| 蛍桜 |
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| 少しだけ戻った時計に |
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少し見習おうと思った 過去の私を 見習おうって思うことはおかしいですか? 過去の自分を見習うのは 成長できていないってことですか? 退化しているのでしょうか 私はあの頃みたいに価値観を述べることが出来ない なんか 世間を知りすぎた 自分の世界をなくしすぎた また、あの頃のように戻れるかなと思って日記を開くけど やっぱり同じだったりするのです 何も変わらないのです 2002年の7月には、「死ぬ」とか「生きる」とか いっぱい書いてました 死にたいと、死ぬとは違う 生きたいと、生きるとは違う でも生きたくないのに私は生きたいっていってる 死にたくないのに私は死にたいっていってる 死にたいって嘆くのはある意味 現実逃避とかそんなんじゃなくて ちゃんと現実を見ていることなんだろうと思った 現実を見ているから死にたいって言えるんだろうなって 周りに誰もいなくて なんか 本当に誰かに傍にいてほしいときには誰もいなくて なんかもう、そういうのは当たり前で 決まりごとなんですね 必要とするときに必要なものがない というよりは 必要なものがあるときは必要だと思わない、っていうのが正しいかな なんか、前みたいに私の気持ちを見つけれないです 風がつれていってしまったように 粉々になってしまったように どこかにいってしまった 強い意志なんて、とっくに消えうせましたよ なんか、なんかなぁ・・・ 自分を知りたい もっと分かってあげたい だけどそれで何か変われるわけでもないのに あの頃の私は自分を「汚い」と言ってた 今の私は自分より汚いものをたくさん知っている けれどどこかで自分を嘲り笑うことを知っている だから自分を汚いということは 本当に思っているわけじゃなくて 自分をバカにしたい時に使う言葉だって思い始めてる もっと論理的に考えないで 心の中から直接出てくる言葉ってものがないだろうか なくしてしまったのだろうか これが 大人になったってことなのだろうか なぁ 言葉で言い表せないくらい寂しいのは なんでよ? |
| 2004年05月16日(日) |
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