囚はれのシネマ日記
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2005年08月22日(月) 阪神間への淡いあこがれ

「未来」の地方大会へはいままで行つたことがなかつた。
でも今年の夏の大会が神戸で行はれると聞いたとき心が動いた。
ひとつは谷崎潤一郎の『細雪』の世界へのあこがれだつた。
会場となつた六甲アイランドは谷崎の『細雪』の舞台のすぐそばだつた。
六甲アイランドそれ自体は東京のお台場みたいな人工都市にすぎない。
でもそこは阪神間といふ文化圏にいちおう地理的には連なつてゐる。
もうひとつはあの阪神淡路大震災で壊滅的なダメージを受けた阪神間が、どんな風に生き返つたのかを見たかつた。
十年の歳月によつて(人の心はむづかしいだらうけれど)都市がいかに再生し得るのかを。

二日目の歌会をサボタージュして私はひとり三駅先の六甲ライナーの魚崎にて下車。
ぽつりぽつりと雨が降り出したけれど強い日差しがないことが幸ひだ。
松並木の遊歩道が整備された住吉川に沿つて北へ150mほど歩くと倚松庵があつた。
『細雪』は昭和十一年から十六年まで、この倚松庵で起きた出来事をほぼ忠実にたどつたものだといふ。
谷崎の妻・松子夫人の妹たちを引き取つての暮らしである。
かなり前に読んだのでもう細部は思ひ出せないけれど、この家で姉妹たちに起こる出来事や会話を通じて、阪神間のいとはん文化のやうなものを想像させられた。
木造二階建て、松のみどりがみづみづしい玄関から入る。
階下は庭に面して洋間が二部屋、座敷、裏には厨、五右衛門風呂、厠といふ間取り。
二階には和室が三部屋あり「雪子が使つてゐた部屋」などの表示がある。
北には六甲山、南には瀬戸内海、東には住吉川といふ絶好のローケイション。
この二階の書斎でならさぞかし小説の執筆もはかどつたことだろうと思ふ。
が、実際にはここを引越したのちの十七年から『細雪』は書き始められた。
『細雪』では台風でこの住吉川が氾濫したのだつたなあ、と川沿ひの道をもどる。

ふたたび六甲ライナーに乗ると六甲山が前方にしつとり濡れて鎮座してゐる。
うつくしいではないか!
阪神間のうつくしさはすぐそこに迫る六甲山にあり。
六甲山と瀬戸内海にはさまれた勾配のある都市美。
これは関東で言へば海と山にはさまれた熱海に近いのではないか、さう私は思ふ。
それから住吉駅でJRに乗り換へ、いつたん須磨駅まで行つて源氏物語の須磨を見てから、またJRで引き返し三宮駅で下車。
三宮駅前と言へば十年前にはあの地震でめちやめちやに壊された場所だ。
駅の周辺はすでに何ごともなかつたやうに復旧されてゐる。
とりあへず生田神社に詣で、さて旧居留地へ向かおうかとすると大粒の雨が降り始める。
傘のない私はもどるしかないではないの。
サンダル履きの足もくたくたに草臥れてゐたことでもあるし。

ところで1日目に新大阪でJRに乗り換へたわたしは、JR在来線が尼崎で神戸行きと新三田行きに枝分かれすることを知らずにゐた。
そのため尼崎のつぎのなんとかといふ駅まで運ばれしまひ、ひと駅戻る羽目になつた。
しかしそれはなんとあの尼崎の列車脱線事故の現場だつたといふことを、あとで教へられた。
えーっ!さうだつたのか、といふ感じ。
大地震にしても大事故にしても、復旧されれば何も気づかずに通り過ぎてしまふところだつた、といふことでございませう。

ところで肝心の未来の大会だが、町田康さんはさすが元パンクロッカーだけあつてカッコよかつた。
でもああいふお行儀のいい聴衆の前では朗読もやりにくかつたのでは?
やはりライヴハウスでパンキッシュにやるのがお似合ひのやうな気がした。
妙なことを言ふやうだけれど、わたしは居酒屋のあとで行つたカラオケでの桝屋さんのド演歌パフォーマンスの方にド肝を抜かれてしまつた。
岡千秋と都はるみがデュエットで歌ふ「浪速恋しぐれ」だつたと思ふ。
とにかく河内弁でまくし立てる(「酒や酒や!」など)のセリフのもの凄い迫力に妙に感動してしまつたのだ。
これぞ浪速のパンク魂。
ちなみにわたしが歌つたのは山口百恵の「さよならの向かう側」と松田聖子の「赤いスウィートピー」といふアイドルものでした。



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