『輪廻天舞』 - 2006年10月26日(木) その年の秋の暮れ、飼っていた猫が子供を産んだ。 エリイの初めての子供たちは全部で5匹も居て、 真っ白が1匹、白と黒の斑が2匹、真っ黒が2匹だった。 マフィの胸を騒がせたことに黒の1匹は青い目で、 まるで誰かを連想させるような色合いをしていた。 散々迷ってから、マフィはその猫に、いちばん大事な名前をつけるのを止めた。 (猫は猫、あのひとじゃない) それに猫の寿命は人よりもずっと短いのだ。 またその名前に置いて行かれることになったら、 今度こそきっと耐えられない。 この頃「少し落ち着いたね」とか「大人になったね」と言われるようになった。 髪が長くなったからだろうか。 子供の頃からずっと耳下の位置で揃えていた髪を、 あれから数ヶ月、切っていない。 たくさんたくさん、撫でてもらった髪。 弱い自分は折れそうな心を支える何かが必要で、 あの人が触れた場所をほんの欠片でも自分の身から離すことが出来ずに居る。 それは、きっと彼が知ることになれば重く感じるはずだと思うけれど、 いつか心丈夫になるまでは、この衝動を宥めるのは無理だ。 真夜中、不意にどうしようもないせつなさに駆られて、 毛布に包まって泣き暮れることがある間は。 枕には涙の染みがいくつもいくつも重なった。 朝、目を真っ赤にして起きてくる娘のことを、 両親がとても心配してくれているのは分かっていた。 けれど何を言うでもなく見守ってくれて、 どうしようもなく危うげな時にだけ抱きしめてくれる優しさが嬉しかった。 汲み立ての井戸水で十分に目元を冷やすために、 以前よりも随分と早起きになった。 化粧の仕方も覚えた。 ごく薄い化粧は、赤い目元を隠す手伝いをしてくれる。 当然、声を殺して泣き尽くした後だから化粧乗りは良いはずもなく、 ごく至近で会話をする人には誤魔化しきれないことは分かってるのだが、 すれ違う人にぎょっとされない程度の腕前にはなった。 何を食べても美味しいと感じられずにいた食事の味は、 この頃ほんの少しだけ戻ってきたような気がしている。 兄が何くれと無く、赴任先の名物を細々と送り続けてくれるせいかもしれない。 どこでどこまで聞き知ったのかは不明だが、 ――殊によると、最初から全部見ていた可能性もある。 何分、空間移動の不思議な力を持っており、物見高い性分のあの兄のことだ―― 欠片でも事態を知った兄は、妹が陥る状況を察したのだろう。 兄妹は、例え好みのものでなくても、人から貰った物を喜ばないのは 人として真心に欠けるとして躾けられてきた。 食べ物を送ってやれば、無碍に跳ね除けるようなことも出来まいと思ったに違いない。 そして口惜しいことにその意図は的の真ん中を射抜いた。 食事の問題に関していちばんの功労者は兄だった。 時間時間になれば僅かだが空腹を感じるようにもなっている。 数ヶ月前に衰弱死という言葉を脳裏にちらつかせた人々は、 きっと安堵しているはずだ。 少なくとも、今のマフィから死を思う人は居ないだろう。 「今度会うときは、きっとマフィもお母さんに……」 時折空耳を掠める、今際の言葉。 あの言葉の意味をずっと考えている。 素直に、マフィが母親になるくらい時が経てば会えるという言葉だったのか、 生まれ変わった彼の母親になれという意味は考えられるのか、 それとも早く大人になりなさいということを遠回しに言い換えたのか。 今はもう正解を尋ねることもできないけれど、 ちょっと酷い言葉と思ったりもする。 母親になるということは、他に人生を共にする人を見つけるということだ。 ほんの少しだけ恨み言を思おうにも、 お母さんという響きがあんまりにも優しいから逆にせつない。 そして、彼が未来のことを楽しそうに語る姿を見たのは この時が初めてだったから、思い出すだけで泣けてくる。 死の間際にようやく語られた晴れ晴れとした未来の光景。 そこまで思えば、泣ききってしまうまで涙は止まらない。 そもそも自分が母親になるなんて想像できないのだけれど、 せめて子守唄の練習でもしておこうかと思う。 子守唄ならたくさんたくさん知っている。 物悲しいものから慈愛に溢れたものまで、好みに合わせて選り取りみどりだ。 いっそベビーシッターに転職してみるのも良いかもしれない。 (しませんけれどね) 魔導士のマントは、結局事件以降も身につけ続けている。 茫然自失状態だったしばらくは休みもしたし、 この数ヶ月、何度となく首都を離れようと思ったこともある。 けれどそれを実行に移せなかったのは、 思い出に溢れすぎたこの街が悲しみを誘うと同時に、 愛しくあたたかく、かけがえのないものだという気持ちを思い出させるからだった。 マフィの中で、これ以上の輝きは無いまぶしさで光を放つ感情。 それは、彼が教えてくれたものだ。 世界の輝き、かけがえのなさ、愛し方。 それは忘れてはいけない、マフィに残された形見だ。 悲しみから逃げることは、そのまま形見を放り出すに等しい意味を持つ。 きちんと笑える日まで、笑えなくても受け止めて自分の足で歩いてゆける日が来るまで。 この場所から離れてはいけない。 逃げればマフィの生は意味を失うだろう。 それに、彼にとても良く似ている国王を放っておけるはずも無い。 この世界を守ろうとして非情な面を見せた国王。 けれどそれは国王として当然の行動と思う。 王が国を守らずして他の誰が守るというのか。 その立場は推察できたから、マフィは国王を責める気持ちは持ち合わせて居なかった。 世界に対して抱く哀しみと同じ心境で相対するだけ。 責める気持ちが生まれ得るというなら、他の誰よりも先に自分を責める方に使うだろう。 先のことなど見えはしない。 今は嘆き悲しみ続ける自分の心を支えるのに精一杯。 明日のことを思い描いたり、遥か未来に夢を馳せたり、 そんなことはなかなか難しい。 それでも、この心が愛おしいと思う気持ちを感じられる限り生きていたいし、 生きることを止めたいとは思わない。 「楽しいことばかりだったらきっと楽しいことなんて分からなくなってしまうよ」 あの人の言葉を思い出す。 だから、この涙がいつか、優しさに出逢ってあたたかく溶けていくように願う。 聖地を探している。 春を夢見てどこかで眠っている蝶々、その目覚めを待ちながら。 いつかこの冬の果てに、生まれ変わって出逢うその時のために。 【了】 ...
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