一度でいいから、「粋なはからい」というのをしてみたい。 そんで、「フッ……はやさんの野郎、粋なはからいじゃねぇか」 っていう評価を受けたいのだ。時には、そんな世界観もいい。 そんな願いとは全く関係なく、 今日はなんか盛りだくさんな一日。 午前は「お盆!」、昼に「移動」、午後は「相談」。 現実的な用事に直面すると、たびたび 「私、現実に適合しにくい人間だわー」と、トホホな気分(死語)に なってしまったりするのだが、そんなこと言っててもしょうがない。 だいたい、この現実感の欠如した感じこそが私らしさなんじゃなかろうか。 なんて開き直ってみたり。 長い目でみると「ま、そんな奴もいる。」って程度のことかもしれない。 深刻なこととはとらえたくない。あえて。 全ての人間が、現実的なニーズにぴったり当てはまるとは限らないのだ。 はぐれ刑事無頼派(?)。 頑張りと工夫と、ちゃっかり次第で楽しく暮らせないだろうか。 最近ピコッと哲学スイッチが入り、ふと考えてみるのだが、 「はやさん」は本当の本当は実在しないものかもしれない。 実在しないというより、実体がないというか。 なんかエンターテインメントとか、ふわっとしたものだ。 名詞の種類でいうと「キダム」とか「オリンピック」みたいなものだ(自ら初耳)。 「はやさん」を名乗り始めてから十年以上になる。 いつか「はやさん」もフィナーレを迎えて 私は○○(本名)に戻る日がくるのかもしれない。 納得して終わるであろうその時まで、私は「はやさん」として歩むのだろう。 ひょっとしたら死ぬまでそれは来ないのかもしれないし、 意外と早くにその時が訪れるのかもしれない。 今は実は、「両立」できたらいいなとも思っている。 「はやさん」と、本名と。 お前の作風は一本調子なんだよねー、という評価を いろんな方から一様に受けている上に、自分でも 「あっ、そういやそうですね!」と納得して 「やばいみたいだなー、やっぱり」と微妙に焦っている今日この頃、 ちょっと別人の気分になってみようかなと思っているのでした。 別人というか、自分なんだけど。普段とは、違う自分。 確かに、家族の前でも「はやさん」を名乗っているというのは なかなか珍しいことのような気がする。 普段は、まるっきり本名を無視して暮らしている。 テストの時とか、履歴書を書く時とかに思い出すだけだ。 別に嫌いなわけではないんだけどね。 妹なんか、私のことを「お姉ちゃん」とか呼んだことがない。 ろくに日本語を喋れなかった乳幼児の頃は「ねーねー」みたいな言葉で 呼んでいた気がするが、彼女が幼稚園くらいの頃から 私が「はやさん」を大々的に名乗り始めたので、 物心がついた頃にはすでに姉というより「はやさん」だった。 それで全然姉らしくないんだろう。 前に友達に「兄弟いるの?」と聞かれた時に、 「おと……お姉ちゃんが、一人」と答えたそうだ。 「おと……」って。なんだその言い間違い。 要するに弟ってか。 そういや、なんか扱われ方が弟みたいだけどさ。 うるさいこと言われると「うっせー、バカ」とか言い返すけどさ。 あっちゃー、弟っぽいなー。それも弱そうな。 |