Monologue

2010年01月28日(木) まちののらいぬ(『仮面ライダーW』ネタ)

・・・寒い、
ここは何て寒いんだろう。
手も足も冷たくかじかんで、まるで凍り付いたみたいに動かない。

ああ・・・眠い・・・
眠くて、眠くて堪らない。
このまま眠ってしまったら、きっと凍死してしまうに違いない。
やっぱり事務所でセントバーナード犬を飼っていれば良かった。
そうすれば、こんな時、必ず助けに来てくれるのに・・・。

ふと、倒れている僕の左肩に、何か大きな掌の様な感触が乗せられた。
その感触が僕の身体をゆっさゆっさと強く揺さ振る。

セントバーナード犬だ!僕を救助に来てくれたんだね!

“・・・ップ!・・・おい・・・フィリ・・ップ!”

おや?このセントバーナード犬は人語を話せるのかい?
何て利口なんだろう・・・素晴らしいよ・・・。



「・・・フィリップ!おい!起きろ!フィリップ!」

鼓膜の向こう側でぼんやりと響いていた呼び声が、
突然、鮮明に聴こえた・・・と思うと同時に意識も覚醒する。

「ん・・・。」

重い瞼を無理矢理こじ開けると、
瞳の前に心配そうな顔で覗き込んでいるのはセントバーナード犬じゃ無く、

「・・・何だ、翔太郎か。」

未だ、はっきりと覚醒し切れていない瞳を右掌の裏でゴシゴシ擦りながら彼に応える。

「何だじゃねェよ!またこんな処で寝ちまいやがって!風邪引くぞ!」

「そうだね、僕はキミと違って、風邪を引く可能性が高いしね・・・。」

「あんだと?」

ムッと眉を顰めた翔太郎の顎の下に向かって、僕は右掌を拡げてスッと差し出した。

「気付け薬をくれないか?」

「はぁ?」

不思議そうに瞳を円くする翔太郎に向かって僕は更に要求する。

「セントバーナード犬の顎の下の樽には遭難者に飲ませる為の気付け薬として
ウィスキーが入っているんだ、早く僕にそれを飲ませてよ。
事務所の棚の中に有る『オールド・グランド・ダッド』とか・・・。」

“ガツン!”と硬い拳が僕の脳天に思いっ切り打ち下ろされた。

「瞳ェ覚めたか?」

グーで殴られた痛みに、じんじんじん・・・と疼く頭を抱えて反射的にコクと肯く。

「ったく!油断も隙も無ェな!
何で事務所の棚の奥にしまってある酒の銘柄を知ってんだ?
しかも『オールド・グランド・ダッド』だと?ガキには20年早ェんだよ!
・・・もしかして、隠れて飲んだりしてねェだろうな?」

「まさか・・・。」

ギロッと鋭く睨み付ける翔太郎の問いを僕は首を横に振って否定する。

“『検索』はしたけどね”と言い掛けたが、また拳が振り下ろされそうなので止めた。

「お利口さんは風邪引かねェ様に、風呂に入ってさっさと寝ろ!」

“さあ!肩まで浸かって100まで数えろ!”と翔太郎に促されるまま、
僕は立ち上がり、ガレージを出て浴室に入った。



入浴後、パジャマに着替えて事務所のオフィスへ入ると、
翔太郎がガスコンロの前に立っている。

「・・・ちゃんと100まで数えたか?。」

“いい加減、子供扱いは止めたまえ!”と言い返そうとしたが、
ふと先刻の事を想起し、黙ってコクと肯く。

「そうか、じゃ・・・ほらよ。」

そう言いながら、翔太郎はミルク・パンから僕のマグカップに何かを注ぎ淹れると、
そのマグカップを事務所のテーブルの上にコト・・・と置いた。

マグカップに注がれた乳白色のロイヤル・ミルクティから湯気がふわりと立ち上っている。

赤いソファに腰を下ろすと、両掌で包み込む様にマグカップを抱えた。
・・・あったかくて、なんだかホッとする。

「あ、ちょっと待ってろ。」

そう言うと翔太郎は事務所机の脇に有る棚を開け、奥の方から1本の瓶を取り出した。
僕の向かい側に座って、
瓶の栓を開けると、
マグカップの上に黄金色の液体をほんの数滴だけ垂らした。

“ツン・・・”と熟れ過ぎた果実を連想させる香りが鼻腔を刺激する。

瓶に貼られた黒地のラベルには『114』と云う大きな数字と、
その下に『Old Grand Dad』と金色の文字が印刷されていた。

「翔太郎・・・。」

「気付け薬には、これっ位で充分だ。
コレ飲んだら、ちゃんとベッド行って寝ろよ。」

“ああ・・・。”と僕は肯いて、
掌の中のマグカップを、じっと見つめた。

ほんの数滴、ウィスキーを垂らされただけなのに、
普段飲んでいるミルクティーとは全く違う飲物に想えて、なかなか口が付けられない。

たが、
また翔太郎に『ガキ』とか『お子ちゃま』とか言われるのも癪だったので、
想い切ってマグカップの縁に唇を付け、ぐいと傾けた。

独特の強い香りと辛味がミルクティの濃厚な甘さと絡み合って舌の上に拡がる。
舌の上を滑り、喉を通過したその液体は、
まるで炎を纏っているかの様にジン・・・ッ!胃の中へと滑り落ちて行く。

胃の中に入った後も、
その液体はまるで燃えているかの様な黄金色の熱を孕んでいる。

なるほど、
これなら雪山で遭難しても、きっと一発で覚醒出来るに違いない・・・。

「翔太郎。」

「ん?」

翔太郎はいつの間にか取り出した自分用のグラスに『オールド・グランド・ダッド』を
注いで、口に含んで転がしている。

「事務所でセントバーナード犬を飼う必要性は、やっぱり無いみたいだね・・・。」

「当ったり前ェだろ!?
この狭い事務所の何処にあんなバカでかい犬を飼うスペースが有ると思ってんだ!」

“わんわんわんわん!”と、まるで吠える犬の様に、
激しい口調で捲し立てるこの男がいる限り、
僕はどんなに寒い処でも遭難せずにいられそうだ・・・。


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