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ノートパソコン抱えて白い砂浜駆け出そう、そしてすぐ戻ろう
2005年01月07日(金)

今日も寒いなー。特に天体観測していると寒い。
犬の散歩をしながら、一万年ぶりに近付いているという彗星を探す。
しかし、いまいちどの星なのかよくわからない。
わりと田舎なので、都会に比べたら見付けやすいとは思うんだけども、
かえって埋もれている感じもある。

「一万年かあー。じゃあ、あたしは次はもう見られないんだろうなあ」
「あんたに限らず、たいがいの人がまず無理だと思うよ」

彗星を愛するほとんどの人にとって、ラストチャンス。
さすがに天体はスケールがでっかいどう(←“北海道”っていう単語が
出てきていない文章では、あまり用いられない言葉)。

星を見ていると、星を見ている自分と星の寿命とをなんとなく比べては、
寿命という概念が星にまでつきまとうという果てしない事実を思い出す。
ものごとには始まりと終わりが付き物だと言うことを、
遠くから思い知らされる感じだ。

そりゃあ、いいことでも悪いことでも、始まれば終わりが来る。
それは当たり前のことだけども、その状況を憂うことが、
人類の悩みの大半を占めているような気がする。
生き物は自然の一部であるかぎり必ず変化するものだけど、
記憶力が強靱な生き物ほど、その変化を受け容れる時にストレスを感じる。
その変化に頑張って付いていく、という感じではなくて、
その変化を楽しんでいく能力が欲しいものだなあと思う。
私の場合、状況の中で精一杯頑張るということには意識が行きやすいけど、
果たして楽しめているかっていうと、ちょっとわからない。
もう少しだけ、余裕が必要なんだろうけど。

やるべき事がいっぱいあるんだけど、さほど体調がすぐれない。
いや、すぐれないというか、何かがおかしい。何かが普段と違う。
今日も、5分悩んだだけでスカートを買ってしまった。
珍しいくらいの即決である。
しかしあれだね、ノートパソコン抱えてスカート選ぶ客も珍しいだろうね。

かなり大勢の人が知っていることだとは思うがあえて言おうか、
ノートパソコンは色んな所に持ち運べて便利である。
ラッシュアワーにも、スーパーマーケットにも、プールサイドにも。

スーパーのレジで並びながら、株価のチェックとかできるのだ。
「ピッ」
「1525円になります」
「なにっ、株が大暴落!?」
「あの、次のお客様がいらっしゃいますので、お会計……」
「こうしている場合じゃない!セバスチャン、本社に連絡を!」
しかしセバスチャン(執事なのか?)はその頃、
買い忘れたタマネギを取りに、入り口付近の野菜コーナーに向かっていた。
いやー、大変な時代だよね。

プールサイドでノートパソコン、もちょっといいよね。
パイナップルとかささったグラスでジュース飲む感じのプールで(イメージ)。
そう、ノートパソコンを持ち込む場合、そこは決して市民プールではない。
ま、監視員のバイトをしながらノートパソコンっていうのも
ちょっといいけどね(専念しなさいよ)。
株価のチェックしながら、おぼれた人を救助(※防水加工にもほどがある)。
そういえばノートパソコンて、ビート板にも似てるよね。似てないか。

なにはともあれ、私はノートパソコンで株価のチェックをしたことがない。
そもそも、「チェックする」というと株価でいいんでしたっけ。
最近、憶測と雰囲気だけで文章を書きすぎの感が否めないのであった。