Monologue

2002年10月10日(木) 恋休

「そう云えば、本当は今日は休日の筈だったんだよな」
指定席の場所を確認する為に切符を見ていたレオリオが想い付いた様に言うと、
「ああ」
揺れる列車の中、向かい側の席に座りながらクラピカが肯いた。

「本当は今日が『その日』だったのだからな……」
感情の伺えない、澄んだ声音で呟きながら、彼は窓の外に視線を向ける。
鬱蒼と茂った濃緑の樹木が傾き掛けた太陽の光に照らし出されている。

「今日が祭日に認定されてからは、ずっと休みだったもんな」

だが数年前から政府が『ハッピー・マンディ』と称し、
祭日をそのまま休日とはせず、
その週の月曜日を休日にして土日と合わせて連休が取れる様にした為、
『カレンダー上では祭日なのに休日では無い日』が発生する様になった。
そう、今日の様に……

「そうだよな、
昔は今日休む為に、わざわざ有給使わなくて良かったんだもんな、たしか……」
レオリオが、顎を右掌で撫でながら呟くと、
「別に私に付き合って、無理して行く必要は無いだろう?私はともかく、お前は……」
何処か無愛想に感じられる口調でクラピカは言う。


病院勤めのレオリオと違って、
自宅で『古代絵文字の翻訳』をしているクラピカは、
締め切りが有るとは云え、期日までに仕事を仕上げれば良い訳だから、
それに合わせて休日は比較的自由に取れる。

「休日が週明けに移行して以来、『祭』も週明けに移行している。
お前はそれに合わせて、休日に行けば良いではないか。
そうすれば『祭』も見られるし……」

「ちぇッ!つれねぇ事言うなよ」

レオリオは懐からタバコの箱を取り出し、1本咥えるとライターで火を点けた。
薄く開けた車窓から紫煙が静かに外へ流れ出して行く。

「それに、俺一人で行ったって意味無ェじゃん」

“車内は禁煙だぞ!”と、
普段はすかさず怒鳴る筈のクラピカも、黙り込んだまま何も言わない。



やがて列車は駅に着いた。

二人がホームに降り立った時には、既に太陽は、そのほとんどを大地に沈めていた。

「着く頃には夜になっちまうな」
溜息混じりのレオリオの言葉に「ああ」とクラピカは肯いた。

レオリオの言葉通り、
二人が其処に着く頃には、辺りは夜の帳に包まれていた。

「相変わらず、スゲェ星だな」
頭上に輝く幾億もの星々を見上げながら、
レオリオが感心した様に言う言葉に、白い吐息が混じる。

昼の間は太陽に依って温められていた大気も、夜は本来の冷気を取り戻した。
黙々と歩き続けるクラピカの唇からも、時折白い吐息が漏れている。


やがて……
絡み合った枝々に閉ざされていた視界が突然開けて、二人は其処に辿り付いた。

“ああ……”と、
傍らのクラピカが声にならない歓声を上げた。

喜びとも哀しみとも付かない……
或いはそれらの入り混じった叫声。

彼は緋赤色に変化した両瞳を懐かしそうに細めた。

数年前の今日、
その美しさ故に、無残に虐殺された同胞達と同じ色の瞳……

休日が移行した為に、その日に合わせて行われる様になった
『慰霊祭』の為の櫓は、まだ建て掛けのまま放置されている。

「『慰霊祭』には、やっぱり行かねぇのか?」
答えの判り切っている問いを掛けると、
「ああ」と彼は小さな背中を向けたまま予想通りの答えを返した。

「ああ云う風に仰々しく騒がれるのは好きでは無いし、な……」

それは彼自身の事なのか、
それとも喪われた彼の同胞達の事なのか……


数年前、
まだ今日が休日だった頃、
楽団の演奏に依る『鎮魂歌』や政府の代表者に依る『慰霊の辞』
そして沢山の人々に依って賑々しく執行される『クルタ慰霊祭』を、

クラピカはいつも何処か醒めた瞳で見ていた様な気がする……と、
レオリオは想起する。

やがて、かつてのクルタ村の中央を流れていた河のほとりに来ると、
クラピカは懐から、藁で作った小さな舟を取り出した。

「レオリオ」
俯いたまま、微かな声が呼ぶ。
「火を貸してくれないか?」

差し出したライターを受け取ると、
クラピカは舟の上に立てた蝋燭に火を燈した。

“いついかなるときもこころすこやかに……”

彼の故郷の祈りの言葉を唱えながら、
クラピカは水の上にそっ…と舟を浮かべた。


ゆらゆら流れて行く蝋燭の円い光を迎える様に、
河面に映った夜空の無数の星々が煌きながら、どこまでも流れて行く……


これは彼だけの『慰霊祭』



『ハッピーマンディ』とやらの所為で、休日が移行すると聞いた時、
それに依って、子供達が正しい祝日の日にちや由来を覚えられなくなるのでは無いか?と、
当初レオリオは懸念した。


だが
『記念日』と云うのは『誰か』に決められるものでは無い。
ましてや簡単に移行したり出来るものでも……


“クルタの民を永遠に称えよう、この緋き瞳の証と共に……”


レオリオはまだ祈りを唱え続けているクラピカの右肩にそっと右掌を乗せる。


微かに震える細い肩を抱き寄せながら、ゆらゆらと流れて行く無数の光を見つめていた。



(『恋休』は『れんきゅう』と読むらしいです。おあとが宜しい様で……(バキッ!)
こう云う忌日が休日になる事は無いだろうと思うのですが、
どうか深く考えずにお読み下さい(^^;))


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