昔から俳諧師という人たちは、何かしらの庵号、座名を持っていた。 その伝統を引き継いで、私の周辺にも、宗匠と呼ばれる人たちはこうした名前を持っている。 「・・庵」または「・・亭」といったたぐいである。 今日の連句の会のあとで、例によって有志が20数人、飲み屋に繰り出したが、そこでも、そんなことが、私の周りで話題になった。 立机して宗匠となる人たちの庵号は、真面目な話だから、それとして、飲み屋での話は、もし、自分に庵号を付けるとしたら、どんな名前がいいかということを、ちょっとふざけたのであった。 私は、自分のサイトで、複数の連句ボードを置いているが、それぞれに名前を付けている。 「俳諧みづき座」、「俳諧蘭座」、あるいは「リリック連句座」といった具合である。 以前は、「連句燦々」とか、「連句遊々」などと名乗っていた。 常時付け合いを愉しみ、ほかの人のサイトにリンクしてもらっていたこともあった。 しかし、いろいろな経緯があって、それらのボードは削除、いまは三つのボードを交互に運営している。 ひとりで全部やっているので、管理が大変なときもあるが、参加者が愉しんでくれればいいので、気の向くまま、好きなやり方で運営している。 現実の連句座では、私は結社の一員に過ぎないし、本名以外の偉そうな名前があるわけではない。 しかし、インターネットは、虚構の世界だから、そこでは、勝手に座名を付けて、亭主気取りでいるわけである。 もし、もうひとつ名前を付けるとしたら、少しひねって「艶笑庵というのはどうかしら」というと、「ナニ、炎症庵?」とそばにいた男性が言って、笑った。 私が足の骨を折って、ひと月半も、連句座に出られなかったことを、茶化したのである。 「炎症庵、悪くないわね」と私も言って、その話はそれで終わった。 先週末から3日ほど、連句関係の行事で山形に行った。 連句は文芸の中ではマイナーで、俳句や短歌に比べると、関わっている人はまだ多くはないが、関わり方の深さにかけては、かなり上ではないかという気がする。 それは、連句が、文字通り「座」の文芸だからであろう。 複数の人たちで、座を作り、一つの作品を作り上げていく過程は、音楽に例えると、オーケストラであり、合唱である。 この魅力にとりつかれると、なかなかやめられなくなる。 その代わり、人間的な繋がりも関わってくるので、なくもがなのトラブルの果てに傷ついたり、人間関係がうまくいかずに、時にそこから遠ざかりたくなることもある。 それでも、やはり、やめられずに、また戻っていく。 連句によって、癒されることも少なくないからである。 ひと月ほど前、私はある人に長文の手紙を出した。 この1年ほど、明快な答えがなくそのままにされていることについて、責任ある立場の人に宛てて書いた質問状だった。 ある小さなグループから、私は事実上「追い出された」のだが、その「罪状」と理由を明らかにしてもらいたいこと、私の人格にも関わるそうした仕打ちについて、私にすべての原因と責任があるのかどうかを、あらためて正面から問いかけたものだった。 直接の関係者にとっては、「一人抜けた」ような小さな事であり、時間が経てば忘れてしまえるようなことかも知れない。 しかし、私にとっては、ちゃんとした答えが得られない限り、終わりがないのである。 きっかけになった人が、何も関係ないような顔をして残り、私だけが「断罪」されたのは、納得しがたいし、それに同調した人たちを、いつまでも許せずにいるからである。 追われた人間にとっては、「個人的な些細なこと」ではないのである。 追い払っただけでは足りずに、こちらの実名を挙げて弾劾し、さらに傷を深めるようなことをする。 そんなことを、なぜ、たったひとりで、耐えなければならないのか。 しかし、3週間も経って来た返事は、実に、誠意のない、実の籠もらないものだった。 質問に対する答えは、何もなく、言質を取られないように用心深く、短く終わっていた。 そこには、何も起こらず、関係者は誰も存在していないかのような書き方だった。 どこかの国の代議士の国会答弁のほうが、まだましだと思えるくらい、狡猾で、老獪だった。 怒りと失望を感じたが、これで、気持ちの整理がついた。 こちらが真摯に問いかけたことに対して、応えない人たちというのが存在するのである。 彼らにとっては、いなくなった人間より、現在いるメンバーのほうが大事であり、グループを守るためには、どんな手段も使うのである。 共同作品を作り上げることを目的とするグループの、唱っていることとは異なった正体を、見た気がした。 人の心を、土足で踏みにじって、平然としている人たちと、2年近くも、付き合っていたことになるのかと、愕然とした。 判ったのは、一見民主的で、公平を心がけているかのようなところにも、理屈抜きに、支配する力があり、闇の部分があると言うことだった。 その人達と「連句」を巻くことは、今後おそらくないだろう。 「炎症庵」とはよく言ったものである。 炎症を起こしたまま、彷徨っている心にも、休む場所がなければならない。
|