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自己分析をしろ、と本が言った。
2004年02月22日(日)

気温が高いね!
いま二月?うそやん!
って思うくらい、うららかな春の日射しがカーテンのすき間から
容赦なく差し込んでは、久々に「ひ……日焼け?」という
危惧を私に抱かせた。
普段、あんまり太陽浴びないもんだからね。

私は時々「色白くない?」(疑問形?)と言われることがあるが、
それは美白だっていうより、太陽の下に行かないだけなのだ。
そういや「美白なお兄さん」って心の中で呼んでた某先輩、お元気かなあ。
あの方は、ホント白かったなあ。
私があのくらい白かったら、
「どうもー、白い恋人・はやさんです!」って
無理な自己紹介するんだけど。
もしくは、「あなたの心の白いお台場・はやさんです!遊びに来てね」って
言いながらホームページのアドレスを書いたメモを渡すんだけど。
「白い」キャラっていいよね。
「でも、心は腹黒☆」とか付け加えてさ。
それにしてもオセロの「白」の方、面白いなあと思う。
「室井滋」のことを「室井シゲコ」だと思っていたとか、
相撲の「千代大海」を、そういう大会だと思っていたとか。

一方で私は、光GENJIの「ガラスの十代」を
「カラスの渋滞」だとずっと思っていて、
さぞかし空がまっ黒なんだろうなーとか勝手に想像していた。
まあ小学校の時の話なんで、さほど凄いことでもない。
小学校時代はだいたい、まあ誰でも面白いものだ。
あの頃の面白エピソードって、掘り出せば掘り出すほどあるよなあ。
教卓の上に飛び乗って井上陽水を熱唱していた彼も、
○○(アニメキャラ)に逢いたい!と商店街で絶叫してた彼女も、
何を思ったか自分のカバンを4階の窓から投げてしまった彼も、
私に「早口だけが能じゃねぇぜ」と言い放った彼も、
「やるならやらねば」のマモー・ミモーのコントを全部記憶して
昼休みに上演していた彼女らも、
今、どうしているんだろうなあ。
東京のどっかで普通になっているのか?それとも……。

私が一番恐れているのは、同窓会で久々に会った人に
「はやさん、意外と普通になっちゃったね」
と言われることだ。
そう言われた瞬間に、はやさんブランドは崩れるということだ。
そのあとは、また一から何かを築くか、
それとも……精神的に消滅して一般人になるかだ。
今現在、自分では「意外と普通」になっている気がしてならない。
目覚ましが鳴って起きて、顔洗ってメイクして出掛けて、みたいな自分は
普通すぎて納得がいかないと思っている。
鏡を見ても「ふーん」というコメントしかできない、パッと見の普通さ。
といって、何を目指しているんだかよくわからないけど。
でも、久しぶりに会う友達は「あー、相変わらずだね」という反応をする。
そういううちは大丈夫……なんだろうか?それでも漠然と不安だなあ。

「変わりもの」をキープするのも結構気を遣うことなのだ。
でも、普通の人として生きたくないからこういう考え方をしているわけだし、
自然に身を任せながらも精一杯目指していれば、
あとは自動的に変な人生を送ることができるんだろう。
今までもそうだったし、これからもそうなってほしい。
変わりものとして中学を出て高校を受けて、
変わりものとして体調を崩し、治しながら大学に来ている。
だから願わくは変わったおねえさんとして就職をし、
将来的に変わったおばさんになり、
ひいては変わったおばあちゃんとして死にたい。

葬式で誰かがつぶやく。
「あの人、変わってたから……」
「“myself!”とか、意味のわからんことを言ってたな。……(笑)」
告別式では、こらえきれずに思い出し笑いする人が出るくらい。
「あの人、あんなダジャレ言ってたなあ」とか。
故人を偲べば笑い話しか思い浮かばない!
そういう一生の終え方って、すごくナイスだと思う。

さて。
未来のことを考えてニヤつくのもいいが、
あんまり先の、着地地点ばっかり考えてしまうのはよくない。
飛距離と高度のある人生のために、しんどいけれど頑張らなくてはなあ。
どこを飛ぶかは自由、いや自由って怖いぜ。
なんでもありな未来があるということの恐怖、
これを感じられるだけでも幸せだというのは頭ではわかっている。
これから視界がどれだけかすむか判らないし、
体力だっていつまで持つか判らない。
でも、誰にでも言えることは、勝負はこれからなのだ。
歳を取っても勝負していたい。と言うなら、
まず若いときに十分勝負していなきゃいけないはずだ。

しかしこういう、精神的な向上心みたいなものが先走っては、
体が付いていけなくなって限界を超すと体調を崩す。
体調を崩すと精神状態も腰が折れたようになり、ウググーと呻る。
元々、体が弱いっていうほど取り立てて弱くはなかったはずだけど、
何かがものすごくアンバランスな気がしている。