どっちの料理ショーかなぁ。 - 2006年07月29日(土) 予定通り、『ゲド戦記』観てきましたよ〜。 ネタバレは一切なしの方向で行きたいと思います。 というわけで感想。 うーん、観た感じは、そんなに悪い評価でもないです。 親父さまの作品が、その物語にどどーんっと押し流されて 心の中がいっぱいになって圧倒される感じだとしたら、 この『ゲド戦記』は、比較的冷静な目で最後まで見られた気がします。 映画の途中でいちばん最初に思った批評らしい批評は、 「ものすごく真っ直ぐ切り込んでくる」ということ。 まあ、よくもまあこうも真っ向から現代社会に挑んだものだわ、と。 衒いも躊躇いも無い、率直過ぎやしないかと思う真っ直ぐさ。 親父さまの作品は、取り組むものへ対しての理想や希望が ハッピーエンドに完結するというスタンスが基本だと思うのですが、 この作品はそんな感じでもない。 「ただしいこと」であって「正義」ではないとでも表現したらいいのかな。 同じ刺身でも、 釣りたてを船の上でそのままさばいて出されたぶつ切りで、 産地直送の活きのいいやつをお造りにした船盛ではない、と。 ……分かります? どっちが美味しいとか、そういう話じゃないですよ。 どっちにもそれぞれの美味しさがある。 終わってすぐ思った感想は、 「これは評価の分かれる作品になるだろうなぁ」と。 ぶっちゃければ、批判の声も多く集まるんじゃないかと。 私自身は好感を持ったので、不安半分な感じ。 不器用なくらい真っ直ぐなんですよ。 飾らない。 語りすぎない。 逆に、ちょっと寡黙すぎるんじゃないかと思うくらい。 だから、語られない部分を自分で補う。 自分で補って考えて、物語と自分の思考を繋ぐ。 批評の目で物語を見る。 物語に圧倒されないということは、 ストーリーの最中に行間読みが出来ちゃう。 今日は、本を読むように映画を観ていた、と思います。 親父さまの作品は、私にその余地をなかなか与えてくれません。 完結したひとつの思考体系であって、 そこから引っ張り出してきて「感じる」ものはあれど、 そこに自分で「加える」ものはほとんどない。 もいちどお断りしますが、 決してどっちが良いとか悪いとかじゃないです。 映画に与えられること・全て語られることを求めて、 それが絶対の価値である人には ちょっと大変な映画かもしれません。 同じ血の流れは感じます。 でも、決して亜流だったり、コピーだったり、模倣だったりはしない。 そんな今日の感想なのでした。 ...
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