(28話・フィリップがリリィ白銀を救う方法を検索しているシーン)
「やはり・・・『アクセル』抜きで彼女を救えない。」 フィリップは右手の人差し指で自分の下唇の縁をなぞりながら呟く。
何度繰り返しても『地球の本棚』での検索結果は変わらない。 リリィ白銀の生命を救う為には『アクセル』のキーワードは必要不可欠だ。
「ねぇフィリップ君、やっぱり竜君にもう一度頼もうよ。」
ガレージのソファに横たわっている翔太郎の顔の汗を拭いながら亜樹子が言葉を掛ける。 だがフィリップは、
「僕はイヤだ!彼の所為で翔太郎は・・・」
傷だらけになった翔太郎がハァハァと呼吸を乱しながら苦しんでいる姿を見ると、 竜に対しての激しい怒りだけしか浮かんで来ない。 この怒りを抑え、彼に頭を下げて冷静に物事を頼める自信はフィリップには無かった。
「でも・・・リリィさんの生命が賭かってるんだよ?!」
それは亜樹子が言うまでも無い事だ・・・だが、 フィリップはどうしても彼女に答える事が出来ず、視線を外して無言で俯いた。
「じゃあ、アタシが行って来る!」
そう言って亜樹子はガレージから飛び出して行った。
(ごめん・・・亜樹ちゃん。 でも、僕はどうしても・・・彼を・・・照井竜を許す事が出来ない!)
フ・・・ッとフィリップはソファで苦しんでいる翔太郎に視線を向けると、 そのまま憑かれた様にふらふらと彼の傍らに歩み寄り、ぺたんと両膝を付いた。
「・・・翔太郎」
そっと耳元で名前を呼んでみる・・・だが答えは返って来ない。 翔太郎の意識は、ずっと失われたまま、 『HEAT』の熱で灼かれた傷の痛みにうなされ続けている。
あの時・・・ 翔太郎が放った『ツインマキシマム』の炎に全身を焼かれた瞬間の あの凄まじい熱を想起するだけで身体中の表皮が焦げ剥がされてしまいそうな気がして、 呼吸が止まりそうになる。
だが自分にとってあの灼熱は、 つかの間の苦痛に過ぎず、 変身解除した瞬間、身体の痛みは嘘の様に消失した。
『ダブルドライバー』を通して伝わって来たのは、 燃え盛る炎に全身を焼き尽くされ、 気が狂いそうな激痛に悲鳴を上げている翔太郎の意識だけ、だった・・・
ガイアメモリのダメージは普通の医学では治療出来ない。 本人の回復力を信じるしかない。 もし、このまま翔太郎の生命が尽きてしまったら・・・
「だから『ツインマキシマム』は危険だって・・・ 不可能から止めろって・・・あれ程僕が忠告したのに!どうしてキミは・・・! あんな、照井竜なんかの為に・・・!」
胸の奥から憤りを吐き出すかの様にフィリップは呟き、 翔太郎が眠っているソファの上に置いた右拳をギュッと硬く握り締める。
「この街の人間だから? 彼に涙を流させる位だったら、自分の身体はどうなっても良いって? 死んでも構わないとでも? ・・・・キミの方こそ、もっと周りを見たらどうなんだい!?」
強く握り締めたフィリップの右拳が小刻みに震え始め、 伏せられた彼の瞼から零れた透明な涙が、 白い包帯を巻かれた翔太郎の顔の上に数粒パタパタッと落ちた。
「・・・・・・・・・み・・・ず・・・」
カサカサに乾いた息に混じって漏れた微かな声にフィリップが想わず瞳を開くと、 薄く開かれた鳶色の瞳が自分の顔をじっと見つめていた。
「・・・翔・・・太郎・・・?」
呆然とフィリップは瞳の前の相棒の名前を呼ぶ。
「お前の・・・だったのか?・・・通りでしょっぱいと、思ったぜ・・・」
ハァハァ・・・と苦しそうな息を吐きながら、 形の良い唇の端を上げてフ・・・ッと微笑うと、
「すまねェ、フィリップ・・・」
「・・・え?」
「“周り”処か・・・ あん時・・・俺には、自分の隣も見えて、なかった・・・ やっぱ俺・・・『ハーフ・ボイルド』・・・だな?」
そこまで言葉を吐き出すと翔太郎は、 “うぅ・・・ッ!”と眉間を寄せ苦痛に顔を歪める。
「翔太郎!もう無理に喋らなくて良いから・・・!」
翔太郎は、 ゆっくりと右手を上げると、 心配そうな表情で見下ろしているフィリップの黒髪にすぃ・・・と長い指を差し入れ、 彼の頭の上に右掌を乗せて円を描く様に優しく撫でた。
「この街で一番・・・ 泣かせたくなかったヤツを・・・泣かせちまった、な・・・」
先刻からずっと流れ続けているフィリップの涙を見つめながら、 翔太郎は喉の奥から絞り出す様な声で囁いた。
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