| 2010年03月23日(火) |
こんなお袋はイヤだ! |
「おとっつあん、お粥が出来たよ。」
ホカホカと白い湯気が立ち登っている粥が入った椀を乗せたトレイを運んで来た フィリップはベッドで眠っている翔太郎の傍から声を掛けた。
「・・・ん?」
翔太郎は長い睫毛に縁取られた瞼を開いてフィリップの姿を認めると、 ゆっくりと上半身を起こしながら、
「おぅ、いつもすまねェなぁ、ゴホッゴホッ・・・って・・・・・・誰が『おとっつあん』だッ!?」
「おかしいな? 寝ている病人に対して粥を差し出す時に掛ける言葉は、これで間違いない筈だが?」
フィリップはベッドの上に上半身だけ身体を起こした翔太郎の太腿の上にトレイを置くと、 細い首を傾げながら、艶やかな唇を右の人差し指で撫でる。
「言葉自体は間違っちゃいねェんだがな・・・使い処がチョット間違ってるみたいだぜ? ところで・・・このお粥、お前が作ったのか?」
「あ、ああ・・・初めて作ったけど、どうかな?」
内心、不安を抱きつつ翔太郎は椀に添えられているスプーンを手にして粥を掬い、 恐る恐る口に含んだ。
「う〜ん・・・ん?うぅ〜ん???」
「どうしたんだい?翔太郎?」
「この味・・・どっかで・・・あ!判った!」
口腔内で粥を咀嚼した後、 しばし何事か想い巡らせていた翔太郎は突然思い当たったかの様に フィリップの顔を真正面から見つめた。
「このお粥・・・! 俺のお袋が作ってくれてたのと同じ味だ! おい、フィリップ!お前まさか、わざわざ『検索』して作ったのかよ?」
煮立てた白飯に卵を溶き入れてダシ醤油で薄く風味付けられた懐かしい味に、 嬉しそうに声を弾ませる翔太郎の顔を、 キョトンと黒い瞳で見つめ返しながら、フィリップは首を横に振った。
「いや違う。 この粥のレシピは、 以前、僕が風邪を引いた時にキミが作ってくれた時のモノだが・・・」
「え?俺が作ったヤツって・・・マジかよ?」
翔太郎は改めて瞳の前の粥とフィリップの顔をチラチラ見比べつつ、 再びスプーンに粥を掬って口に含んでみた。
改めて冷静に舌の上の粥の味を分析してみて・・・翔太郎は気付いた。 『お袋の味』・・・と言うよりも正確には『左家の食卓の味』と云う方が正しい。
翔太郎は幼い頃から良く母親の手伝いをしていた。 自炊する様になってから今まで意識した事は無かったが、 現在台所に並んでいる調味料は母が愛用していた種類とほぼ重複している。 無意識の内に使い慣れた物を選んでしまっているのだろう。
フィリップはここ1年余りとは云え、 毎日欠かさず翔太郎が作った料理を食べているし、使われている調味料も同じだから、 同じ味を再現するのは容易だった筈だ。
また翔太郎が作ったレシピを素直に再現したのは、 フィリップに過去の記憶が無い所為も有るのだろう。
数年前、元カノと『きんぴらごぼう』が辛いか甘いかで喧嘩になった事を、ふと苦く想起する。
さっきフィリップが粥を口に入れた瞬間、 『自分が作ったのと同じ味』では無く『お袋の味』だと思ってしまったのは、 自分以外の誰かが作ってくれた食事を口にするのが久し振りだったからかもしれない。
「フィリップ・・・ お粥とは言っても、 こんだけ俺ン家の味が出せんなら、お前いつでもウチに嫁に来られるぜ。」
「嫁・・・って? 何を言ってるんだい?翔太郎、僕は男だよ?」
冗談混じりに掛けた言葉を、真剣な表情で問い返すフィリップに向かって、 翔太郎は、
「だ・か・ら!これは冗談つぅか・・・モノの例えっつーか・・・」
“う〜ん・・・”と眉を顰めて返す言葉を捜し始めた翔太郎に対して、 フィリップはピン!と右手の人差し指を立てた。
「それに『嫁』と云う地位に就くならば、 食事だけで無く、掃除、洗濯など家事全般に長けている必要が有る・・・ それなら翔太郎の方が、僕よりよっぽど『嫁』にふさわしいんじゃないのかい?」
「バカ!何で俺が『嫁』に行かならなきゃならねぇんだよッ?!」
「ええッ?この表現は『モノの例え』じゃぁ無いのかい?」
やはり・・・ フィリップは日本語の使い処がチョット・・・いや、かなり間違っている様だ。 翔太郎は頭を抱えてハァと溜息を吐く。
「僕は・・・ お嫁さんにするなら若菜さんみたいな人が良い・・・」
相棒の悩みなど知らぬ顔で、 フィリップが独り言の様にボソボソ・・・ッと消え入りそうな声で呟いた言葉を、 翔太郎は聴き逃さなかった。
「出たぁ〜〜〜ッ!若菜姫〜〜〜ッ!!」
冷やかす様な口調で言われたフィリップはハッと息を呑み、 カァァッ!と頬を紅赤色に染める。
「お前の気持ちは判るけどよ、どう考えても若菜姫に家事は無理じゃねェの?」
「か・・・家事は僕がやるよ! まだお粥しか作った事無いけど『検索』すれば・・・」
耳まで真っ赤に紅潮させて、 しどろもどろ答える相棒の可愛らしさに思わず翔太郎は微苦笑する。
「そうだな・・・ま、お前だったら『検索』したら何でもすぐ出来そうだもんな。 よォし! じゃ『花嫁』・・・じゃねェ『花婿』修行も兼ねて、 これからは事務所の家事(?)も、お前ェにやってもらうとすっかな?」
「ええッ?やだよ・・・面倒臭い・・・」
途端にフィリップは眉間に縦ジワを寄せゴニョゴニョと語尾を濁して言い淀む。
「あんだとコラ! その面倒臭ェ家事を毎日、毎日、毎日・・・ 文句も愚痴も言わずやってる俺の身にもなってみろ!」
ガツン!と大声で一喝した後、 手元の椀に入った粥をスプーンで掬って黙々と口に運び始めた翔太郎に フィリップは小声で呼び掛ける。
「翔太郎・・・」
「あん・・・?」
モグモグモグ・・・と粥を咀嚼しながらフィリップに視線を向けると、 彼は、ふわりと微笑しながら、こう言った。
「キミの忍耐強さと精神力は確かに素晴らしい・・・ やっぱり僕は翔太郎をお嫁さんにするのが一番良い様だね。」
「何だそりゃ?!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・やっぱり間違ってる?(^^;)
(27話のラストでツインマキシマムを放った後、 怪我(火傷?)をしてベッドで療養している翔太郎君に、 フィリップ君がお粥を運んで来たりするかも?と云う自分勝手な『妄想』と、 「お前は俺のお袋か?!」と言う翔太郎君の台詞を絡ませて書いてみました。
こんな呑気なギャグばかり書いていますが、 翔太郎君がどうなったのか、かなり心配しております。 (ネタばれは絶対見ない主義なので・・・)
おまけ 『こんなNGはイヤだ?』
翔太郎 「お前は俺の嫁さんか?!」
フィリップ 「ちょっ!・・・ちょっと翔太郎?」
・・・・すみません、つい手が滑りました(^^;) )
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