Experiences in UK
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2004年05月17日(月) 第40週 2004.5.10-17 英国人にとっての日本語、「高慢と偏見」

(英国人にとっての日本語)
英国人と話をする際に、「英語を話すのがへたくそですみません」という言い訳を前もって用意することがしばしばあったのですが、そんな時、ほとんどの英国人が「全く気にしないでいいよ。なにしろ私は日本語について完全に知らないのだから」と言ってくれました。判で押したように、と言っても大袈裟でないくらいの確率です。英国人にとって日本語は、我々にとってのアラビア語みたいなものなのでしょう。
先日バスに乗っていた時のこと。私は日本から取り寄せた文庫本を読んでいたのですが、隣に座っていた三十台後半くらいの女性がちらちらとしきりにこちらを見るのに気づいていました。やがて、どうしても言いたくなったという感じで女性は話しかけてきました。私の読んでいた文庫本の日本語がかなり珍しかったようです。「That’s amazing!」としきりに言っていました。見たこともない文字が並んでいることもさることながら、上から下へと縦に読むことがamazingだったようです。私が表紙を見せて、「日本語は左から右へと横に読むこともある」と言うと、さらに驚いて目を丸くしていました。
実は、同じことを別の英国人に言われたことがありました。その英国人曰く、「縦にも横にも読める言語なんて想像できない」とのことでした。言われてみると、奇妙な気もしてきます。「通常はどっちで書くのか?」と尋ねられて、「日本語は伝統的には縦書きだけど、最近は横書きが主流だ。英語(アルファベット)もずいぶん入ってきているしね」といったような回答をしたところ、「じゃ、新聞も横書きなのか?」と返され、「う〜ん、新聞は縦ですね。」と苦しくなりました。その後も、「中国語はどうなんだ?韓国語はどうなんだ?」と続けざまにきかれて、しどろもどろになってしまいました。

(「高慢と偏見」)
ところで、私がバスの中で読んでいた小説は、英国人作家ジェーン・オースティンの「高慢と偏見」(中野康司訳、ちくま文庫)でした。
ジェーン・オースティン(1775-1817)は、英国について書かれた本を読んでいると大抵一度は登場する英国を代表する作家のひとりです。ただし、数編の小説を遺して若くして亡くなったことと、作品の内容が地味なこと、それに作家本人もまた極めて地味な生涯を送ったことなどから「文豪」というイメージとはやや異なるタイプの作家です。このためか日本では余り知られていませんが、英国においては国民的作家の一人のようです(ある日本人の批評家は「世界一平凡な大作家」と賞賛しています)。
「高慢と偏見」(原題は ”Pride and Prejudice”。「自負と偏見」と訳される場合もあります)は、紆余曲折を経る一つの恋愛について描かれているだけの小説であり、その限りにおいては、よくできた恋愛ドラマのストーリーのような話ともいえます。しかし、恋愛を題材としつつも、この小説の骨組みをなしているのは、ロマン派的な情熱の物語ではなくて、冷静な人間観察です。的確で周到な人物設定、機知に富んだ会話、全編にあふれる皮肉や風刺混じりのユーモア感覚、絶妙な展開などで読者を一気に物語に引き込みます。タイトルが恋愛小説に似つかわしくありませんが、これが小説の主題を端的に示したものなのです。
日本の小説でいうと、ちょっと突飛かもしれませんが、夏目漱石の「吾輩は猫である」がある意味で非常に似た感じの小説だと思いました。ただし、「猫」のユーモアには少し「ベタ」な面がありますが、「高慢と偏見」の方はもう少しシニカルです。この辺が英国人の国民性と合致するような気がしなくもありません。

(BBCドラマ)
「高慢と偏見」は、数年前にBBCでドラマ化されています。英国民の間に大ブームを巻き起こし、記録的な高視聴率を残したそうです。早速、DVDを購入して見てみました。3夜連続ドラマとして放映されたもので計5時間ほどの大作でしたが、我々は就寝前に1〜2時間ずつまさに連ドラのように楽しみました。
小説のストーリーを忠実に再現しているうえ、その面白みを十分に咀嚼して映像化した名ドラマだったと思います。小説と映像作品が完全に対等のパワーをもち、かつ補完的な関係をもつ希有な事例ではないでしょうか(どうやら、お金、時間、人材のいずれも大量投入したBBC渾身のドラマだったようです。余談ですが、現在NHKが一大プロジェクトとして進めている「坂の上の雲」のドラマ化も、このような成功裏に終わって欲しいものです)。
というわけで、小説、ドラマともにお薦めです(DVDは日本でも発売されています)。
なお、ジェーン・オースティンの小説は、他にもいくつか映画化されています。有名なのは、「エマ(Emma)」とか「いつか晴れた日に(Sense and Sensibility)」です。これらに関しては、私は小説も映画も未見ですが。

(英国のスノッブ)
ウィンブルドンの全英オープンテニス開幕までおよそ一ヶ月となりました(6月21日開幕)。今週末のFT紙に関連広告が入っていました。広告主は、先日ご紹介したウィンブルドン・コモンのホテル、カニザロ・ハウスです(同広告によると、この建物は18世紀初めに個人の邸宅として建てられたらしい)。
カニザロ・ハウスでは、ウィンブルドン大会の観戦ツアーを組んでおり、その値段がびっくり仰天でした。同ホテルに宿泊すると思しき往年のウィンブルドン・チャンピオンのジョン・マッケンロー氏とパット・キャッシュ氏(いずれもBBCコメンテーターとして来英)とのお食事会兼撮影会を売りにしたツアーの値段が、男子決勝戦のコートサイド席での観戦費用コミで、一人当たり2,395ポンド(およそ50万円)でした。ツアーと言っても、ここに含まれているのはカニザロ・ハウスでの食事会(ブランチ)とテニスの観戦チケット、同ハウスからテニス会場までの送迎の費用だけで、宿泊料金などは含まれていません。
マッケンローと食事をしてウィンブルドン大会を観戦することに対してこれだけの大枚をはたこうというスノッブの顔を、一度拝みに行ってみたい誘惑に駆られてしまいます。


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