| 2004年06月11日(金) |
Roots「順不同で振り返る音記憶達」その2 |
"So now I come to you with open arms"
今度公開の邦画「海猿」の挿入歌がJOURNEYの「OPEN ARMS」
なんかナイスタイミング♪ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
アメリカのロックバンドJOURNEYのアルバム 「ESCAPE」は言わば僕の分岐点
日本のニューミュージックと歌謡曲だけだった中学時代 洋楽のハードロックなんて世界はて〜んで眼中になかった(笑)
高校生になって始めての学園祭 一人のギターを弾く友人が僕に出来た (彼とはこの後バンドで一緒に活動するようになる)
学園祭が終わった教室でそいつが僕に聞かせたのは RAINBOWの「Since you be gone」だった
「ハードロックはやかましいだけ」 そんな固定概念にまずヒビが入った とてもキャッチーで明るいメロディラインに興味が生まれた
その次に遊びに行ったそいつの家で 聞かせてくれた色んなテープの中にJOURNEYがあった
スティーブペリーの美しいハイトーンボイス ジョナサンケインの厚みのあるキーボード ニールショーンのツボを押さえたエレキギター ロスヴァロリーのよく聞くと暴れん坊なベース スティーブスミスのジャズエッセンスの混じったドラム (今やから解説するだけで当時はワケ分からんかった:笑)
特にスティーブペリーのボーカルは 男声高域系が好みだった僕をメロメロにした
「ハードロックってメチャかっちょええやん!」 色んなものがこの時瓦解した
JOURNEYは ハードロックのみならず洋楽全般を聞くきっかけとなり 同時にそれより以前の洋楽を遡って聞くきっかけにもなった
AMラジオKBS京都の番組で 当時洋楽ばかりをオンエアしていた 「若宮てい子のハイヤング11」を聞き倒し テレビでは夜中に小林克也氏の 「THE BEST HIT USA」を欠かさず見るようになった
これらの番組で洋楽にも触れ始めた僕は 自分が「うわっ!」と思った曲の入ったアルバムを ジャンルを問わずレンタルレコード店で借りてきては 片っ端からテープにダビングするようになる
しかも日本の音楽をシャットダウンしてもいなかったので その数は信じられないくらい膨大なものになっていった
そんな生活になり始めた1981年 先の友人が「エレキベース買え!」と再三言うにも関わらず 僕はバイトしたお金で エレキギターとちっちゃなギターアンプを手に入れた 買ったギターはニールショーンが使っていた国産モデルだった
初めて見に行った海外アーティストのコンサートも JOURNEYのESCAPEツアー京都会館第一ホールだった あの時のパンフレットやチケットの半券は「宝物」として 今も大切にしまってある
JOURNEYは数々の全米��1ヒットを世に送り出した 一方では売れる事優先の「商業ロック」と酷評されていたけれど 明らかに洋楽ロックブームの火付け役だったし 僕らはその坩堝にどっぷり浸かった申し子だった
スティーブペリーのボーカルは 僕にハードロック的な発声を余儀なくした あの時にかぶれたおかげで当時は とんでもない声が出せるようになった (高い声が出るのと上手下手は別ね:笑)
今お世話になっている僕のラジオ番組でも JOURNEYは事あるごとにオンエアしている
80年代のアメリカ音楽シーンになくてはならないJOURNEY
そして 僕の音記憶から決してはずす事が出来ないJOURNEY
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