沢の螢

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「涅槃」
2004年02月20日(金)

香月泰男展に行く。
東京駅ステーションギャラリー。
この人の名は聞いたことがあった。
第二次世界大戦で招集され、終戦後はシベリアに抑留され、帰国後は、シベリア体験と故郷の山口県の風景を描いて、1974年、62歳で没した。
3年前の夏、私はシベリア横断鉄道に乗り、始点のウラジオストックから終点のモスクワ、更に列車を乗り継いでサンクト・ペテルブルグまでの、約一万キロに及ぶ旅をした。
しっかりした旅行社のツァーで、ロシアならこの人という、ベテランガイドが付いて、参加者15人、15日間の旅程であった。
シベリアに行くについては、ロシアに対する関心以外に、きわめて個人的な動機があったのだが、それは、この際置く。
ともかく、はじめて行ったシベリア横断の旅は、予想以上に感慨深いものがあった。
シベリアに行く前に、私はデカブリストの乱と、シベリアに抑留された日本人達のことを、少し調べたが、その中に香月泰男の名もあった。
2月から、香月の作品が、東京で展示されると知って、見に行ったのである。
没後30年という意味での企画らしいが、生きていれば私の父とほぼ同じ年である。
作品は、4つの部屋に分けて、テーマ別に並べてあった。
心を奪われたのは「涅槃」と題する黒い絵の具で描かれた絵。
シベリアで過酷な重労働と栄養失調に耐えきれず、命を落とした戦友達を、独特の墨のような黒で描いている。
骨だけになった死者の顔がならぶ。
しかし死者達は皆違う表情をして、まるで生きているかのようである。
その目は、明らかに何かを伝えようとしている。
香月自身は、抑留されて2年後に帰国しているが、おそらく、残りの人生は、彼の地で生きて帰ることの出来ないまま、土となった戦友達から、一瞬たりとも心の離れない日々だったことだろう。
「涅槃」を見ると、彼の心の中にあったものが読みとれるようである。
彼は、シベリアシリーズとして多くの作品を発表し、また、故郷の山口県三隅町の穏やかな風景も、残している。
若い母と子どもの、愛情溢れる絵を見て、少しホッとするが、それも、黒い色で描かれている。
シベリア鉄道の車窓から見た残照の美しさ。
イルクーツクで、私は、名も無き日本人抑留者達の墓を訪れ、みんなで「ふるさと」を歌ったが、あの墓の中に香月の戦友に繋がる人たちも居たのかと、改めて思い出し、胸が熱くなった。



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