| 2003年02月13日(木) |
『バレンタイン』(ヨコヒナ) |
横山と村上、二人のラジオが始まる前に待ち室でまったりとしていたら、村上がポツリと
「今年のバレンタインは変やなぁ・・・」
しみじみと呟いてるのを見て、横山は「まだ始まってないやないか」と呆れたように言った。 大変というけれど、今は13日なわけで。本番であるバレンタインは明日だ。まだ始まってもいないことなのに「変」だと呟く村上。確かに、バレンタイン前だということで、今日の待ち人はチョコを抱えた人で溢れていて、いつもよりも大変だったからかもしれない。 しかし、明らかにそれだけではない雰囲気に、「なんや、修羅場でもあったんか」などと思ってもないことを言うと即座に否定されたけれど。 それでも浮かない顔をしてるのに、「なんかあったんか」と聞くと。
「内が俺からチョコ欲しい言うたんよ」
だからチョコ買ったんやけど。男にチョコ渡すん初めてや。 なんて淡々と言われたけれど。聞いた横山は「あ、そう」といつも通り興味なさげに答えたけれど、内心(なんや、それ)という気持ちでいっぱいだった。
内が欲しい言うたんは百歩譲って許す。好きなんやったら欲しい思うんはしゃーないやろ。 けど、なんでこいつはあげたん?
仮にも自分という『恋人』がいるのに、他の男にバレンタインチョコを渡すというのはどういうことか。 横山の心の中は荒れていたが性格からか表には出せずに、気にならないフリをするのが精一杯だった。
「なあ、ヨコはチョコ貰ったら嬉しい?」
いつもより声低めに、自信なさげに言われて。いつもと違う態度に横山はいつものようにちゃかすことも逆キレで返すことも出来ずにいた。 なんで急に聞いてきたのか。明日がバレンタインだからだろうけれど。
「まあ、貰ったら嬉しいやろうな」
それが誰からであっても。どんな気持ちが込められていても。チョコが貰えるということは男としては嬉しいだろう。 だから至極当たり前のように答えると「そうかぁ・・・」と何故か悩んでる風な村上がいた。 なんやねん、なんか変なこと言ったか?自分の発言に少し不安に思うと、突然村上が立ちあがった。 そして、ドア付近にあった自分のカバンを漁り出すと、何かを手にとって戻ってくる。 少し俯いて、少し顔を赤らめて。横山の目の前に手に持っていたものを差し出した。 それは丁寧に梱包された手のひらサイズのもので。その日を考えると浮かんでくる答えは一つ。
「チョコ・・か?」
コクンと頷く村上。しかしそれを差し出したまま何もしようとしない村上に横山も反応に困っていた。 顔を赤らめてチョコを差し出して。
まるで、告白する前の女の子状態やないか。
即座に浮かんだことに「阿呆か」と打ち消して。これがどうしたと言うと。
「一応、バレンタインチョコなんやけど・・・」 「そんなん見ればわかるわ。貰ったことを自慢したいんか?」 「ちゃうわ!」
少し苛立ったような村上の反応に、横山は困ったような顔を浮かべた。 相方とまで言われるようになったけれど、たまに相手の考えが読めずに困るときがある。 いや・・・・たまに、ではなく。いつもわからない。 行動パターンというのは読めるようになったけれど。どれだけ一緒にいたって相手の心だけは読めない。 それをごまかすようにキレてみたりしてるけれど。こんなときはどうしたらいいのかわからずに困ってしまう。 それはきっと、村上も同じだろう。 だからずっと一緒にいられる。心が見えないから、相手がすべてわかるわけじゃないから、知りたいと思う。知りたいと思うから、そばにいたいと思う。そばにいて、見ていたいと思う。その心はずっと続いていくんだろう。
そのまま黙っていると、村上がポツリと呟いた。
「・・・・横山さんへのチョコなんやって」 「え?ホンマか?」
まさか自分へのチョコだとは思わなくて、驚いたような表情を浮かべたあとそのチョコを受け取る。 誰からでも、チョコ貰えるのは嬉しいことやなあ。なんて思ったけれど。村上に頼んだ相手というのが気になった。 村上に頼める相手。ならば業界の人か、あるいは共通の友人の中なのだろうか?思って問い詰めると、言いにくそうに表情を歪めたあと。
「あんな・・・村上さんて人からやねん」 「そうかあ」
村上ってやつからかぁ・・ 目の前の真っ赤な顔をした村上に気づかないで、横山は村上という名の友人知人を一斉に探してみる。 地元の友達にはいない。業界の人にも・・・・チョコくれるような知り合いはいてへんなあ。 じゃあ誰や?そう思ったときにやっと目の前の「村上」に気づいた。
「ええ?」
予想もしてなかった展開に、横山は驚きの声をあげていた。 その反応に、横山がやっと気づいたと知った村上は「ニブいわ、あなた」なんて呟きながら苦笑いを浮かべた。
「内のチョコ買うついでにな、買ってみよかと思ってな」
ついでや、ついで。 照れくさそうに呟く村上を、気づいたら抱きしめていた。
「ちょ、横山さん。ここスタジオ・・」 「ええから。ちょっと黙っとけ」
「感動したんやから」言って、さらに抱きしめると腕の中のかわいい人はそっと横山の背中に腕を回した。
|