囚はれのシネマ日記
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つづいてイェリネクの『ピアニスト』(2002年)を読了。 これは凄い、すばらしい傑作でした! 1989年の『したい気分』よりずつとこなれた邦訳だつた。 中込啓子さんの邦訳が作者に慣れ親しんできたせいかもしれない。 13年間で作者の筆致がめきめき上達したといふことかもしれない。 どことなくぎくしやくした文体も作者の息づかひまで伝へて来るやうななまなましさがある。
母親の抑圧的な教育もむなしくコンサート・ピアニストになれず、ピアノ教師となつた36歳の女性の精神と肉体が、まるでファイバースコープで探るがごとく綿密に音楽的に赤裸々に繊細な気配りをもつて描かれる。 さうかつてないほどの「繊細な気配り」で。 こんな小説はかつて読んだことがない。 どんなナルシスムにも邪魔されることなく読者はぐいぐい作品の荒野のなかへ侵入して行ける。
映画化された『ピアニスト』のイザベル・ユペールはエリカ先生そのものだ。 彼女はモーツアルトを問題にせずバッハの対位法やベートーベンの思想やシューベルトの苦悩を講義する。 作者は音楽についてほんと玄人はだしだ。 わたしは3回DVDで見てゐるのでどのシーンも映画のシーンと重ね合はせることができる。 その微妙な違ひさへ楽しむことができる。 映画ではエリカ先生の常軌を逸した欲望ばかりが目立つてゐた。 でも小説では彼女は教へ子クレマーになにか心を震撼させるやうな交流、といふか救ひ、を求めてゐたのだといふことが分かる。 その中年女の哀れさに実態のないわたしの哀しみが共鳴する。 イェリネクはピアノのキーを叩くやうにパソコンのキーから緻密なテクストを叩きだし、わたしのやうな多くの読者を征服したことだらう。
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