは手帳、予定や約束事、外出時の覚え書きはそれに書いておく。
文庫日記の方は、新聞で読んだ記事の感想や読書の記録、気に入った短歌や俳句などを記すことにした。
しかし、ネットでブログを書いたり、ホームページに掛ける時間が増えると、文庫日記のほうは、ほとんど白紙のままで置くことが多くなった。
そこで昨年は、文庫日記は買ったが、1000円もする手帳を買うのをやめ、スーパーに売っている400円くらいの安い手帳を買った。
予定を書く欄はあるが、あとは、横線が引いてあるだけのシンプルな物である。
その一冊で充分だと思ったのである。
ところが、どうも使い勝手が悪い。
日付で区切られていないので、必要なときだけ記入する点では便利なはずだが、逆に、必要なときに記録するのを忘れてしまう。
日付で区切られていれば、空白があるのが気になるのだが、その気持ちを持たずに済むのである。
やはり、記録のためには、毎日の日付が、最初から入っていた方がいい。
そこで今年は、まず、以前使っていた手帳と同じ仕様で、余分なページのない記録専用の手帳を買った。
文庫日記帳も買った。
今年も白紙ページが多いのだが、これがないと落ち着かない。

昨日、両親を訪ねた帰り、ロフトに寄った。
先日、たまたま知った糸井重里のサイトで、「ほぼ日手帳」のことが書いてあり、爆発的に売れているという。
売り出してすぐに完売、次の予定は12月はじめ、場所はどこそこで・・・などと書いてある。
そんなに人気の日記とはどんな物なのか。
売り出しの場所の一つが、帰りの駅の近くなので、見たくなったのである。
どうせ売り切れだろうと思っていくと、売り場に積んである。
小型システム手帳のような作り。
表紙が5色ほど。
手に取ってみたが、ページのデザインなどは、確かに、他にないような作りである。
使いこなせば、良いかも知れない。
気持ちが動いたが、3500円は、いかにも高い。
私の生活に必需品とも思えない。
それは止め、ついでに、ロフトで扱っている手帳、日記のたぐいを、隈無く見て歩いた。
あることあること。
本屋や文房具店にはないような、さまざまな種類がある。
若い女性が飛びつくようなキャラクター商品のマーク入りや、手帳とも日記とも判別しがたい物が多い。
これなら、持っているだけで愉しいだろうなと思う。
見ていると買いたくなり、2つばかりお目当ての物をマークして、今度は、日めくりのところに行った。
こちらは卓上に置いたり、壁に掛けて、毎日めくっていくもの。
以前は、教訓カレンダー的な物しかなかったが、昨日見た中には、「声に出して読む文学作品日めくり」とか、「豆知識日めくり」とか、凝ったものがある。
そのうち、折り紙の折り方が、365日入っている物があり、手帳日記を止めて、それを買った。
何とドイツ製である。
毎日、カレンダーをめくるたびに、新しい折り紙を一つずつ折っていったら、愉しいし、指の訓練になるではないか。
1470円。収穫だった。



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