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教養と無学の間
2005年05月29日(日)

昨日は美術館へ行き、名画とふれあった。
じかに絵を見ることは、作者を身近に感じることができるので好きだ。
油彩画の「ピッ!」ないし「ほわっ」といった描き味の巧さに感服。
「いやー、すごい!さすがっス!」
「こんなにでっかい絵、どうやって描いたの?」
「キャンバスに寝っ転がったの?」
そんな質問攻めを浴びせたくなる。
その人はもう数百年前に亡くなっているのに、
そんな気分になってしまうのは、実はすごいことなのだ。
心が、同じ次元に引き寄せられていく。
美術館はその入り口だ。

しかし、自分があまりに画家の名前を知らないことに気付く。
最近気が付いたのだが、私は文化・芸術方面の教養が著しく欠如している。
一見大学とかを出てるからといって油断してはいけない、
ここまで常識の欠けた人間もいるのだなあ、となぜか他人事の目線で考える。
絵の名前だって、「モナリザ」と「最後の晩餐」「落ち穂拾い」ぐらいは
ギリギリ知っているが、……画家の名前はさっぱりだ。
唯一知っているレオナルド・ダ・ヴィンチは、
画家だけど画家じゃないような気がするし。
あっ、ゴッホは知ってる。
ピカソも知ってる。
箱根で待ってる人だ(彫刻の森美術館のCMソングより)。

ピカソと聞くと、アニメ「めぞん一刻」のテーマソングを
歌ってたグループも「ピカソ」だったなあ、という無駄な知識を思い出す。
“サヨナラの素描(デッサン)”とか、「え、ピカソだけに?」なんて。
はたして、このネタについてくる人はいるのか?
ええい、いなくても構わぬわ!!ザシュッ(※殿がご乱心なされたようす)。

教養はなくても部分的な雑学ならある。
日本で初めて「フロート」を出したお店が、
銀座の資生堂パーラーだということは知っている。
クリームソーダを飲みつつ披露できるような雑学はあるんだが、
守備範囲が点在している状態なので、なるべく面に近づけていきたい。
……なにごとも勉強あるのみ、である。

今日は小説を買う。
仕事の事情でたまたま知った若い作家さんの作品。
こういうご縁から、何か面白い世界が発見できるかもしれない。
いろんな“きっかけ”に積極的に関わっていかなくちゃ、勿体ないのだ。