沢の螢

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冬近し
2003年10月23日(木)

J大学の「俳句研究」に出席、帰る頃は少し寒かった。
5時過ぎに家をでたが、その少し前に雷雨があって、気温が下がったようである。
家にいると、その変化がよくわからず、暑からず寒からずの格好で出た。
この季節、夜に掛かっての外出は、温度差があるので、気を使う。
教室にはいると、まだ暖房はしてないものの、前のクラスの学生達の人いきれが残っていて、少し暑い。
今日から句会である。
5句を原稿用紙に書いて提出。
そのうちの3句を短冊に書き、別に出す。
句会に馴れた人たちが、短冊を配ったり集めたりを手伝う。
私と友人は、俳句初心者のうちの3人に入っている。
連句はやっているし、発句を作ることはあるので、純然たる初心者とは言えないのかも知れないが、俳句では、そのようにしておく。
選句、披講とあって、二人とも、お互いの句を知らずに選んでいたことがわかり、思わず苦笑。
いつも、一緒に連句を巻いているので、好みが似ているのかも知れない。
終わって、駅近くで、グラスワインを飲み、少し話して別れる。家についたのは、10時半だった。

昨日は、M先生の葬儀。
近親者のみで、と発表されていたし、会からの通達もそのように書かれてあったが、10年来の師であり、自宅にも伺ったことがあるので、お見送りはさせていただくことにした。
ある人からの連絡で、その死を知ってから、通夜、葬儀に行くほうがいいのか、遠慮すべきなのか、ずいぶん迷った。
通達があったこともあり、はじめは、行かずにお悔やみ状を、と考えていた。
しかし、通夜に行った友人の話を聞いたり、自分の考えもあって、行くことにした。
誰とも誘い合わせず、会場に赴いた。
顔見知りが30人以上はいただろうか。
時雨の1日。
雨中での見送りとなった。
親族だけで、静かに送りたいとの、お連れ合いの意志に反したかも知れないと言う気もした。
社会的立場にあった人の、喪の儀式は難しい。
いずれ来るであろう、自分の父親の場合を考え合わせて、感じるところもあった。
見送りが済むと、昼時になっていた。
駅までの道の途中で、軽食喫茶に入り、昼食を摂りながら、六,七人で追悼二十韻を巻いた。
お喋りをしながらの、愉しい付け合いとなった。
連句関係者の集まるときは、私は、歳時記を必ず持っていく。
短冊を持ち歩いている人もいる。
きっと先生も、供養として、喜んでくれるだろう。

おとといは、井上ひさしの「夢の泪」という芝居を見に行く。
東京裁判を扱ったもの。
ミュージカル仕立てになっていたが、今まで見たひさし作品に比べると、少し、なじめなかった。
外出が続いたが、そのお陰で、足のほうは、だんだん快復している。
膝や腰の痛みはまだ続いているが、ほどほどに歩くことで、次第に治るのだろう。
明日は、家にいる日。
たまっている手紙の返事を書いたり、家事に専念したい。



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