a Day in Our Life


2006年08月23日(水) HATSUKOI。(亮+昴)


 「無理やわ」と、至極あっさりその人は言った。

 「そうやなぁ、亮が大倉くらい背が高ぉて、すばるくらい男らしぃて歌がうまぁて、マルくらい使い勝手がよぉて、ヤスくらい細々優しぃて、それから、ヨコくらいこの世のものとも思えんくらい顔がきれーで色が白なったら、付き合うたるんやけど。すまんなぁ」
 悪びれずにそう言ってのけた村上は、悪魔のような鮮やかな笑い顔を浮かべて、それはもぅ八重歯まで見せた完璧な笑顔で、ダメ押しにぽんぽん、と二度錦戸の肩を叩いてから、爽やかに部屋を出て行った。
 その場に一人残された錦戸は、なにやら酷い振られ方をした事は分かるのに、まるきり頭が動かなくて、暫くの間立ち尽くす。
 「…」
 やがて、ふらりと肩を揺らした錦戸は、おぼつかない足取りで、無意識の動作でテーブルの上の鞄を手に取り、ぐらぐらとふらつきながら今、村上が出て行くのに開け放したままのドアから外に出た。







 ガチャ、とノブを回して自分の家の自分の部屋に辿り着いた途端、錦戸は、今まで溜めていたものが一気に溢れ出した。
 「…っ、」
 こんなに悲しくて、こんなに寂しい気持ちを誰かに聞いて欲しい。そう思う側からもう、目からは大粒の涙が溢れて、錦戸の視界を濡らした。このままでは自分があまりに辛すぎる。そう思った錦戸は、慌ててポケットの中の携帯を探す。誰かこんなにも悲しい自分の気持ちを、力強く受け止めてくれる人。
 『―――もしもし』
 「…っく」
 珍しい着信者に首を傾げながら電話を耳にすると、受話器の向こうからしゃくりあげる声が聞こえてきたので、渋谷は二度ビックリした。
 「…亮?何泣いてんねん」
 その頃同じように自室で寛いでいた渋谷は、降って沸いた予想外の事態に慌ててベッドから身を起こす。横目になって受話器に耳を澄ませてみても、すすり泣く錦戸の涙声ばかりで、しかもそれが、泣いているうちにどんどんテンションが上がって来たのか、徐々にボルテージが上がり、遂にはわんわんと声をあげて泣き出してしまった。
 錦戸にしてみれば、受話器の向こうから落ち着いた渋谷の声を耳にした瞬間に、安堵してまた、涙腺が緩んでしまった。舞台上のテンション高い叫び声とは違って、普段の渋谷はとても静かな話し方をする。その、低いトーンの声を聞いた途端に、訳も分からずとても切ないと思ってしまった。
 「えー…っと、亮。大丈夫や、落ち着け」
 優しい渋谷のその声に、余計に悲しくなる。
 「村上くんに…振られました」
 しゃくり上げる合い間に消え入るような声でそう告げてまた、うわぁーん!わああん!と、今どき丸山くらいしかそんな泣き方はしない(それもまぁ、演技上の話だが)ベタな泣き声をあげ続ける錦戸に、渋谷は心底困り果てた。大体何でこんな時に俺んとこに電話してくんねん。俺ら普段そない仲よぅもないやろ。むしろ気まずいコンビや言われて照れ合うくらいやのに、どないしたらエエねん。
 「ちょ、待て…亮。一旦切ってエエか」
 渋谷もそれなり動揺していたらしい。言うが早いか錦戸の返事も待たずに終話ボタンをぶち、と押してしまう。途端に静かになった電話にほっと息を吐き出す。どないしょ、とりあえずヒナに相談…
 「…出来へんやんけ!」
 村上に振られたらしい錦戸が号泣して電話を掛けてきているのに、それをどうすればいいのかなんて、村上に聞ける訳がない。村上に相談、という選択肢を塞がれて、渋谷は大いに困った。横山に相談するのも微妙だし、それ自体が気まずい気がする。大倉は今頃もう寝ているに違いないし、丸山に的確なアドバイスを期待出来るのか、安田はもっと期待出来なかった。
 「しゃーないなぁ…」
 ぐるぐると部屋を歩き回った渋谷は、立ち止まってため息をひとつ。そして決心したように手の中の携帯電話を持ち直す。そして着信履歴を表示→発信。
 「…すばるくん…」
 ぐずぐずと鼻をすする錦戸は、しかし少しは落ち着いたらしい。ちーん!と鼻をかむ音が聞こえたので、少なくとも鼻水を拭くという思考回路は蘇ったらしい。
 「亮、聞いたるから、ちゃんと話してみ」
 出来るだけ優しい声色を意識して。自身はベッドの上にあぐらをかいた。他ならぬ村上が絡んでいるという話を、聞く責任があった。
