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普通の会話恐怖症
2005年05月19日(木)

帰りがけにカバンが壊れた。
すごいラッシュだったから無理もない。
右手とかが壊れなくてまだよかったよ、とマウスを握りつつ思うのだった。

仕事の能率をなんとか上げたい!と思いつつも、作業が遅いなあ自分。
周りの人が早いだけなのか?それとも自分が遅いのか?
そのへん、どこまで頑張るべきなのかが時々わからなくなるのだった。
自分の輪郭をどこに見いだしたらいいのだろう、なんて。
限られた範囲でいいから、考え方とか特性やなんかが
もっと認知させられればいいんだろうけど、時間はかかるだろう。

大学の時の共同体は、今いる集団から見てすごく特殊だったと思うし、
私はその中でも更に特殊なはやさんだったからなあ。
で、今いる所も社会の中ではすごく特殊なんだろうし。
そうなってしまうともう、今後の人生はどこに飛び込んだとしても
「特殊なポジション」以外の道はないんじゃないだろうか。
じゃ、迷わずに特殊な方へ行くよ。
しかし特殊というのはフリーランスなぶんだけ迷いがつきもの。
なんにせよ迷うのだなあ。

最近、自分は普通の会話が苦手だということを発見した。
「休日は何して過ごすの?」とか、普通のことを訊かれるのが苦手である。
何してるかなんて急に言われても思い出せないし、
なにより当たり前の答えじゃつまんないと思うから悩んでしまう。
毒にも薬にもならない質問にも身構えて、面接並にギクギクしてしまう。
私には普通の質問に普通に答えられるような能力はない。

週末が近付くと怖い質問が「今度の休日はどこに出掛けるの?」である。
休日は何かをしたり、どこかに出掛けたりするものだと思う人が多いが、
私は、そもそも休日とは休む日だと思っている。
王道の中の王道を行く定義だと思うんだが、世論の支持をどうも得ない。
経済活動が活性化しなくなるからだろう。
それに、休日とはいいながら心は決して安まらない。
そういうのが、人間だもの。 みつを

何か訊いてくるにしても、「ソムリエって、外人の名前っぽくない?」とか
そういうのだったらいいのになぁと思う。
「あーそうですね、ソム=リエとか、韓国に嫁入りした日本人ぽいですよね」
って感じで軽く返せるのになー。
なんで誰もそういう質問してこないんだろう。
休日に関する質問にしたって、もうひとひねりあると違うのに。
「今度の週末をSMAPでたとえると誰っぽい気分?」
「んー、森くんですね」
「おおっ、ベタなところ行くねー」
気分的にはレーシング!