不思議っ茶の日記
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| 2002年11月22日(金) |
さくちゃん〜公立中学の先生 |
いまいましいぐらい〜〜無責任な教師ばかりを見たので〜ふと私の中学時代の先生たちはどうだったかなと、考えました。
さくちゃんが中学生だった頃の思い出に残る先生の話をします。
公立の中学でした。 社会の岸先生。男の先生で、30代だった。痩せ型でのっぽの先生。
私の友達の叔父さんになる人です。
愛想・・・まったくなし!!!
一年は地理を習いますね。 ノート見開きで左は習っているところの白地図を描いてくる事!!と言われました。
地理は地図が無いと〜勉強にならないというのです。 地図帳と教科書〜〜それとノートの左ページには白地図。板書は右だけ。
例えば、九州地方をやってたとして、板書がどれほどの量なのか、毎回の授業で使う白地図のページを予想して描いて行きます。
ところがまだ、黒板に写してない項目があるからとノートのページをめくったら左に白地図がなかったとします。
細かくチェックして生徒の間を歩きながら講義をする岸先生が、見逃すはずはありません!!
えらく怒られて〜〜目から火花がでるような痛さのげん骨で殴られました。
10分テストがあります。 100点がアタリマエの岸先生にとって、半分以下だと、またげん骨です!!
ある日私は、解答欄を間違えて書き、0点を取りました。
げん骨〜〜〜10発ぐらいやられるかも!!と思いましたが〜〜ものすごい形相の岸先生は「後で職員室に来い!!」といっただけでした。
また、ある男の子が〜〜岸先生の授業中〜居眠りをしていました。 それも見逃すはずはありません。 急ぎ足で男の子に迫りました。 その子は私の後ろの席だったので、さくちゃん〜〜心臓が止まりそうなほどびっくりしました。何か悪い事したかしら??
「さっきからなに目をぱちくりしてるんや!眠いのか?そうやったら、起こしたる!」といって男の子の額を3〜4発〜〜至近距離で殴ったのです。
彼の額にはみごとなこぶができました。
授業は緊張感と、笑いの連続でした。 ある意味、必死で勉強した科目だったような気がします。
中三の時、三学期に公立高校の受験をやめようと決めました。私学を二校。
すると、社会科がなくなります。
放課後の補習に出る必要がなくなったのです。社会が補習の日、家へ帰るため階段を下りていくと、したから岸先生が上がってきました。
事情を話すと〜〜思いがけなくびっくりされていたようです。
社会科は、成績よかったのですよ〜〜〜〜。
今でも〜〜岸先生のずるやらサボリやらを許さない、またひいきもしない〜厳しい授業をはっきりと覚えています。
一部〜生徒と父兄からやりすぎ!!と、非難されていました。 卒業式当日は、壁にペンキで「岸〜〜殺したろか!」などの落書きもありました。
私が卒業して、次の年についに、左遷の身となり、僻地へ単身赴任〜〜家族と別れ別れの生活をされたそうです。
理由はその暴力もあったかもしれませんが・・・授業は最高によくわかるものでした。
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