a Day in Our Life


2006年08月05日(土) 月と海。(トクマ+リンタロウ)


 「トクマ」

 口下手なリンタロウが自分を呼ぶ声まで、不思議と舌足らずな気がする、とトクマは思った。
 「トクマは、コウムラが好き」
 語尾が下がったせいで、断定をされたような気になったリンタロウの言葉は、実際はトクマへの問いかけだった。
 果たしてコウムラの事が、好きなのかどうか?
 そう聞かれても、トクマ自身が明確な答えを知らない。憧れなのか、愛情なのか、それとももっと別のものなのか。コウムラが自分を見る視線を嬉しいと思ったのはいつからだったか、それはひどく優しくて、「見守られている」と自惚れてしまった。
 自分の中に居る、もうひとりの自分。初めこそ受け入れようと思った。知らない間に出てきて、知らない間にいなくなる自分。それだって自分には違いないのだから、否定する事は出来なかった。けれど、そのうちに怖くなった。知らない間に言葉を発している自分。その言葉が、他人を傷つけている事に。そしてその事に気付かない自分自身に。
 だから、消し去ってしまいたかった。消え去って欲しかった。
 抹消しようとしたもうひとりの自分と向き合って、付き合え、とコウムラは言ったのだ。
 その言葉に、果たして救われたのかどうか。もうひとりの自分が、トクマの弱さである事にトクマ自身も気が付いていたから、厳しいコウムラがその人格を受け入れろ、と言った事に少なからず驚いた。トクマ自身が容易に認められないでいる自分を、コウムラが認めてくれた事が、嬉しかった。
 それらが果たして愛なのか、トクマには分からない。
 「…分からへん」
 ぽつ、と呟いたトクマの声に、リンタロウは大きな目を瞬いて、首を傾ける。
 「歌に、したらいい」
 「…歌?」
 リンタロウの言葉に、今度はトクマが首を傾げた。体を向き合って、僅か距離を詰めたリンタロウが、トクマの目の前に迫ってくる。両目を覗き込むようにして、リンタロウの漆黒の瞳がトクマを見た。
 「言葉に出来ない気持ちは歌にする。歌なら、うまく伝えられる」
 喋るのが苦手なリンタロウは、そうやって、歌にして気持ちを伝えようとしたのだという。不思議とメロディに乗せれば言葉は溢れて、きっとトクマの気持ちも、コウムラに届く筈だと。
 会話をするのは得意だった。他人に対して距離を感じないから、初対面でも物怖じせずに喋る事が出来た。けれど、とトクマは思う。たくさんの会話を操る自分より、不器用なリンタロウの方が、よほど気持ちを伝える術を知ってる。
 「俺、歌を作る。トクマの想いを歌う。コウムラにもきっと伝わる」
 曲を作ってくれるのだと言う。単語ばかりのリンタロウの言葉は、けれどじんわりと温かく、トクマの心に沁みた。確かに口下手かも知れないリンタロウは、しかしリンタロウの精一杯で、伝えようとしているのだと思った。
 だから。
 「…ありがとう」
 だから、向き合ってみよう、とトクマは思った。
 もうひとりの自分に向き合うように、コウムラと向き合う。伝えてみよう、と思った。



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タイトルはパンフレットから。
トクマは「月」、コウムラは「風」、リンタロウは「海」でした。

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