『忘れじの風』 - 2007年05月27日(日) ぱちり、と音を立てた花鋏が、青い小菊を茎から切り離した。 左腕にかけた花籠に切ったばかりの枝を入れて、 両手は次の花を選びにかかる。 見定めた枝には、花がひとつと蕾が幾つか。 左手を添えて鋏を使おうとしたその時、 足元に控えていた犬のジョゼが「わふ」とひとつ鳴いた。 驚いて手を止めた彼女は、 くすくすと笑いながらジョゼに向かって声を掛ける。 「もう少し、いい子だから待っててちょうだい。ね?」 視線だけを飼い主に向けた大きな犬は、背を向けて大人しく座った。 そうすると、背中にかけての黒い毛並みが良く見える。 白いシャツに黒いベストを羽織ったようなジョゼの毛並みは、 春の浅い今の頃合が一番似合って見える。 背を向けた愛犬にもういちど笑い声を零すと、 彼女は急いでもう二つ三つ花枝を切った。 「さあ、赤で最後よ。……今日はきっと手紙が届くわ。急がなくては」 青の小菊の群生地からそっと踏み出すと、 ジョゼも尻尾を振って歩き出す。 先触れを勤めるかのように僅かに先を行くその姿。 白いローブの裾を揺らし、風に舞う黒髪を押さえながら彼女は微笑んだ。 この村はずれの場所に隠れ住まいを持ってしばらく経つ。 日課は、近くの小川の傍に群生している4色の小菊を摘むことくらいだ。 ただただ、穏やかに暮らすことを許されている。 あの忙しなく荒々しかった日々がまるで嘘のように。 いや……。 王都に戻ればその名残は今もまだ続いているに違いない。 絶える事無いセシルの手紙からはそんな気配が感じられる。 復興の途上にある都は、熱気と混乱とで満ちていることだろう。 定期便がいつもどおりに今日届けば、 またその事実を実感出来るはずだ。 水のせせらぎに守られ平和を約束された場所。 望みを問われた彼女が、ひとつだけ願って そして与えられたのがこの暮らしだった。 「ジョゼ、止まって」 赤の小菊の群れを通り過ぎた犬を呼び止めて、 彼女は花籠から鋏を取り出した。 そうして佇む飼い主のローブの裾を掠めて、白と黒の風が駆け抜ける。 一旦駆け抜けていったジョゼは、 引き返してきて足元に丸くなる。 あと少しだけねと微笑んだ彼女は早速花を見繕い始めた。 赤い小菊が彼女は一等好きだった。 この花は去っていった彼をどこか連想させる。 例えすれ違ってしまっても、彼女の想い人はただひとりだけだった。 一度さだめてしまった心は、 争いの静まった今になってもそう簡単には動いてくれそうにない。 今頃彼はどこでどんな風に暮らしているのか。 飽きる事無く思い浮かぶ疑問に答えが出る日はきっと一生来ない。 だから彼女は、思う存分に想像して祈ることが出来た。 どこかで生きていて欲しい。 平和などこかの街か村かで、穏やかな暮らしの中にあって欲しい。 別の女性を傍らに伴っていたって構わない。 ……少し、切なくは思うけれど。 そして、彼に似た子供たちに囲まれて、笑って生きていて欲しい。 争いの中でいつも悲しげだった彼だから。 命さえ危うかったあの動乱から連れ出そうとしてくれた彼の、 手を離すことを選んだのは自分だった。 進んで手を離そうとしたわけではないけれど、 己の命と己の責任とを天秤に掛けて前者を選べなかった時点で、 道は彼と隔てられた。 結果的に生き残ることは出来たけれど、 別たれた道は二度と交差することは無い。 凛と咲く赤い小菊。 ぱちりと、彼女は茎に鋏を入れた。 白と黄色そして青の中に切り立ての赤を添えると、籠の中は一気に明るくなる。 ざわめく風のなか、花籠を見つめて佇んでいると 背後の屋敷の方から己の名を呼ぶ声が聞こえてきた。 優しいアルトの女性の声は、いつも手紙を届けてくれる馴染みの友のものだ。 遠い相手に届くように彼女は一度応えを返すと、 もう二枝、赤い小菊を切って花籠に加えた。 これで今日の日課は終わりだ。 「ジョゼ、行きましょう」 足元で立ち上がり、風に乗って届く声に耳をぴくぴくと動かしていた忠犬に そう声を掛けて彼女は歩き出した。 歩みとともに花籠の中で小菊たちが踊る。 せつなくはある。 けれど後悔はしていない。 赤い小菊をそっと指で撫でると、 彼女は今日も広がる青い空に向かってひとつ深呼吸をした。 【End】 **** 書けた。 良かった……。 本当はもっとこう、穏やかで切なくて、みたいな雰囲気を 出せると良いのですが……。 あああ、誰か映像化してください(無理です) 先日の夢のエンディングの方です。 前半の方では現代モノっぽかったのに、 後半ではきっちりファンタジー風になっていたのも夢ならでは。 というわけで、単語は後半にあわせています。名前も。 なのに何故小菊なのか。 ……夢の中って何か変。 (全部辻褄合ってる夢はきっとあんまり無い) 矢車菊とか、クリサンセマムとか、 ちょっと単語をずらそうかとも思ったのです。 ですが矢車菊では花の形が違うし、 クリサンセマムでは何の花のことかすぐに解らない気もしたので (日本の小菊と、一般的に言うクリサンセマムも違いますしね) 真っ向から小菊としました。 私そんなに菊の花って好きなほうではないのですが、 この夢の中では本当に綺麗でした。 この夢を見て思ったわけでした。 ああ、木蓮だ。 と。 このときの主点人物は、前に書いたとおり女性だったんですけれども、 木蓮とそっくりで。 で、気づいて微妙に凹んでしまったという……。 お蔭で自分的にも色々と気づくことが出来たので良かったかな。 気づくだけじゃまだダメなんですけれど(笑) 機会と勇気があったら前半も書き起こしてみたいですが、 あちらの方は設定から整合性が取れきれていないので ちょっと大変そうです。 2部構成っぽいしなぁ。 とりあえず。 上弦のお月様のシーズンに入りますよー。 鉱石をお持ちの皆様は、 エネルギー補充を忘れずにしてあげてくださいね。 今年に入ってからの満月デーは雨が多い体感なので、 上弦のお月様から積極的に外に出す私でした。 ...
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