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右脳デー
2004年01月08日(木)

朝起きたらそこそこにひどい痛みが胴体に君臨しており。
しばらくのたうち回って起きあがる力もなく、
ふと気付いたら昼過ぎだった。
あー、俺の午前中を返してくれ。
もとい、返しちくり。どういう語尾活用だ。

薬を飲んでしばらくして、やっとこさ作業。
家の近所が最近工事をしているため、
日中は常に震度3くらいの振動がある。
ガラス戸のついた本棚がいっせいにガタガタと音を立て、
そんな中で時々腹をかかえてうめきながらレポートを書いていた。
やばいなー、ものを考える気力が足りなくなってきてるなあー。

最近「痛い」という感覚に神経の七割以上が集中してしまっている時は、
たいした考え事ができなくなってしまっている。
そういう意味では高校時代の方がよっぽどすごかったなあ。
ほぼ常に痛かったのに、こむずかしい物理とかのテスト受けてたもんなあ。

「もし一年後死ぬとしても、その仕事を選びますか」
最近、こんなコピーをどっかで目にした。
死と向き合うと、本当の自分が見えるものなんだろうか。
もとい、自分の輪郭がどこまでも広がっていたという事実を、知るんだろうか。

高校時代に私が見せていたみたいな、
妙な自己表現っぷりに頑張りっぷりに
人生それなりに楽しみっぷりの源は、
自らの命に対する危機感だったんじゃないか?と思う。
生きることをあきらめながら生きているような不思議な時間だった。

太りぎみを気にしている今となっては信じられないことだが、
その頃は日に日に体重が落ちていったりして、地味に怖いことが起こり、
“自分はひょっとして、終わりにたどりついたんだろうか?”
“養老院に入るってこんな気持ちがするんだろうか。”
なんてことを勝手に思いながら高校に通っていた。
その高校のある町も、私に言わせれば古風ないい町で、
東京にいくぶん近いわりに地方都市の香りがあって、のどかなのだ。
人生の終わりに住みたいような、緑の多い静かな町だった。
そんな中で精一杯、絵を描いたり話を考えたりして、
未来を無視して妙なエネルギーを発信し続けていた。

将来のビジョンなんて持たない奴の方が、
その時その時の現状を精一杯生きてるんじゃないだろうか。
っていうmy持論はそんな体験に由来しているんだが。
たとえば、「大学へ行くために高校に行く」よりは、
「しんどいけど、面白いことが落ちてないかを探しに高校に行く」方が
楽しい気がしたんだよね。

就職するために大学に行ったわけでもないし、
中学に入るために小学校に行っていた覚えもなかった。
次は、その次はって器用に考えられないんだよなあ、今日みたいな日は。
取り立てて不器用な人間っていうほど、不器用でもないはずだったけど。
体調の善し悪しで考え方もスキルも人生観も変わってしまうから、
そのことをよく自覚して過ごしていなければいけない。
体調の悪い日の私は、その時その時を一生懸命こなすのみだ。
そういう時の自分には左脳が無くなっているのかもしれない。
右脳がしぶしぶ動いているんだろう。
右脳なのか、もしくは、こういう時こそ出番になる何かが。

「今日は頭痛は来ていないぜ、ラッキー」と思っていたら急に痛み出す。
油断すると奴はすぐにあらわれるんだ。