 「俺…村上くんのことずっと好きで…。一大決心して付き合うて下さい、て告白したんです。そしたら、」
 「そしたら?」
 「大倉みたいにカレーをオカズに出来て、すばるくんみたいに下ネタにキレがあって、マルみたいにホモくさくて、ヤスみたいにイタくて、横山くんみたいに腹がぶよぶよしてへんかったら付き合われへん、言うてばっさり振られたんですよぉお〜」
 言いながらまた思い出して悲しくなったらしい、錦戸の声がまた少し涙声になるのを聞きながら、渋谷はたぶん、村上はそんな事は言ってないのだろうが、とにかく錦戸をこっぴどく振ったらしいという事は理解した。
 「ほーか…そら酷い話やな」
 若干苦笑いを浮かべながら、それでも渋谷は真面目に慰めにかかる。その優しい声が身に染みるらしい、錦戸はぐずる子どものようになる。
 「俺…ずっと前から村上くんが好きで…村上くんが裸にオーバーオールを着てた頃からずっとずっと好きで…村上くんが歯磨きしてへんかった頃から村上くんにちゅーしたいって思ってて…村上くんがどんどんキャラ変わって脇とかワッサーすね毛モッサーなってても全然かわえぇ思ったし…むしろ脱がしてガン見たい思って…やからゴツい村上くんを押し倒せるように…俺も体鍛えて…背も抜かして…好きで…好きで…めっちゃ好きで…ずっと片思いやった、やのに…」
 ぐず、と言葉を切った錦戸が鼻をすするのを受話器越しに聞いて、渋谷は何と言ったらいいのか言葉に詰まる。錦戸の恋心を知らない訳ではなかった。昔は気付かなかったけれど、錦戸なりの紆余曲折、葛藤を超えたらしい今は割と分かり易く好きオーラが出ていたから。嫌でも気付くというものだろう。
 けれど、それ以上に渋谷は知っていた。恋愛に関しては軽薄で貞操観念が低そうに見える村上が、彼らしくない固い決心として、ただ一人を決めてしまっている事を。
 とは言えその「ただ一人」の彼ですらがたまに疑いがちな村上の決心は、見え隠れする事もあるにはあったのだけれど。それでも村上は村上なりの真剣さで横山を想っていたし、それは彼(ら)の一番近しい位置にいる渋谷は、誰よりもよく知っていたのだ。
 「俺…横山くん程やないかも知れんけど、結構男前やし…最近はグッズ人気もたっちょんと並んでスゴいし…ファンの子なんか俺の投げキッスひとつでキャーキャー言うてるのに…何で村上くんには分かって貰われへんのやろう…」
 それが唯一の心残りだとでも言うように、錦戸は、深い深い落胆の息を吐く。
 それも渋谷は、何と言ってやればいいのか分からない気持ちで、考える。錦戸の問題ではないのだ。要は村上にとって、「横山より男前か、そうではないか」が全てなのであって、それだって単純に村上の好みの問題に過ぎない。横山の顔が、素晴らしく村上の好みであるというだけの事で、だから、はじめから敵う相手ではないのだ。
 だから今、渋谷は、錦戸にかける言葉が見つからない。
 何故、村上なのだろうという疑問は、この際胸に仕舞っておく。関ジャニ∞きってのブサイクで、オッサンで、デリカシーの欠片もない。それでも、好きなのだ。それら一切合切が見えているようで目に入らないくらいに、錦戸は。
 「…切ないなぁ、亮…」
 ぽつん、と呟いた。それは本音だった。想う相手に拒まれるのは辛い。渋谷も知ってる。張り裂けんばかりに悲しいその気持ちを、救い上げてはやれないけれど。
 「……亮?」
 いつの間にか、錦戸の声が聞こえなくなっていた。そっと耳を澄ませばかすかに聞こえる規則正しい寝息。泣き疲れてそのまま、眠ってしまったらしい。通話状態になったままの電話を、どうしたものかな、と考えた渋谷は、しばらく待っても起きそうもない錦戸に、一方的に電話を切る事にする。定期的に上下して聞こえる寝息に耳を澄ませながら、ふぅ、と肩を軽く回して。小さく呟いた。
 「ヒナの夢が見れたらえぇなぁ、亮ちゃん」

 おやすみ、と言って電話を切ると、涙の跡を残して眠る小さな「亮ちゃん」の姿はもう、見えなくなった。



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ルピシアの新作紅茶が「ハツコイ」という名前で、更にその香りが夏らしくとても爽やかに酸っぱかったので、思わず書いてみた小話(笑)

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