囚はれのシネマ日記
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2004年12月06日(月) K氏への手紙 

K・Sさま。

『Z』ありがとうございました。
つひに怪傑ゾロの剣さばきのやうなと言ひませうか、イヴ・モンタンの渋さのと申しませうか、ゼロのやうな未知数のやうなZZZZZ…
横書きについてはもう驚かなかつたのですが、短歌テクストだけ日本語には驚き、また困惑いたしました。もう日本語はうんざりといふお気持ちなのでせうか。
じつはわたしは日本語と英語以外の言語はまるでちんぷんかんぷん、辞書があつたとしても事情はおなじ、なぜなら眼が悪いので細かい字が見えないからです。

ところが不思議なことに、そのちんぷんかんぷんの外国語の層が未踏の陸地のやうに見えてくるのです。
どうやらこの本は北・南・西・東の海を短歌といふ舟でたゆたひ、作者にとつては親しい陸地に憩ふ、そんなほろ苦く幸福なクルージングの航跡ではないかと思へてきました。
この本をぱらぱらと捲つてゐますと、ほんたうに空白の海にずんずん、ゆらゆら、じぐざぐ進み、あるいはしんしん停泊してゐる舟の気配がしてくるのです。

どれもすべて秀歌ですから、どの歌をあげてもいいのですけれど、たとへば、


            とほく
    近く 
            波の随(まにま)に浮かびゐる
    島へ渡らむ
            前の日の島

は、はるか前日島の幻影がゆらゆら見えてくるではありませんか。

          
           あきらかな
         幸福の潮が満ちてきた
          ようだから帆を
             し
             づ
             か
             に
             お
             ろ
             す


最後のページの航海の終りをひそかに祝福するこの歌の配置、とてもいいです。
帆柱へすべりおりてくる白い帆とともに、人生の重荷をひとときおろすやうなやすらぎを感じます。

ところで、この本では短歌テクスト以外の情報、つまり陸地の部分は読者それぞれが開拓していかなければならないわけですが、気になつたことがあります。
女性では唯一、インゲボルク・バッハマンの本からの引用がありましたね。
はるか昔にバッハマンの小説(タイトルは忘れてしまひました)を邦訳で読んで感銘をうけたことを思ひだしたのです。
そのバッハマンのやうにドイツ語で書くオーストリアの作家、エルフリーデ・イェリネクにわたしはいま熱中してゐます。『したい気分』『ピアニスト』『トーテンアウベルク』と読みすすんでゐます。もちろん邦訳でですが、その文体の自由自在さが素晴らしいことは伝はつてきます。
K・Sさんならきつと原語で読み、そのテーマの重みと文体の音楽性を堪能できるのではないでせうか。
そんなわけで2004年はわたしのドイツ零年となりました。


             
              文学が
             なほ黄金で
             ありし日の
             二十歳頓死の
              松枝清顕



           かりそめのものと思へど
           父と子と聖霊
           ふゆの湯殿に集ふ


なにか絶対的なものを信仰する精神のつつしみ深さに触れたやうに思ひました。
来る年も貴方に「悲しみをよろこびにする術」がもたらされますやうに!


                           12月6日 M・M
  




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