不思議っ茶の日記
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2003年05月08日(木) さくちゃん〜Mさんの思い出を語る

土砂降りの雨の中〜〜強烈な思い出を残していってしまった、Mさんという
60歳代の男性の告別式があった。
このひとはどんな人生を生きてきたのか〜詳しくは知らない。

同じマンションのOさんが、創価学会に入っていてMさんを入会させた。
信仰心があるのかないのか〜〜それでも手を合わせていた。
新聞もきちんととっていたし、新聞代もきちんと払っていた。
だれよりも、よく書籍やビデオを買っていたし〜〜
会合も喜んで参加していた。

ただ、家族は無く、身内といってもまったくあった事もない遠い親戚しかない。
事実上、天涯孤独であった。
Mさんは生活保護を受けながら、住んでいた。

ビックリするほど、人懐っこく、誰とでも話をした。
でも、時には常識からはずれる事も多く〜〜あの年齢で女装をするので、よく話題に上った。

わたしも、Mさんには女装をやめるように何度も注意をした。
が、やめなかった。

返って女装をしている時は、私に怒られると思ってか、口もきいてくれない。無視状態だった。

近所の路上の掃除もよくやっていたし、ゴミの後片付けもされていた。
たまごの安売りの情報を、私にも教えてくれた。
「1パック〜98円やでぇ〜〜」
というのだ。

そんな、Mさんだった。

困った時は、主人に電話をくれたことがある。
「○○さんに貸したお金が〜〜返って来ない〜〜。お金が無くてどうやったらいいのかわからない。」
ビックリした主人が、金銭貸借はしてはいけないと説得した。
そして、返さなくていいから〜〜と、2千円〜〜上げたことがある。
それも、律儀に覚えていて、生活費が入ったとき返しに来た。
主人は、丁寧にお礼を言って、受け取った。

人懐こく誰とでも気軽に話が出来るし〜子供が大好きだし〜〜
そんなMさんが、倒れて〜〜しばらく入院されていた。
意識が薄くなり〜〜酸素マスクをした状態で、のどに痰が絡んで苦しそうにしていた。

看護婦さんに痰を取るように申し出た。
見舞う家族がいないからか、ほったらかしだった。

なくなった時、民生委員さんから、連絡をもらった。
生前の信仰があるので、友人葬で送りたいと主人は言った。

民生委員さんは、その手続きをしてくれて、小さくても祭壇を作ってくれた。

数人の勤行と題目で〜〜Mさんを送ったわけだ。
この中には、血の通じた人はいない。

それでも、みんなそれぞれMさんの思い出を持っていた。

あの時〜〜そして、またあの時も〜〜Mさんは、お茶目に笑っている〜そんな様子が、それに振り回されている私たちの様子がおかしかった。

お互い〜心のそこから懐かしく語り合った。

今度生まれてくるときは、かわいい女の子で〜〜
女装しなくても、そのままでいいから〜〜と、ある人が言った。

今度生まれてくるときは〜〜家族に恵まれているように、と
私は思った。

きっとそうなる。

これだけの人間がMさんを送ったのだから〜〜きっと
Mさんは〜今度生まれてくるときは、幸せな家庭に・・・喜んで迎えられるはず・・・・

いつもの場所に来ると、Mさんを思い出す。

きっとしばらく〜〜それが続くだろうと、私は思う。


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