Monologue

2010年01月08日(金) フィリップには早すぎる(『仮面ライダーW』ネタ)

「なぁ亜樹子、
悪ィんだけど、今日はもう帰ってくんねェか?後片付けは俺がやっとくから。」

「え?今日、事務所早く閉めるの?アタシ聴いてないよ?」
“何か訳あり?翔太郎君。”と不思議そうな顔つきで尋ねる亜樹子に
「ああ、ちょっとな・・・」と、俺はそっけなく答える。

「お前の言う通り、今日は、ちょっと『訳あり』なんだ・・・。」

“もしかして・・・女でも連れ込むつもりじゃないでしょうね?!”なんて、
余計な勘繰りをされるかと思いきや、亜樹子は何も尋かないまま帰って行った。
普段はスリッパを武器に、あらゆる事に激しいツッ込みを入れて来るが、
元々、勘が鋭い彼女は今日の俺の『訳あり』を、ちゃんと察してくれた様だ。

今日はおやっさんの命日。
あの夜から、今日でちょうど1年目だ。

「そろそろ亜樹ちゃんに、真実を話さないのかい?あの日、ビギンズナイトの事を。」と、
フィリップには言われたが、まだ俺はおやっさんが死んだ事を彼女に告げられずにいた。

事務所の扉の表側に『CLOSED』の札を下げ、内側から鍵を掛ける。

机の横にある棚の奥からドライジンとライムジュース、シェーカー、そしておやっさんが
愛用していたグラス・・・
おやっさんが生きていた頃には、指一本たりとも触らせてもらえなかった、それらの品々を
取り出す。

ドライジン(多目)にライムジュースを加えてシェイクする。

出来上がるのは、
ライムの酸味と仄かな苦味、ジンのキレと辛味、
ハードボイルドな男が飲むにふさわしい辛口のカクテル『ギムレット』。

名探偵フィリップ・マーロウを敬愛するおやっさんが仕事後に好んでよく飲んでいた。

ある事件がきっかけで出会ったおやっさんのダンディズムに心底惚れ込んだ俺は、
必死に頼み込んで、やっと何とか見習い弟子にしてもらった。

だが、俺がどんなに頼んでも『ギムレット』は飲ませちゃくれなかった。

“お前には、まだギムレットは早すぎるぜ。
お子ちゃまは、おうちに帰って・・・・“

ニヒルに微笑するおやっさんに言われる度、俺はくやしい思いをしていた。

早くおやっさんに認められたい、早く一人前になって、
フィリップ・マーロウとテリー・レノックスみたいに一緒にギムレットを酌み交わしたいと、
ずっと願っていた。
それなのに・・・。

俺は壁に掛けられたおやっさんの形見である、ツバに切れ目が入った帽子を取り上げると、机の上に置いて、薄い黄緑色のカクテルが入ったグラスを軽く掲げながら呟いた。

「やっと乾杯出来るな・・・おやっさん。」

その時、
“キィ・・・”とドアが開く音がして
地下のガレージで『検索』を終えたらしいフィリップが入って来た。

「何飲んでるんだい?」
お気に入りのハードカバーの本を抱えて、トコトコ・・・と傍に歩み寄ると、
好奇心に満ち溢れた黒い瞳をくるくるさせながら俺の手の中のグラスを見つめる。

「『ギムレット』・・・おやっさんが好きで良く飲んでた酒だ。」
「鳴海荘吉が?」
「ああ」
「へぇ・・・綺麗な色だね。僕にも飲ませてよ?」
「バッ!・・・バカ野郎!フィリップ!お前、未成年の分際で何言ってんだ!」

ふと、俺はフッと唇の端を引き上げてニヒルに微笑する・・・。
キョトンとした顔付きでギムレットを凝視している相棒に向かって、
かつて、俺がおやっさんから何度も言われた台詞を言ってやった。

「お前には、まだギムレットは早すぎるぜ。
お子ちゃまは、おうちに帰って、ママのおっぱいでも飲んでな。」

く〜〜ッ!一度言ってみたかったぜ!このカッコイイ決め台詞!!
なんて、自分で言った台詞に自分でシビれていた・・・が、

「・・・『おっぱい』と云うのは、どんな飲み物なんだい?翔太郎。」

好奇心に満ち溢れた相棒の声が俺を現実に引き戻す。

「それは子ども専用の飲料物なのだろうか?・・・」
フィリップは左手の人差し指で、つやつやした唇を撫でながら、ぶつぶつ呟く。

しまった!『検索』スイッチが入っちまった!!
しかも依りに依ってその『KEYWORD』が・・・

「実に興味深い!
さっそく『おっぱい』の全てを極めなくては!!」

そう言い放つとフィリップは、くるっと踵を返し、帽子掛けを兼ねている扉を開けて、
カンカンカンと靴音を響かせながら地下ガレージへ駆け降りて行った。

「おい!待て!相棒!」

俺は慌てて立ち上がると、
フィリップのひらひら旗めくロング・パーカーの裾を必死に追い掛けた。

『ギムレット』も早いが、『おっぱい』は、まだまだまだまだ早すぎる!!
てか、お前には刺激が強すぎる!!

ライム・ジュース飲ませてやるから、止まれってんだよーーーッ!!


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