沢の螢

akiko【MAIL

My追加

ブログを作るまで
2004年07月04日(日)



私がホームページを開いたのは、2002年の正月。
はじめは、ジオシティの無料スペースに、ホームページソフトを使って、まず表紙(ホームページというのは、正確には表紙ページを言うのだと後で解った)を作った。
そこに連句のボードを繋げ、あとは、ジオシティのサービス日記ツールで、日記を書くくらいがやっとだった。
ソフトの使い方になれるのにも、時間が必要だった。
やがて、ページもだんだん増え、連句ボードに参加する人にも、公開していたので、顔見知りの人の中にも、見る人が少しずつ出てきた。
ところが、半年ほど経って、私のサイトをめぐって、当時入っていたグループの一部の人たちとの間に、亀裂が起こり、私は、グループをやめ、しばらくしてから、サイトのアドレスを別のサーバーに移した。
その人達は、私のサイトが、グループの趣旨に合わないから、グループページに、リンクさせられないとか何とか、理屈にならないことを言っていたらしいが、要するに言いがかりで、本音は、グループから、出て欲しかったのである。
それが解ったので、自分から退会を申し出た。
私は、小さいながら堅実に成長していたそのグループが好きだったし、メンバーの人たちも、善良なやさしい人達だった。
しかし、ほんの一人か二人であっても、私に悪意を持つ人がいるとわかった以上、そんなところにいたくなかった。
以後、その人達との交流はない。
この件については、一度もまともな形で話し合われることはなく、ほかの人たちは、正確なことは何も知らず、すべての罪は、やめていった私にあるとされて、今に至っている。
グループと関係無しに、付き合いのある人、真相はわからないままに、心を痛めて、私を気遣ってくれた人もいる。
しかし、すでに2年も経ち、私の存在は、もはや過去のことになって、新しいメンバーも増え、そんなことがあったことすらも、今は話題の範疇にないだろう。
関わった人たちにとっては、私の名前すらも、聞きたくないはずである。
サイトの方は、何の罪もないから、アドレスを移してからは、遠慮無く運営している。
私がサイトに何を書き、何を載せようが、ネットのルールを守っている限り、自由である。
どこのダレにも、とやかく言われる筋合いはない。
検索で私のサイトを探し出した人が、サイトに書かれていることを、勝手に、現実の出来事と結びつけて、私の現実の生活圏で、触れ回ることも、ヤクザのいんねんと同じ行為である。
サイト上のことに文句があるなら、サイト上で言えばいいのである。
その為に掲示板も付けてある。

のっけからつまらない話になってしまったが、私の「サイト受難」みたいなことを、書くのが本意ではなく、ブログの話をしたかったのであった。
今、私はあるブログサーバーに自分のブログを作り、せっせと書いている。
ちょうど1週間経ち、ブログの使い方も、ブログ界の様子もわかってきた。
日記プラス掲示板の機能を併せ持ち、タイムリーであることが、魅力。
今のところ私は、いくつかのカテゴリーを作り、過去の日記や、ボードに書いたことの中からも、今日的な話題を再編集したり、毎日のニュースから硬軟取り混ぜて、書いたりしている。
やがて、そちらが、メインになるだろう。
ただ、非公開的、閉鎖的な、私のサイトの性格とは、合わない点もあるので、相互リンクはしていない。
個人的な文芸作品を中心にしたものと、日記やエッセイとを、サイトとブログで使い分けすることになるだろう。



BACK   NEXT
目次ページ