沢の螢

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遅ればせながら・・
2004年01月12日(月)

いつも年末から正月にかけて、我が家に泊まりに来る息子夫婦が、今回はハワイに行って来なかった。
息子の妻の作るおせち料理は食べられなかったが、若いふたりは、海外での正月を愉しく過ごしたらしかったし、夫と私も、それなりにのんびりと静かに過ぎた。
ふるさとに帰る人たちには、正月には、いろいろと計画があるだろうが、親子三代に渡り、すべての親族が東京近辺に集まっている私たちには、正月だからと言って、特別なことはないのである。
それでも、日ごろはお互い忙しく、なかなか一緒の膳を囲む機会も少ないので、年に一度の新年を、そのチャンスにしてきたのだった。
ただ、女の身になると、身内と言っても、大勢の人間が集まるというのは、大変である。
家の中を片づけ、掃除をし、買い物を済ませ、料理の支度をし・・・と言う具合で、最近は、出来合いのおせち料理を頼んだりもするが、やはり多少の準備はしなければならない。
来る方もそれなりに気を使う。
息子の妻は、よく躾の出来た人で、家事能力は私より上なので、彼女の作るおせち料理が、このところ我が家の正月の定番になっているが、ぎりぎりまで会社に行って、やっと休みにはいると、こちらに持ってくる料理の支度をするのは、大変だろうと思う。
「料理は好きですから」と言うが、家に来ても、台所を行ったり来たりで、何だかかわいそうになる。
ハワイに行くと聞いたときは、むしろ、その方が、いいと思った。
遠くに住んでいるのではないので、誕生日や母の日などにかこつけて、また会う機会はあるからだ。
そんなわけで、正月は、久々に夫婦だけの日となった。
今日は、ハワイのビデオも見せたいからと行って、ふたりがやってきた。
ささやかなお土産も持ってきた。
芸能人はじめ、日本人の観光客でいっぱいで、ハイシーズンとて、旅行費用も、ずいぶん高かったようだが、愉しかったらしい。
ただ、雨期にあたっていて、滞在の間、ほとんど雨だったそうだ。
「ホントはもっといい時期に行きたいんですけど、ふたり揃っての休みが、なかなかとれないものですから・・」。
それで、今度のハワイ行きになったという。
息子夫婦は、同じ会社で働いてたが、途中それぞれ転職し、今は別々のところで働いている。
「遅ればせながら・・」と新年の乾杯をし、息子の妻が作ってきた料理を食べて、半日過ごした。
息子の持ってきたビデオを見ると、30年近く前に泊まったホテルが写っていた。
南米からの帰りにアメリカに寄り、更にハワイを経由して帰ってきたのだった。
5月始め、新婚カップルでいっぱいのワイキキ浜辺を歩いたことも、覚えている。
帰りは、ホノルルから東京経由で香港に行くという飛行機に乗った。
息子は、日本人とは見なされず、私もスチュワーデスから中国語で話しかけられた。
日本的な背広を着ていた夫だけが、日本人として対応された。
私はいたずら心を起こして、そのまま通したが、息子は、ショックだったようだ。
英語と中国語で話しかけられても、頑として返事をせず、いよいよ飛行機が日本に着いたとき、スチュウワーデスに大きな声で「さよなら」と声を掛けた。
はじめて発した日本語の言葉だった。
ビックリして絶句したスチュウワーデスの顔が面白かった。
そんなことも思い出す。
それから3年後に、もう一度南米に行った。
現地で息子は中学生になった。
子どもの時に、海外を2度往復して育った息子が、当時のことをどう思っているか、あまり訊いたことはない。
一度だけ、中学生の終わり頃、「僕は外国で、いろいろな人たちを見たから、自分は非行化してはいけないと思っている」という趣のことを言ったことがある。
南米では、貧しくて、街中で物乞いをしている人が沢山いたし、小さな子どもが、靴磨きもしていた。
そんな光景は、多分、息子の心の中に刻み込まれているはずである。
外国帰りと言うことで、理不尽なイジメにも遭っている。
まだ息子には子どもは居ないが、多分、自分が父親になったとき、それらの経験が、どこかで生かされるのだろう。

夕方、明日から仕事だからと言って、息子達は帰っていった。



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