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2002年11月25日(月) 戒厳令下チリ潜入記

1915年11月15日、チリの元大統領だった
アウグスト・ピノチェトが生まれました。
この人はいわゆる独裁者です。
(独裁者が「職業」となる人が、この世には確実に存在しますね
現在は終身上院議員だそうですが)

1998年のロンドン滞在中、
1973年から90年のチリ軍事政権下で行われた
人権抑圧のかどで逮捕されたことが、
比較的に記憶に新しいのではないでしょうか。
その軍事政権下で、
ある映画監督が命懸けで撮った記録がありました。

戒厳令下チリ潜入記
Acta general de Chile

1986年スペイン ミゲル・リティン監督


タイトルそのまんまの内容のドキュメンタリーです。
1973年9月11日、時のアジェンデ大統領から
ピノチェトが軍事クーデターによって政権を奪取しました。
(アジェンデはその際に死亡)

中南米の政情不安の状況は、
多くの映画によって「実話の中のフィクション」の形で表現され、
対外的に伝えられてきました。
この作品は、生命を賭したフィルムという意味で、
決定版といえるものだと思います。
(チリの政変自体がCIAの陰謀だった、
という説を支持する人にとっては、
以下に書くことは、全部そらぞらしいと思いますが)

映画監督ミゲル・リティンは、
ヨーロッパに亡命中の1985年、
戒厳令のしかれた軍事政権13年目の祖国チリ潜入しました。
懐かしい祖国でありながら、
彼が彼自身として持って帰れたものは、
伝えるべき惨状をとらえるための「目」だけです。
ミゲル・リティンという男であることを悟られれば、
生命の危機にさらされること必至でした。
(というか、実際にそういう場面もありました)
だから彼は変装を余儀なくされ、
懐かしい人々との交流もできません。

エンターティンメントを求めるのには無理がありますが、
ある国のある時代を切り取った映画として、
非常に貴重なものだと思います。

スティングの“They Dance Alone(孤独のダンス)”の中で
歌われたような、息子や夫をとられた女性たちが、
明日の自由を夢見てキルトを縫っているのが印象的でした。

私はこれを見たとき19歳で、速記の勉強中でした。
全寮制のもと、わずかな仕送りと奨学金で生活していたので、
おしゃれとは縁遠い生活をしていたものの、
月に1度は美容院でカットし、一番の心配事は学業成績、
楽しみはとにかく映画、映画、映画、そういうよくいるアホ学生でした。
鑑賞直後は、それなりの興味を持って
劇場でパンフがわりに売っていた「シネフロント」の特集号に
目も通しましたし、わからないことを調べもしました。
ピーピー言いつつ、そんなふうに何とか生活しているし、
明日への希望を無責任にも感じることができる幸せを
それなりにかみしめもしました。

が、それも1か月もてば上等でした。
お次は『遠い夜明け』を見て、南アの人種隔離問題に胸を痛め、
また1カ月もすれば、すぐに次の「かわいそう」や「許せない」が
やってくる、その繰り返しです。
そういう愚かな若者だったことを、恥ずかしく思い出します。
(今は、愚かな中年であることを恥ずかしくかみしめる毎日です)

ヒットラーがやったこと、ピノチェトがやったこと、
ポル・ポトがやったこと、アミン大統領がやったこと、
そして、今あちこちで巨悪の手で行われていること、と、
気がつけば、歴史は「許せないこと」の繰り返しです。
そのことだけに思いを馳せていたら、
頭の中にほかの情報の入る余地はなくなるほどでしょう。
悔しいほどに何もできないけれど、
せめて、何かの拍子に思い出して、
自分なりに考えることができたらと思います。

参考までに……
この映画自体を見るのは、今となってはちょっと難しいかもしれませんが、
岩波新書黄版から、「戒厳令下チリ潜入記―ある映画監督の冒険」
という本が出ているそうです。
ミゲル・リティン監督にインタビューし、本としてものしたのは、
なんと、ガルシア・マルケスだとか。
そそる1冊です。




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