不思議っ茶の日記
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| 2002年12月05日(木) |
さくちゃん〜人権に思う |
今日は人権学習の参観日だった。 6年生は同和について。
地方によっては、それなに??という方もいると思う。
実際さくちゃんも、京都以外から結婚で来たので、同和については詳しくなかった。
過去形・・・・。
子供二人を小学校へ通わして、この長きにわたり、やっと同和を理解できはじめた。
学区としては同和地域は持っていない。 となりの学区はある。
このとなりというのが、うちにとってはすぐとなりなのだ。
普段のお付き合いなど同和地区の方も入っている。
無愛想な人が多いが、うちとけたらすごく情が深い。
でも、それには何年もかかる。
以前、差別された歴史を持つ彼らにとって仲良くするのは、また差別されるのではという危機感があるらしい。
最初、あんたみたいなよその人は・・・といわれた。
さくちゃんは、他の都道府県から来た〜〜と理解してしまった。
こころやすく〜〜挨拶もしてくれなかった〜〜。
だんだんしてくれるようになった。 それにも何年もかかった。
被差別部落のため、教育が出来ていない、 経済的に困っているなど、諸問題を地方行政が取り組み、税金で家を建て、職を与え〜〜また訓練し〜〜子供に教育を与え〜〜一般の子供以上に学習センターやら先生の家庭訪問やらを増やし〜〜市で地域に浴場をつくり、診療所をつくり、体育館も〜いろんな施設を作っている。
それが、周辺住民にとっては、逆差別と受け止められている。
そう思っても不思議ではない。
条例までつくって、取り組み、延長を重ねて97年で終わった、という。
同和といっても、特別な人たちではない。 また、昔と違ってどこにでも住む自由がある時代だ。
同和地区の・・・といってもばらばらではある。
それでも、同和地区の人たちは彼らだけでかたまることが多い。
壁を感じる。
診療所も利用したことがある。
でも、待合室で私を見ると部落以外の人間とわかるので〜〜不信そうに見られたりした。
医者は、優秀なひとらしい〜〜。 そこの耳鼻科は、患者が少なくて待ち時間が短い。
だから、利用しない手はないのだが、部落の中の診療所というので、なかなかなじめない。
浴場なんてもってのほかである。
いまだに、部落以外の人間は利用しようとすると、とがめられる。
壁はある。
まだある。
差別という壁は、厚いし重い・・・。
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